あなたを失う  story of L-3

 月明かりが照らす墓地に、小柄な女性は座り込んでいた。
 全身の力が抜け、華奢な肩はだらりとさがり、月光に照らされた白い顔は青ざめ、虚空を見詰める紅い瞳には絶望が浮かぶ。
 そのまま消え去ってしまいそうなほど、儚い姿をさらしている。
 
ざわりっ

 空気が震え、生きとし生けるもの全てと決して相容れることのない気配が生まれた。
 このいい加減慣れてきた気配の前で座り込んでいることは死を意味する。
 リナは立ち上がった。
 拳を握り締め、声を絞り出す。
「姿くらい、見せたらどーなの。魔族さん?気配させといて出てこないなんて、もしかして、他人様には見せられないような姿でもしてるわけ?」
 挑発の響きを宿して発した声に、嘲笑が応えた。
「ふふ・・・、勇ましいことだな。」
 現れたのはやはり魔族。
 金髪碧眼の端整といってもいい顔。若々しい青年の肉体にローブを纏っているが、肩から伸びているのは筋骨逞しい腕ではなく何本もの緑の触手だ。
 その腕を見止めた途端、リナの瞳がぎらりと光った。
 端整な顔に笑みを浮かべ、魔族は嬉しそうに笑う。
「しかし、随分素晴らしい負の感情をくれるのだな。その絶望、その殺意。素晴らしい。」
 普通の人間なら、その言葉によって恐怖を加速させるのだろう。しかし、リナはただ大きく目を見開いて魔族の触手をじっと見詰めていた。
 訝しそうに魔族は首を傾げ、ややあって口を開く。
「そういえば、貴様のほかにも素晴らしい負の感情を我にご馳走してくれた男がいたな。貴様と同じで全く恐怖していなかったが、その胸に巣くう絶望が例えようもなく甘美で・・・。」
 魔族はリナの背後にある墓石に目を向けた。
「それは・・・、あの男の墓だな。我の餌食となったときにも素晴らしい絶望をくれたのだが。」
 饒舌な魔族をリナは睨み付けた。
「あんたが・・・、ガウリイを・・・っ。」
 リナから全てを燃やし尽くすような殺気が噴き出す。
 いくつもの修羅場を潜り抜けてきたリナの放つ殺気は尋常ではなかった。
 魔族は瞠目し、嬉しそうに笑った。
「ほう。人間にしてはなかなかの殺気だ。あの男の代わりにお前が我を楽しませてくれるのか?」
 リナは口の端を歪めた。
「そうよ。あんただけは許さない。」
 凍えるような口調で宣言し、リナは呪文の詠唱を始めた。
「その強気、どこで諦めへと変わるか楽しみだ。」
ぐぅんっ
 緑の触手がリナへと襲い掛かる。
「覇王氷河烈!!」
っぎぎぃんっ
 リナへと向かっていた触手の大半が氷結・破砕・霧散する。
 捕らえられなかった触手を魔皇霊斬をかけていたショート・ソードで切り払う。
「おのれっ!!」
 自分の攻撃がリナに届かず苛立った魔族は、一旦触手を戻した。
ぐじゃざぁあっ
 緑の触手が10倍ほど一気に生えてきた。
 魔族の胴体の数倍の量のそれは羽のように広がると、一斉にリナに向かって襲い掛かった。
「黒妖陣!!」
どぅむっ
 リナの生み出した『黒』が伸びてきた触手を飲み込む。
 しかし、全てを消し去ることは不可能だった。
ざぁあああっ
 数十本の触手がリナに向かって伸びてくる。
 リナは呪文を詠唱しながら大きく跳びずさって少しでも避けようとする。
「覇王氷河烈!!」
ぅぎぎぃぃんっ
 触手の半分ほどが散った。
 それでもまだ十数本が延びてくる。
 呪文は間に合いそうに無い。
 リナはショート・ソードを構え、数本には貫かれる覚悟を決めた。

ざざんっ
 銀光が閃き、金色が舞った。
 切り裂かれた触手が塵と化し、消える

 流れる金糸の髪と、広い大きな背中。
 自分の目の前に現れた存在に、リナは大きく目を見開いた。

「なっ!?貴様、死んだのではなかったのか!?」
 驚愕の声をあげる魔族。

「あいにく、死ねなくてな。・・・行くぞっ!!」
 前半ぼそりと呟き、ガウリイは地面を蹴った。
「おあああああああっ!!!」
 咆えるガウリイの斬妖剣が迫る触手を切り払い、魔族に肉迫する。
「このっ!!」
 魔族は焦りの声をあげ、さらに触手を生み出そうとしたが――――。

ざむっ

 ガウリイの斬妖剣は魔族を真っ二つに切り裂いた。

「覇王雷撃陣!!」
ばちばちばちぃっ
 二つに裂かれた魔族の身体にリナの術が襲い掛かり、止めを刺した。

ぱちんっ
 ガウリイが剣を鞘に収めて振り返った。

リナは無言で彼の顔を見詰めた。

「リナ・・・。」
 ガウリイがリナの名前を呼んだ。
 その音に胸が震える。

「あ・・・。」
 リナの全身から力が抜けた。
 立っていることもできず、地面にぺたりと座り込んだ。

「リナっ!?」
 ガウリイが慌ててリナに駆け寄った。
 片膝をついて、リナの顔を覗き込む。
「どっか怪我したのか?」
 心配そうに聞いてくるガウリイに、そうではない、と言おうとしたリナは目を見開いた。
「ちょっ、あんた、血が・・・!?」
 リナの視線の先、ガウリイの甲冑に覆われていないわき腹の部分が赤く染まっていた。
 その染みはじわじわと広がっていく。
「ああ、傷が今ので開いちまったみたいだ。」
 事も無げに言うガウリイに、リナは眉を吊り上げた。
「みたいだ、って・・・!!馬鹿!!何やってんのよっ。」
 怒鳴られて、ガウリイは苦笑を浮かべた。
「ここに魔法医はいなかったんだよ。」
「じゃあ、『治癒』の術を・・・。」
 かざそうとしたリナの手をガウリイは押しとどめた。
 リナは訝しそうに眉を顰めた。
「場所を変えよう。墓地に居続けるのもなんだから。」
「まあ、ね。」
「オレがここのところ寝泊りしてた小屋が、森の中にあるんだ。そこでいいか?」
「ええ。」
 リナが頷くと、ガウリイは安堵したように微笑んだ。そして、リナの背に手を回し、ふらつく彼女が立ち上がるのを支える。
 自分は怪我をしているくせに、リナを気遣ってくれる。
 背に回った大きな手の温かさに、リナは一瞬目を閉じた。
 
 温かい。
 ガウリイは生きてる。

 リナが立てるのを見て取ると、ガウリイはそっと手を離した。
 離れる温もりに寂しさを感じる。
「こっちだ。」
 先にたって歩き出すガウリイの後にリナは続いた。


(2005 6/28)