紅葉狩り―1―
 頭上に高く高く広がる蒼穹には、薄い雲が幾つか散らばっている。
 澄んだ空気の為に、空も引き込まれそうな澄んだ深みを湛え、思わず見惚れてしまう。
 青空といえば、どうしても、隣を歩く相棒に瞳に重なってしまうのだが、こんな風に深みを見せて自分の視線を固定させてしまう辺り、やはり似ていると思う。
 そこまで思ってから、はた、と気づき、リナは頬を染めた。
 何やら随分と乙女チックな思考に走ってしまった。
 隣に視線を送ると、綺麗な相棒の横顔が見える。
 身長差のせいで見上げると、相棒の顔は空を背景にすることになる。
 金色の髪が靡いて無闇に爽やかで絵になる。
 無意識に見詰めていると、ガウリイがリナの方に顔を向けた。
「リナ、どうかしたのか?」
 不思議そうに見詰める蒼い瞳にまたうっかり見蕩れそうになって、リナは慌てて首を振った。
「な、何でもないわよ。」
「そうなのか?少し顔が赤いが、熱でも・・・。」
 ガウリイは様子のおかしい相棒の額に手をやった。
 すると、リナの顔が真っ赤に染まった。
 照れてしまったのだろう。
「熱はないようだな。けど、最近冷えるから気をつけろよ?」
 忠告を口にすると、リナはふいっと横を向いた。
「言われなくたって、気をつけてるわよ。」
「そっか。」
 子ども扱いを嫌うリナの機嫌を損ねてしまったかと、ガウリイは苦笑した。
 しばらく、無言で歩いていると、リナが、あ、と声を上げた。
 そして、不機嫌になったことなど忘れた様子で楽しそうにガウリイを見上げた。
「ガウリイ、覚えてる?て、ガウリイが覚えてるわけないか。」
 一人で言って一人で納得してしまったリナにガウリイが苦笑した。
「おいおい、確かにオレは覚えてないことも多いが、もしかしたら覚えてるかもしれないじゃないか。言ってみろよ?」
 ガウリイの言葉にリナは呆れたような視線を投げる。
「あんたね〜、その発言結構情けないって自覚持ちなさいよね。えっとね、春に花見したじゃない?実は、あの国が近くにあるのよ。」
「花見って桜だっけ?リナが綺麗なかっこしたんだよな?」
「えええええっ!?」
 リナが大きく目を見開いてガウリイを凝視した。
「が、がうりいが・・・、3歩歩いたら全て忘れる記憶力皆無トリ頭のがうりいが・・・半年近く前のことを覚えてるなんて・・・明日は雨、いえ、嵐ね!ううん、魔族の企みかも。」
「お前さん、ヒドイぞ・・・。」
 ガウリイはさすがにジト目でリナを睨んだ。
 悪びれた風もなくリナは笑う。
「あはは、だって、ホントにあんた何でもすぐ忘れるじゃない。何で今回に限って覚えてるのよ。」
「・・・リナのことだからな。」
「え?」
 ぼそり言われた言葉に何かが含まれていた気がして、リナは思わず立ち止まった。
 見上げると、空と同じ蒼穹の深い瞳がリナを見下ろしていた。
「夜桜が綺麗だったし、酒もうまかったから。」
 微笑んで言われて、リナは頬に昇った朱を振り払う様に笑った。
「な、なんだ、食い気なのね。あんたお酒好きだもんね〜。」
 少しだけぎくしゃくした足取りで、リナは再び歩きだした。
「けど、リナあれだいぶ前のことだろ?オレたち街道を進んできたよな?逆戻りなんてしてないよな?」
 不思議そうに問いかける声には、リナを立ち止まらせた何かは含まれていない。
 安堵と寂しさを同時に感じるのを不思議に思いながら、リナは説明するべく口を開いた。
「あの国はね、弓みたいに細くて長く曲がった形をしているのよ。春はその端っこに入って、今から逆の端っこに入るわけ。」
「ふーん。」
 理解したんだかしてないんだか分からない返事をガウリイはした。
 リナは彼の横顔をちらりと眺め、こっそり溜息をついた。


「紅葉狩り?」
 リナは首を思いっ切り傾げて、宿屋の女将さんを見た。
「狩りって・・・、弓矢持って葉っぱを狩るのか?」
 不思議そうにガウリイも首を傾げた。
 凸凹コンビが揃って首を傾げている様子は妙に可愛らしい。
 宿屋の女将さんは笑いを噛み殺しながら、2人の疑問に答えることにした。
「この国では春に花見があるように、季節を楽しむ風習があるんだ。それで、秋は月見と紅葉狩りなんだよ。狩りとはいっても、別に弓矢を使ったりするんじゃなくて、紅葉を眺めて楽しむのさ。」
「へぇ・・・、やっぱし花見みたいに屋台が出たりするの?」
 リナは期待を込めて女将さんを見たが、女将さんは笑って首を振った。
「饅頭とかお茶を楽しんだりはするけれど、紅葉狩りでは桜のときみたいには浮かれないんだよ。月見だったら酒を飲んで踊ったりもあるんだけどねぇ。」
 なんだ屋台でないんだ、と、リナが残念そうに言うと、女将さんはまた笑った。
「色気より食い気のタチかい?でも、せっかくだから、紅葉を楽しんでみたらどうだい?」
「ん〜、そうねぇ・・・。」
「公園は人が多いからアレだけど。ガウリイさん強そうだし、ちょいと山ん中入るけど、絶好の紅葉狩りポイント教えてあげるよ?」
 迷うリナに女将さんが言葉を重ねる。
「いや、あたしもかなり腕は立つんだけど。・・・そんなにお勧めなら行ってみようかな。」
「そーこなくっちゃ!!」
がしいぃっ
 女将さんがリナの腕を掴んだ。
「へっ?」
「おいでっ、リナちゃん!ガウリイさんはちょっと待ってておくれ。」
「あの、ちょっと!」
ずるずるずる〜
 リナの3倍は横幅のある女将さんがリナを引きずっていく。
 何となく既視感の沸く光景である。
 やはり善意の女将さんに呪文をかますことはできずに、リナは引きずられて奥のドアへと消えた。
 ガウリイはリナを見送って、小さく笑った。
 女将さんの目的が前回の人と同じなら、今回のリナはどんな風になるんだろう。
 ガウリイは待ち時間が長くなると思って、壁に寄りかかって目を閉じた。
 目蓋の裏に桜色の衣装を纏ったリナの姿が浮かぶ。
 口元に笑みを浮かべ、思いついてガウリイはあてがわれた部屋にいって胸甲冑を外した。それから、もとの場所に戻ってもう一度目を閉じ、眠りにはいる。
 前回同様一時間程でリナが部屋から出てくる気配がして、ガウリイは目を覚ました。
「だーかーらっ!ガウリイとあたしはそーゆう関係じゃないんですってば!!」
「はいはい、照れない照れない。綺麗だよ。惚れ直してもらえるって。」
「ちっがーうんです!!」
「ははは、なら、このリナちゃんで落としちゃえ!」
「いえ、ですから・・・。」
ずりずりずり〜ばたんっ
 女将さんに引きずられながらリナが出てきた。
「ほら、リナちゃん綺麗だろ?」
 にこにこしながら、女将さんはリナの背を押し出した。
 ガウリイは目を細めて、赤い顔で俯くリナを眺めた。
 華奢な身体に纏うのは黄みの強い深緑の絹、そこに金糸銀糸と深みのある赤と黄色の紅葉が刺繍されている。深緑の襟の内側から見えるように深い紅の細い襟がもう一つあり、リナの透けるような白い肌と細い首に鮮やかに映える。
 幅の広い帯はマスタードのような黄色で、その表面には同じ色糸で刺繍されていて華やかだ。帯にはさらに金色と深緑を絡めた太い紐が巻かれ、帯の上には深い赤の布が見える。
 豊かな栗色の髪は結い上げられ、金色と深い赤の飾り紐で飾られていた。
「綺麗だな。」
 ガウリイは微笑んだ。
 リナの頬がさらに真っ赤に染まる。
「どーせ着物がでしょっ。」
 頬を染めながら憎まれ口を叩く様子は可愛らしい。
「まだ何にも言ってないだろ。」
「あんたの言いそうなことくらい分かるわよっ。」
 照れたリナはガウリイに目を向けずにそう言い放ってから、女将さんに目を向けた。
「じゃあ、いってきます。」
「いってらっしゃい。」
 にこにこして女将さんは手を振ってくれた。

 女将さんが教えてくれた山に行くためには公園を抜けなければならない。
 花見のときのようにどんちゃん騒ぎはないのだが、腰を落ち着けている人が少ない分、道は恐ろしいほど込んでいた。
「すっごい人だな〜。」
「そーね。」
 げんなりした表情でリナは相槌を打った。
 計算された配置の見事な赤や黄の葉の紅葉は素晴らしいが、ここまで人が多いとゆっくり観賞などできはしない。
「抜けるだけで一苦労よね。」
 人よりサイズの小さいリナは小回りはきくものの、人の波に逆らうことはできない。
 翔封界辺りで飛び越したいのだが、着物を着ている以上人目のあるところでそれはできない。
 嫌そうな顔で人ごみを見ていたリナの手をふいにガウリイが握った。
「えっ、何?」
 包み込んできた手の平はごつごつしているが温かい。
 リナの頬が一気に赤く染まった。
「ここ抜けなきゃならないんだろ?はぐれてもアレだし。つーか、お前さんちっこいからほっといたら前に進めなさそうだし。」
 にっこり言うガウリイの言葉には非常にひっかかるものが多かったので、リナは眉を逆立てた。
「ちっこくて悪かったわねぇっ!!何よ、あんたが無駄にデカイだけじゃないっ!」
「そうそう、だからこーゆーときくらい役にたたなきゃな。遠慮するな。」
 怒りもせずに迎合してみせて、ガウリイはリナの手を引いて歩き出した。
「何よ・・・。」
 口中で毒づいたものの、リナはガウリイの手を振り払いはしなかった。
 実際人ごみでガウリイが壁になってくれると助かるし、その手の温もりも嫌ではなかったりするのだ。
 真っ赤な顔で俯き加減で後をついてくるリナにガウリイは口元をこっそり綻ばせた。
 

 公園を抜けてもガウリイはリナの手を握ったままだった。
「ね、ガウリイ。もう手・・・その、いいと思うんだけど?」
 恥ずかしくなったリナはガウリイにそう切り出した。
「ん?」
 振り返ったガウリイが屈託ない瞳で見下ろしてくるので、気にしているのは自分だけなのかと、リナは少々寂しくなる。
「あ〜、手、な。」
 繋いだ手を見下ろしてガウリイはしばし考える様子を見せた。
 伏せ気味の蒼い瞳や長い睫が妙に綺麗に見えてリナは焦った。
「な、何考え込んでんのよ。とにかく離しなさいよっ。」
 手を抜き取ろうとするも、さして力を込めていないようなのに何故か束縛は解けない。
 真っ赤になって非力に抗う様子にガウリイは小さく笑った。そして、口を開く。
「まあ、このままでもいいじゃないか。このまま山に入るんだし。山道にそのカッコじゃ大変だろ?オレの手を使ってくれればいいよ。」
 にっこり笑って言うと、リナはぱくぱくと口を動かした。言い返す言葉が見つからないのだろう。
 それをいいことにガウリイはもう一度リナに笑いかけた。
「いいだろ?」
 リナから拒否の声は出なかった。

 なだらかな斜面の枯れ葉を踏みしめて進む。微かに高さの違う部分が女将さんの言う道なのだろう。
 手を引いて先を歩くガウリイ。
 手の暖かさを意識すると鼓動が早くなる。
「ここじゃないか?」
 ガウリイの言葉に顔をあげる。手ばかり意識していたらしい。
「もう離していいわよねっ。」
 言ってガウリイの手を振り解き、2、3歩進んで顔を上げたリナは眼前の光景にしばし言葉を失った。
 自然の綾なす美がそこにあった。
 葉は濃淡を同じくしない赤や黄に染まり、山と地面を彩っている。
 沈んでいく太陽が放つ朱金の光に鮮やかに照り映える。
 色彩からいえば、鮮やかで豪奢であるのに、見る者を切なくさせるのは、それが
 散る直前の輝きであり、色彩なき冬へと続くものであるからだろうか。
「綺麗ね・・・。」
「ああ、綺麗だな。」
 感嘆の声をあげた後、二人とも口を閉ざしてしまったのは、目に映る景色の切なさに飲まれたせいだろう。
 リナもガウリイも想い耽る為の記憶や感情には事欠かない。
 綺麗なのに切なくて、リナは少し顔を歪ませたまま、景色に見入った。
 こみ上げる切なさに喚起されるのは繰り返してきた出会いと別れ。
 一番辛い別れのときに傍にいてくれたガウリイは、今も傍にいてくれている。
 いつまでも一緒にいたいという気持ちが特別なものであると認めたのはつい最近だ。
 切なさに加わった甘い痛みにリナは抗わなかった。
 赤と黄色と朱金の景色に見蕩れていたガウリイだったが、徐々に視線は一点を中心にしだす。
 少し前に立って紅葉に見入るリナの栗色の髪が朱金に染まる。
華奢でたおやかな姿は鮮やかで切ない景色にとけ込む。
 あの細い体にこの景色の全てを無に帰す力を宿し、どれだけ傷つこうとも諦めないつよさを宿しているなどと誰が信じるだろう。
 リナの強さも弱さも知り、その全てに魅せられた。
 ガウリイは込み上げる熱い想いのままにリナを見詰める。