あなたを失う  story of G-3

がっがっがっ

 月明かりが照らす墓地に、土を手で掘り返す音が響く。

ぽたっぽたっ

 流れ続ける熱い雫は柔らかい土に吸い込まれて消える。
「リナ・・・っ、リナ・・・っ!!」
 呼び続ける声に応える気配は現れない。

がっがっがっ

 何も知らない者が見たら狂っているとしか見えない光景。
 普通なら、見た途端悲鳴を上げるか、息を呑んでしまうだろう。
 しかし、現れたものはそのどちらの反応も見せなかった。

「どけ、そこの男。」

 ひっそりとした声がガウリイに掛けられた。
 ガウリイは手を止め、顔を上げた。
 いつの間に現れたのか。
 全身を真っ黒な装束で包み込み、顔も黒い布で覆っている典型的な暗殺者スタイル。
 その研ぎ澄まされた殺気にガウリイは反応したのである。
「オレはその女の死を確かめねばならん。亡骸を渡してもらおう。」
 暗殺者の言葉にガウリイの目が見開かれた。
 彼の手は剣の柄に掛かる。
「リナを殺したのは・・・?」
 ガウリイの殺気が膨れ上がる。
 凍てつきながらも燃え盛る殺気に、感心するように暗殺者の目が細まった。
「オレだ。」
 返答は短かった。
「貴様ぁあああああっ!!!」
 激昂したガウリイは斬妖剣を抜き放ち、暗殺者に切りかかった。
 空気すら断ちそうな凄まじい剣閃。
 しかし、暗殺者はそれをかわし、後方へ跳んだ。
「よくも、リナを!!!」
 迫るガウリイの前に、突如何かが立ちはだかった。
うぅぉおおうっあああぁぁっ
 咆哮をあげ、闇夜に炯炯と目を光らせた異形の存在。
 レッサー・デーモンだ。
ざんっ
 出現したばかりのレッサー・デーモンだったが、一太刀のもとに斬って捨てられた。
 目の前の障害物を葬ったガウリイは、突き進まず横に跳んだ。
ごうっ
 ガウリイが先ほどまでいた場所を火の矢が薙いだ。
 いつの間にか、墓地にはレッサー・デーモンが6体出現していた。
 墓地の奥で暗殺者が腕をさっと振るうと、レッサー・デーモンたちは一斉にガウリイに襲い掛かった。
 レッサー・デーモンなど、ガウリイの敵ではない。ただ、ガウリイにはそれに構っている余裕がなかった。
「貴様だけは許さんっ!!」
 叫びながら、ガウリイはレッサー・デーモンをかわし、暗殺者に向かって突き進んだ。
ぎぃんっ
 交わる刃。
 だが、憎悪を込めたガウリイの剣の方が圧していた。
「ヴォイド。」
 このまま暗殺者の小剣の刃を斬ってしまおうと考えたガウリイは、唐突にバランスを崩した。
「なっ・・・!?」
 目の前から刃を交わしていたはずの暗殺者が消えたのである。
 込めていた力を外されてバランスを崩したガウリイに、レッサー・デーモンから放たれた炎の矢が襲い掛かる。
ひゅごごごごごっ

「炎の壁!!」
 闇夜を切り裂く澄んだ声が響いた。
ばしゅっばしゅっばしゅっ
 ガウリイに届く寸前で、炎の矢はすべて消え去る。

「塵化滅!!」
じゃっ
 レッサー・デーモンがまとめて2体塵と化した。

 懐かしい気配にガウリイは動きを止めた。
 振り返るのが怖い。
ざんっ
 ガウリイは手近にいたレッサー・デーモンを切り伏せた。

「覇王氷河烈!!」
っぎきぃんっ
 また1体のレッサー・デーモンが氷結・破砕・霧散する。

「貴様!!生きていたのか!?」
 驚きの声を上げる暗殺者。
「とーぜんでしょっ!!!」
 威勢良く言い切る言葉に続き、呪文を詠唱する声。
「冥魔槍!!」
ざすぅっ
 さらに2体のレッサー・デーモンが死の槍に貫かれた。

 出現したレッサー・デーモンが全て倒れた中、ゆっくりと近づいてくる足音。
 ガウリイの横に並び立った小柄な身体。
 夜風に靡く栗色の髪。
 ガウリイは目を見開いて彼女を見下ろした。
「話は後。まずはあいつを。」
 ちらり、とガウリイを見上げてくる戦意に輝く紅い瞳。
「・・・ああ。」
 掠れた声だったが、何とか返し、ガウリイは斬妖剣を構えなおした。

 2人の視線の先、暗殺者の殺意が膨れ上がる。
 尋常でない殺気とともに、暗殺者の瞳が黄色く光りだした。
ざわりっ
 空気を染める瘴気。
「あんた・・・、人魔に・・・?」
 身構え、確認するように呟いたリナの言葉に、暗殺者は頷いた。
「貴様にやられた傷が深かった。手っ取り早い回復と力の強化だ。」
 低く答える暗殺者。
「残念だけど、それも無駄になるわよ。」
「貴様こそ、あのまま楽に死んでいた方がよかったと後悔することになるぞ。」
 言葉の応酬。
 リナは呪文を詠唱し始めた。
 駆け寄ってくる暗殺者をガウリイが迎え撃つ。
っぎぎぃんっ
 火花が散りそうな程の斬撃を交し合う。
「おあああああっ!!」
じゃっ
 斬妖剣が暗殺者の腕を掠めた。
 ガウリイの腕に分が悪いと見たか、暗殺者は背後に大きくとびずさった。
「ヴォイド!」
 かすんで消える暗殺者。

 出現する気配。
「黒妖陣!!」
どぅむっ
『黒』が渦巻き、リナの背後に出現した暗殺者を包み込む。
ばしゅぅっ
 断末魔の悲鳴さえ残せず、暗殺者は『黒』の中に消えた。


「ふぅ。」
 リナが小さく息を吐くのを、剣を収めたガウリイは声もなく見詰めた。
 栗色の髪、華奢で小柄な身体、輝く紅い瞳。
 失ったと思った何よりも大事な存在。
ふらっ
 華奢な身体がよろけた。
 咄嗟にガウリイは腕を伸ばし、彼女の身体を受け止めた。
 ふわり掠めた柔らかな髪に胸が震える。
「っちゃー、まだ本調子じゃないのよね。」
 小さく呟くと、彼女はそっとガウリイの胸を押した。
 二の腕を支えるように持ったまま、ガウリイは身体を引いた。
 抗う風もなく、リナはガウリイを見上げてくる。
 大きな紅い瞳に自分が映っていることに、ガウリイは息を呑んだ。
 こんな何でもないことが、ひどく胸にくる。
「久しぶり。」
 リナは少し気まずそうな様子で言ってくる。
「あ、ああ・・・。」
 ガウリイは何とか頷いた。
 腕を掴んだ掌から、リナの温かさが伝わってくる。

 彼女は、生きている。

 少し困った顔をしたリナは何かを言いかけて口を閉じ、視線を少し逸らした。
 伏せられた長い睫毛が頬に影を落とすのを、息を殺して見つめる。

 動いている。
 彼女は、生きている。

「あの、さ・・・って!?ちょっとガウリイあんた!?」
 リナが目を見開いて、ばっと彼の手から身をもぎ離した。
 自分に触れられるのが嫌なのかと落ち込む間も無く、リナの小さな手がガウリイの手を掴んだ。
「何よっ、これ!?」
 眉を顰めて叱るように言ったリナが見ているのはガウリイの手だった。
 節の目立つ大きなガウリイの手は泥だらけで、土が指と爪との間に入り込んでいる上に、いくつかの爪は剥がれかけていた。
「あ・・・。」
 痛みを訴える指をガウリイは戸惑った目で見た。
 指摘されるまで気づいていなかったのだ。
 見ると、ガウリイが掴んでいたリナの腕にも泥がついてしまっている。
「あ、汚したな。すまん・・・。」
「ああっ、なんてことすんのよ、ガウリイ!!って、ンなこと謝ってる場合じゃないでしょっ!!!脳みそだけじゃなくて痛覚まで退化させちゃったわけ!!」
 怒鳴りつけてくるリナにガウリイは目を細めた。

 ああ、リナは生きている。

 ったく、こんなとこじゃ何もできないわ。
 ぶつぶつリナは呟いていたが、ガウリイの顔をきっと見上げた。
「ここんとこ、寝泊りしてた小屋が森の中にあんのよ。そこでどーにかしましょっ。」
 怒って肩を怒らせながら、リナはガウリイに背を向け歩き出した。
 栗色の髪を揺らし、進んでいく小さな背中をガウリイは眺めた。
 彼女の後ろ姿。
 自分から遠ざかるリナ。
 息ができなくなりそうだ。

 くるりとリナが振り返った。
「何、ボーっとしてんのよ!!さっさとついてきなさいよ!!」

 苛々と輝く瞳に、ガウリイは頷いて、足を踏み出した。
 リナと歩く。
 久しぶりの状況をガウリイは噛み締めた。


この冒頭の場面が書きたくて書いた話かも、です。(2005 6/27)