あなたを失う  story of L-2

 柔らかな木漏れ日が踊る森の中。
 装備をはずした長身の青年が佇んでいる。
 爽やかな風に金色の髪がさらさらと靡く。
『ガウリイ。』
 呼びかけると、彼は振り向いた。
 整った綺麗な顔に陽だまりのような笑みが浮かぶ。
『リナ。』
 低い耳に心地よい声が彼女の名を呼んだ。
 ああ、よかった。
 彼はここにいたんだ。
 死んだなんて、デマだったんだ。
 安堵し、彼に駆け寄って、その無駄な筋肉のない身体に腕を回した。
 彼は包み込むように抱きしめてくれる。
 厚い胸板に寄りかかり、囁いた。
『どこにもいかないで。』
 返事を期待して彼の顔を見上げた。
 蒼い瞳が優しい色を浮かべ、彼女を映していた。
『無理だよ、リナ。』
 彼女は目を見開いた。
『ガウリイ?』
 彼は悲しそうに微笑んだ。
『だって、オレは死んでしまったから。』

 世界が闇に覆われる。

 どこかの荒野。
 夕日に金色の髪を紅く染めて、彼は無防備に背中を向けていた。
 ぞろり、と闇が動く。
 闇色の触手が閃き、彼の体を刺し貫いた。
 鮮血が飛び散る。

『ガウリイーっ!!』
 彼女の絶叫は届かない。

 彼の身体は地面に崩れ落ちた。
 血の海の中、全身を血で染めた苦痛に歪んだ顔が浮かび上がる。
 蒼い瞳が虚空を見た。

『ガウリイっ!!ガウリイっ!!しっかりしてよぉっ!!!』
 伸ばした腕も届かない。

 蒼い瞳から徐々に光が失われていく。
 焦点のぼやけた瞳が何かを探すように動き、閉じられた。
『どこだ、リナ・・・。』
 微かな声が空気を震わせた。
 それっきり動かなくなる。


「いやぁあああああああ!!!」
 叫び、跳ね起きた。
はぁっ、はぁっ、はぁっ
 肩で大きく息をする。
 見たわけではないガウリイの死。
 夢の中の自分を探す彼の言葉が彼の胸を抉る。
「あたしが、傍にいれば・・・っ。」
 絶望的な後悔。
 彼の傍を自分が離れなければ、こんなことにはならなかったのではないか。
 繰り返し、繰り返し、その考えがリナを責め立てる。
「いや・・・っ、まだよ。まだあたしは・・・見てない。」
 リナは拳を握り締め、ベッドから降りた。
 小さな宿の一室。
 ゼロスと会ってすぐに翔風界で飛んで北西を目指した。
 一日飛び続け、日が沈んだ頃に力尽きて、見つけた村の宿に泊まったのだ。
 外を見ると、空は白みかけていた。
 身支度を整え、階下に降りると、宿の主人はすでに起きていた。
「お客さん、大丈夫かい?」
 宿の主人が驚いたのも無理は無い。リナの顔色は青白く見えるほど悪かったのだ。
「大丈夫よ。もう行くわ。」
 宿の主人は目を見開いた。
「朝食は?」
「いらない。」
 リナは宿の主人に背を向け、宿を出て行く。
「待ちなさいっ。」
 宿の主人の声に、外に出たリナはとりあえず足を止めた。
 宿の主人はリナに駆け寄ると、パンをひとつ差し出す。
「急いでるみたいだから止めないけど、行かなきゃならんとこに着く前に倒れたくないでしょう。」
 宿の主人の言葉に、リナは目を見開いた。
 主人の差し出してくれたパンをとる。
 朝焼いたところなのだろう。まだ温かく柔らかいパンだった。
「ありがと・・・。」
 リナは笑みを浮かべた。
 限りなく泣き顔に近い笑顔だった。
「お気をつけて。」
 宿の主人は痛ましそうに頭を下げた。
 リナは頷き、呪文を詠唱する。
「翔封界!」
 風の結界を纏って飛び立つ。
 食べることは生きることに繋がる。
 今まで、食べることをやめようとしたことはなかった。
 生きることを自ら放棄しようなどと考えたことはなかった。
 けれど――――。
 リナは術を制御しながら、唇を噛み締めた。
 まだだ。
 まだ、この目で確認したわけではない。
 ガウリイ!!
 声に出すことはせずに呼び続けながら、リナは北西を目指した。
 

 風の結界を纏って飛び続け、魔力が尽きる前に術を解き、歩いて魔力の回復に努め、また飛び立つ。
 歩いている間に、宿の主人にもらったパンを食べた。
 生きることをやめたわけではないのだから、と、無理矢理水筒の水で流し込んだ。
 食物を拒否したがる喉と胃を宥め、リナは先を急いだ。
 日が落ちきった頃、目的地に降り立った。
 トスローは小さな村だった。ほとんど自給自足で暮らしているのだろう。家の立ち並ぶ向こうに畑が見えた。
 この小さな村でガウリイは・・・。
 リナは震える足を励まし、店がいくつか並んでいるほうへ歩いていった。
 一軒しかない宿屋に行き、ガウリイのことを聞く。
 宿の女将さんは顔を歪ませた。
「ああ・・・、あんた、あの人の知り合いかい?」
「ええ。」 
「そうかい・・・。」
 女将さんは俯いた。
「5日前、森にデーモンが何匹も現れたんだ。それをガウリイさんは一人で退治してくれて・・・、その後、よく分からないんだけど、妙なものが現れたらしい。」
「妙なもの?」
「ああ、デーモン退治に手を貸そうとついてった人が見たらしい。ガウリイさんに逃げろと言われて逃げちまったんだけどね。緑色の触手が何本もついたおかしなもの・・・、魔族じゃないか、って村では言ってる。爆発するような音がして・・・、森は静かになった。それで見に行ったら・・・。」
 女将さんはエプロンを握り締めた。
「村の外れに、お墓を作ったんだ。名前しか分からなかったけど、デーモンを退治してくれたから、共同墓地に・・・森のすぐ脇だよ。」
 リナは唇を噛みしめ、軽く頭を下げると、宿を飛び出した。
 既に暗くなった村の中、一心不乱に走るリナに目を留める人間も少ない。


 村の外れ、いくつもの墓石の並ぶ場所にリナは辿り着いた。
 共同墓地の外れ、月明かりに白く光る真新しい墓石を見つけ、ゆっくりと近づいた。
 リナは墓石に屈み込むようにして、彫られた文字を読み取った。

『ガウリイ=ガブリエフ ここに眠る
 デーモンを倒し、村を救った剣士
 トスローの感謝を捧げる』

 リナはよろりと身体を起こした。
 もう一度、墓石に目を向ける。
 彫られた文字は変わらない。
 がくがくと足が震え、リナは地面に崩れるように座った。
 かたかたと手も震えた。
「こんな・・・。」
 唇も震える。
「なんで・・・っ。」
 大きく目を見張り、墓石を見つめた。
 絶望が黒々と胸を染めていく。
 信じたくなかった。
 けれど、目の前には彼の墓がある。
 あんまりだと思った。
 今まで、色んな理不尽なものを見てきた。
 けれど、これはあまりに酷い。
 世界よりも大切な存在だったのに。
 もう、この世にいないなんて。
 大きく見張った瞳に涙は浮かばなかった。
 浮かべられなかった。
 大きすぎる喪失感がリナから全ての力を奪っていた。


(2005 6/28)