あなたを失う  story of G-2

 一面に白い花が咲き乱れていた。
 重々しい装備をはずした小柄な女性が佇んでいる。
 優しい風に栗色の髪がふんわりと靡く。
『リナ。』
 呼びかけると、彼女は振り向いた。
 愛らしく整った顔に満面の笑みが浮かぶ。
『ガウリイ。』
 少し高めの可愛い声が彼の名を呼んだ。
 ああ、よかった。
 彼女はここにいたんだ。
 死んだなんて、嘘だったんだ。
 安堵し、彼女に駆け寄って、その華奢な身体をそっと抱きしめた。
 彼女は抗わず、ふわりと彼に寄りかかってくる。
 甘やかな香りのする髪に顔を埋めて囁いた。
『どこにも行かないでくれ。』
 彼女は白い頬を赤く染めて、微笑んだ。
『無理よ。』
 彼は目を見開いた。
『リナ?』
 腕の中の彼女の顔を覗き込む。
 彼女は泣きそうな顔をした。
『だって、あたし死んじゃったんだから。』

世界が闇に覆われる。

 どこかの森の中。
 黒いマントをなびかせて、無防備に彼女は背を見せている。
 白刃が閃いた。
 鮮血が飛び散る。

『リナぁああああああ!!!』
 彼の絶叫は届かない。

 華奢な身体は地面に崩れ落ちた。
 血の海の中、苦痛に歪んだ白い顔が浮かび上がる。
紅い瞳が虚空を見た。

『リナ!!リナ!!リナぁああっ!!』
 伸ばした腕も届かない。

 紅い瞳から徐々に光が失われていく。
 焦点のぼやけた瞳が何かを探すように動き、閉じられた。
『なんで、来てくんないの・・・、ガウリ・・・。』
 微かな声が空気を震わせた。
 閉じられた目蓋から一筋の涙が零れた。
 彼女の身体から全ての力が消えた。



「リナぁああああああっ!!!」
 叫び、跳ね起きた。
はぁっ、はぁっ、はぁっ
 肩で大きく息をする。
 見たわけではないリナの死。
 夢の中の彼女の言葉が彼の胸を抉る。
「オレが、傍にいれば・・・っ。」
 絶望的な後悔。
 彼女の傍を自分が離れなければ、こんなことにはならなかったのではないか。
 繰り返し、繰り返し、その考えがガウリイを責め立てる。
「いや・・・っ、まだだ!!まだオレは・・・見てないっ!!」
 ガウリイは激しく頭を振って、ベッドから降りた。
 小さな宿の一室。
 ゼロスと会ってすぐ街へと引き返し、使わないために貯まっていた金で馬を買った。
 一日駆け続け、日が沈んだ頃についた村の宿に泊まり、馬を休ませた。
 新しい馬を買おうかと思ったのだが、あいにく小さな村のため一日駆け続けられるような馬はおらず、乗ってきた馬の回復を待つ方が早かったのだ。
 外を見ると、空は白みかけていた。
 身支度を整え、階下に降りると、宿の主人はすでに起きていた。
「お客さん、大丈夫かい?」
 宿の主人が驚いたのも無理は無い。ガウリイの顔色は青白く見えるほど悪かったのだ。
「出発したいんだが、馬は・・・?」
 にこりともせずにガウリイが言うと、宿の主人はさらに目を見開いた。
「馬は一晩休んだから大丈夫でしょうよ。いい馬だからね、回復も早い。」
「そうか。」
 ガウリイは頷いた。
「そんなに急ぐのはリナって人のためかい?」
 踵を返しかけたガウリイは思わず振り返った。
「知って・・・っ?」
 搾り出すようなガウリイの声に、宿の主人は申し訳なさそうに顔を歪めた。ガウリイの表情が直視するにはあまりに痛ましいものだったからだ。
「あなたが叫んでたからね。」
「ああ・・・、そうか・・・。」
 ガウリイは呻くように言って顔を覆った。
 宿の主人はここまで目の前の人物が痛みを見せたことに驚き、罪悪感を覚えた。
「馬の準備をしてくるから、そこのパンをかじってな。少しでも腹に何か入れといたほうがいい。」
 宿の主人が食べようとしていたのだろう、テーブルの上にパンとコーヒーがあった。
 ガウリイは首を振った。
「悪いが・・・。」
「いいから!行かなきゃならんとこに着く前に倒れたくないでしょう!!」
 声を大きくした宿の主人にガウリイは目を見開いた。
「馬の用意をしてきます。」
 宿の主人は声を荒げた自分に照れたのか頬をかき、出て行った。
 ガウリイはふらふらとテーブルに近づいた。
 食べたくない。
 しかし・・・。
 ガウリイはパンを手にとって口へと運んだ。
 何とか飲み込む。
 冷めたコーヒーを流し込んだところで、馬のいななきが聞こえ、ガウリイは外へ出た。
「はい。」
 宿の主人が手綱を渡してくれる。
「ああ。」
 頷いて、ガウリイは馬に飛び乗った。
「ごちそうさま。」
 言うと、宿の主人は笑みを浮かべた。
「いいえ。」
 ガウリイは轡を返し、馬の腹を蹴った。
 馬は走り出す。
「お気をつけてーー!」
 宿の主人の声が背に掛けられた。
 宿の主人の気遣いに感謝の念がちらりと浮かぶ。
 トスローに着くまで、確かに倒れるわけにはいかない。
 いつかリナに再会する日のために食べていたのだけれど。
 リナの死を確かめた後、自分がどうするのかについてガウリイは考えなかった。
 まだ、リナの死を認めたわけではなかったからだ。
 なぜなら、自分は見ていないから。
 まだ彼女の死を感じていないから。



 馬を駆けさせ、馬が疲れると、共に走り、また馬に跨って、ガウリイは進んだ。
 日が落ちきった頃、目的地に着いた。
 トスローは小さな村だった。それだけは見て取った。
 ガウリイは震える足を励まし、店がいくつか並んでいるほうへ歩いていった。
 一軒しかない宿屋に行き、馬を預けて、リナのことを聞く。
 宿の女将さんは顔を歪ませた。
「ああ・・・、あんた、あの子の知り合いかい?」
 ガウリイは無言で頷いた。
「そうかい・・・。」
 女将さんは俯いた。
「5日前、森にデーモンが何匹も現れたんだ。それをリナさんは一人で退治してくれて・・・、その後、アサシンが現れたらしい。それで、そいつとリナさんは戦って・・・。」
 女将さんはエプロンを握り締めた。
「村の外れに、お墓を作ったんだ。名前しか分からなかったけど、デーモンを退治してくれたから、共同墓地に・・・森のすぐ脇だよ。」
 ガウリイは唇を噛みしめ、女将さんに背を向け、走り出した。
 既に暗くなった村の中、走るガウリイに目を留める人間も少ない。


 村の外れ、いくつもの墓石の並ぶ場所にガウリイは辿り着いた。
 共同墓地の外れ、月明かりに白く光る真新しい墓石を見つけ、ゆっくりと近づいた。
 夜目の利くガウリイは墓石に彫られた文字を容易に読み取る。

『リナ=インバース ここに眠る
 デーモンを倒し、村を救った魔道士
 トスローの感謝を捧げる』

「・・・嘘だっ!」
 叫ぶ。

「嘘だ嘘だ嘘だっっ!!!」
 繰り返し叫ぶ。

 信じない。
 信じない。

 目の前の墓石に彫られた文字から目を逸らす。
 逸らした先には地面。

 膝をつく。

がっ

 ガウリイは地面を手で掘り始めた。

がっがっがっ

 掘る。
掘っていく。

がっがっがっ

「リナ・・・っ、リナ・・・っ、リナ・・・っ。」
 ガウリイの頬を熱い雫が流れ落ちる。
 拭う必要を微塵も感じず、ガウリイは地面を掘り続けた。

 まだ信じない。
 まだ見ていない。

 リナの死を、自分はまだ見ていない。



(2005 6/27)