あなたを失う  story of G-4

 葉の生い茂った木々の間、隠れるように小屋は立っていた。
 小さな小屋の中、リナはまずガウリイを椅子に座らせ、桶に水を満たしてきた。
「まず泥を落とさないと。」
「ああ。」
 ガウリイは頷いて、とりあえずグローブを脱ぎ、ついでに装備も外してしゃがんだ。そして、桶に手を入れ、泥を落とそうとする。
ばしゃばしゃばしゃ
 桶の水はすぐに濁ってしまった。
 リナが眉をしかめ、水を取り替えてくれた。
ばしゃばしゃばしゃ
「これでいいか?」
 ガウリイの差し出す手を見てリナは首を振り、桶の水を取替えに行ってしまった。
 よく動くその姿をガウリイはじっと眺めた。
 戻ってきたリナは布をもって桶の横に膝をついた。
「ちょっと貸しなさい。」
 リナは言葉とは反対に優しい手つきでガウリイの手をとって水の中に浸すと、痛くないようにそっと布で指と爪の間に入り込んだ泥をとっていく。

 リナの小さな手がガウリイの手をとっている。
 栗色の頭がガウリイのすぐ顔の下にあり、小さな顔に酷く真剣な表情を宿している。
 ガウリイは息を詰めてそれを見詰めた。
 いくら見詰めても足りない。
 ずっとずっと見詰めていたい。

 リナはガウリイの手の泥を落とすと、乾いた布を渡してガウリイに水気をとらせた。桶の汚れた水を捨ててきてから、もう一度ガウリイの横に膝をついて、呪文を詠唱しだした。
「麗和浄。」
 ガウリイの全身を淡い光が包み込んだ。
「治癒。」
 ゆっくりと血が止まって、細かな裂傷が塞がっていく。
 剥がれかけた爪も皮膚の再生とともに戻っていった。
ふーっ
 リナは息を吐き出した。
「ありがとな。」
 ガウリイが礼を言うと、リナは顔をあげ、きっ、とガウリイを睨んだ。
「剣士が手を傷つけちゃダメでしょうがっ!!なにやってんのよ!!なんで爪が剥がれるようなことしてんのよっ!!!」
 怒鳴るリナの表情は真剣で、紅い瞳が怒りできらきらと輝いていた。
 ガウリイはそっと手を伸ばしてリナの髪に触れた。
「え、何・・・?」
 リナが目を見開き、大きくうろたえる。
 ガウリイはリナの髪をそっと撫でた。
 柔らかな手触りが心地よい。
 リナの小さな耳の後ろを撫で、そのまま首筋に手を当てた。
 温かく、脈打つ肌。
 リナの頬が真っ赤に染まる。
「な、なん・・・。」
 動揺も露わなリナの肩の線を辿り、彼女の背に腕を回して引き寄せ、自身は少し屈み込むようにして、リナの小さな胸に顔を埋めた。

どくん

「ガガガガガガガガガウリイっ!?」
 リナが悲鳴じみた声を上げて、身を捩って身体を離そうとするが、ガウリイはそれを許さなかった。
 ますます回した腕に力を込めてリナの動きを封じる。

どくんどくん

「・・・はな、してっ!」
 リナがガウリイの髪をひっぱる。

どくんどくんどくん

 ガウリイは左胸に耳を押し付けた。
「きゃあっ!?」
 リナは悲鳴をあげ―――――動きを止めた。
 彼女はガウリイの大きな身体が震えているのに気づいたのだ。
「ガウリイ?」
 髪を掴んでいた手を離し、リナの手がガウリイの頬に触れた。
 彼女の柔らかな指がガウリイの頬に流れる雫をそっと拭う。
 ガウリイは片手でリナの胸を包み込んだ。しかし、リナはびくりとしたものの、抗わなかった。
 弱いものに優しいリナらしい行動だ。
 ガウリイは大きく息を吐いた。
「心臓の音が聞こえる・・・。」
 震えるガウリイの髪を宥めるようにリナが梳いてくれる。
「生きてるんだから、当たり前でしょ。」
 苦笑する声に、ガウリイはさらに腕に力を込めた。
「・・・死んだって・・・聞いたんだ。オレが知らないうちに・・・死んだって・・・。信じられなくて・・・だから・・・。」
「この村に来たのね。」
「ああ。そしたら・・・、リナの墓があって・・・。」
ぎゅっ
 ガウリイはリナの身体をきつく抱きしめた。
「オレ・・・信じたくないから、掘り返して・・・。」
 リナが溜息を吐いた。
「馬鹿。あたしの死後何日か経った死体なんか見てどーすんのよ。」
 『死体』という言葉にガウリイが大きく震えた。
「だって信じられなかった!!お前さんがいなくなるなんて!!嫌だったんだ!!」
 叫んだガウリイにリナは少し息を呑んだようだった。
 ガウリイはリナの胸に顔を埋め、その心音に聞き入る。
「あのね。この村にレッサー・デーモンが現れたの。それを退治してたら、さっきの暗殺者が出てきてね。撃退したけど、相打ちみたいなことになってさ。で、心配してくれた村の人たちがあたしの死を偽装してくれたのよ。せめて傷が治るまで隠れとけるように。」
 リナがガウリイの髪を梳きながら、静かに語ってくれた。
「傷・・・?」
 ガウリイは心配の声をあげた。
「ん。もう治したんだけどね。治癒をちょっとずつかけて。体力は戻りきってないのに、墓地で戦闘が始まってるからびっくりしたのよ。」
あはは
 リナが笑う。
 治癒を少しずつかけたということは相当の重傷だったのだろう。
 ガウリイはリナの胸にあてていた手を放し、両腕でリナの身体を抱きしめた。
 力を入れたら折れてしまいそうに細い身体。
 自分のいないところで傷つき、命を狙われたのだ。
「リナ・・・。」
 名前を呼んだ。
「何?」
 応えてくれる声にまた涙が溢れそうになる。
「リナ・・・。」
「うん。」
 ガウリイは背を伸ばした。
「リナ・・・。」
「ガウ・・・ん。」
 リナが応える途中でその唇に唇を重ねた。
 啄ばむようにしてから離すと、リナが頬をさらに真っ赤に染めていた。
 再び顔を近づけると、リナは瞳を閉じた。
 口接ける。
 何度も唇を重ねる。
 徐々に深く深く。
「ふ・・・はぁっ・・・。」
 リナの甘い吐息も貪り、小さな舌を絡めとる。
 ガウリイはキスを繰り返しながら、リナの装備を外していった。
がちゃり
がちゃり
ばさっ
 肩当とマントを取ると、ガウリイはリナの身体を抱き上げた。
 繰り返されたキスのせいで力が抜けてしまっているリナをそっとベッドに降ろす。
 潤んだ紅い瞳に見とれながら、ガウリイはシャツを脱いだ。
 リナは目を見開き、そして、恥ずかしいのか目を逸らした。
「リナ・・・。」
ぎしり
 栗色の頭の横に手を置いて、リナの米神にキスをする。
 リナはぴくりと震えた。
「明かり、消して・・・?」
 小さな声にガウリイは微笑み、ランプの火を消した。
 暗くなる小屋の中、ガウリイはもう一度リナの上に覆いかぶさるようにしてベッドへ上がった。
「リナ・・・。」
 囁きかけると、リナは逸らしていた目を戻し、ガウリイを見上げた。
 暗がりの中、きらきらと輝いている紅い瞳を見つめる。
「リナ、愛してる・・・。」
 告げると、リナは目を見張り、それから、嬉しそうに微笑んだ。
 ガウリイはリナを抱きしめた。
 彼女の熱を全身で感じる。
「リナ・・・リナ・・・リナ・・・。」
 想いの全てを注ぎ込むようにして抱きしめる。
 リナの熱を感じ、リナが生きていることを確かめたかった。




「あんたが・・・、別れようって言ったくせに・・・。」
 空が白みかけた頃、ガウリイの腕の中、素肌の胸に顔を寄せてリナが拗ねたように呟いた。
 ガウリイはリナの細い肩を抱き寄せ、栗色の髪を優しく梳く。
「オレは・・・、オレといたらリナは幸せになれないと思ったんだ・・・。」
 ガウリイの告白にリナは細い眉を吊り上げた。
「何よ、それ。」
 低い声で言われて、ガウリイは苦笑した。
「オレは・・・結構ロクでもない道を歩んできたんだぞ。オレみたいな傭兵崩れといたんじゃ、リナは・・・。」
「勝手に決めないでよね。」
 怒った声に、ガウリイは苦笑を深めた。
「しかも、お前さんが欲しくて仕方なくなってた。出会って結構すぐに惚れたから・・・、我慢も限界でな。独占欲剥き出しにしてお前さんを攫ってしまいたかった。」
「馬鹿。」
 リナの頬が真っ赤に染まるのをガウリイは目を細めて見詰めた。
「そんな部分を見せて、お前さんに嫌われたくなかった。」
「ばか。」
 リナの口調が少しだけ柔らかくなる。
「お前さんが・・・死んだって聞いたときすごく後悔した。傍を離れなければよかった、って。傍にいれば守れたんじゃないか、って。」
「ガウリイ・・・。」
「傍にいてくれ、リナ。」
 ガウリイは真摯な表情でリナの顔を覗き込んだ。
 リナは目を見開き、微笑みながら彼を睨んだ。
「ばか。これで、また別れようなんて言ったら、問答無用で吹っ飛ばすわよ。」
「一生、傍にいたい。ずっとリナを守りたい。」
「ずっといなさい。」
「全力で守る。」
 ガウリイの言葉にリナは少し表情を曇らせた。
「でも、ガウリイ・・・。それでも、あたしが死んじゃったら?」
 ガウリイはぎゅっとリナを抱きしめた。
「ガウリイ・・・?」
「もしかしたら・・・、守りきれないときが来るかもしれない・・・よな。」
「うん。」
 ガウリイの頭にはルークとミリーナのことが浮かんでいた。たぶん、リナもそうだろう。
「そのときは、オレの腕の中で死んでくれ。」
 リナが息を呑んだ。
「最期まで傍にいたい。お前さんには誰も触れさせないから・・・。」
「うん。」
「一緒に逝くよ。」
「馬鹿。」
「リナがいないのはもう嫌なんだ。」
「ばか・・・。」
「愛してる・・・。」
 囁くガウリイの首にリナがするりと腕を回した。
 覗きこむと、紅い瞳が強い色を湛えてガウリイを見詰め返してきた。
「馬鹿ね、あたしたち。いい?ガウリイ。あたしは簡単に死なない。あんたも簡単に死なない。全力であんたが守ってくれるし、あたしも全力であんたを守る。一緒に生きて、生き抜きましょ。」
 ガウリイは目を丸くし、それから笑った。
「お前さんが『もし』って言ったくせに。」
「うっさい馬鹿。そのときはそのとき考えたらいいのよ!!」
「ああ、一緒に生きよう。」
「うん。」
 ガウリイはリナに口接けた。
「愛してる・・・。」
「ん・・・。」
「愛してる・・・。一緒にいような・・・。」
「うん・・・。」
 ガウリイはリナに熱を注ぎ込みだした。
 愛してる。
 リナを愛してる。
 彼女の強い魂を愛してる。
 



 数日後、トスローの村の外れの墓地から、ひとつの墓石が消えた。
 闇を凝らせたような魔族がそれを面白そうに眺めていたらしい。



終わりました。最後が少しアダルティですけど12禁くらい・・・?
あとがき