あなたを失う―序幕―
 穏やかな空が広がっていた。
 吹く風さえも穏やかで、栗色の髪と金色の髪を柔らかく靡かせる。
 清らな朝の光を浴びた街道は鮮やかな緑に覆われ、街道沿いを流れる川に反射する光がきらきらと踊っていた。
 昨夜泊まった町は背後にある。
 リナが少し先を歩き、ガウリイが少し後を歩く。
 2人は無言で歩いていた。

 常時は見るもの全てが新鮮であるかのように紅い瞳を煌かせているリナは、その表情を不安で曇らせていた。
 相棒の様子がおかしいことを彼女は感じ取っていた。
 ガウリイは3年という長い間、苦楽を共にした旅の連れだった。彼の存在はリナの中で非常に大きい。一度は世界と引き換えにしたほどに。
 そのガウリイの様子が最近、少しおかしかった。
 よく黙り込む。
 遠くを見詰める。
 リナをじっと見詰める。
 リナが何事かと彼を振り返ったときには、いつも穏やかな表情で見返してくれるが、長年の旅の連れの様子がおかしいことに気づかない彼女ではなかった。
 じわりじわりと何かが迫ってきていることを感じてはいたが、リナはそれに気づいていないように振舞っていた。
 そのときが来るのが怖かったのだ。

 栗色の揺れる髪を見詰めるガウリイはいつも穏やかな色を蒼い瞳に浮かべていたのだが、今、その瞳は苦しそうに揺れていた。
 彼は決心していた。
 だが、それを思うと叫びたくなる。
 この決心がどうかすると身体を引き裂くような苦痛をもたらす。
 それでも、決めてしまっていた。
 少し先を歩く相棒を見詰める。
 華奢な身体に大き過ぎる魔力を秘めた少女。彼女の存在は彼の全てだった。彼女がいるからこそ、世界に光が満ちる。
 伸ばしそうになる腕を必死で止める。
 彼女に手を伸ばしてしまえば、せっかくの覚悟も水泡と化すことは分かっていた。
 ガウリイは息を吸い込んだ。


「リナ。」


 リナは振り返った。
 ガウリイが足を止めて、自分をじっと見詰めていた。
 蒼い瞳に何か揺るぎ無いものを見つけ、そっと嘆息する。
 ああ、そのときが来てしまった。
「なに?」
 
 ガウリイは振り返ってこちらを真っ直ぐ見詰めるリナを見詰めていた。
 刺し貫いてくる紅い眼差し、小さな唇、ふわふわと揺れる栗色の髪、華奢な肢体と、それを彩る強い存在感、全てを少しでも記憶に刻み付けたかった。
 ガウリイは口を開いた。
「ここで、別れよう。」

 リナは一瞬瞳を閉じた。
 予感はあったのだ。
 何か決定的なものがくるという予感は。
 受け入れ難いことだろうと、現実は現実。
 他ならぬ相棒の言い出したこと、受け入れられなくてどうする。
 リナは瞳を開き、ガウリイを見詰めた。
「ん・・・、分かったわ。」
 口の端に小さな笑みが浮かんだ。
 楽しいときはいつか終わるものなのだと、覚悟していたからかもしれない。

 一瞬、寂しげな表情を浮かべたリナに、ガウリイは自身が身動きすることを全力で止めた。
 何か少し動いただけでも、聡い彼女に知られてしまうかもしれない。
 リナの行動を阻んでしまうのが怖かった。
 彼女の心の揺れや、もしかしたら離れがたく―――いや、長年の相棒と別れるのは寂しいものだろうが―――思ってくれるような、ただ、それだけに縋りたくなる自分を止めなければならなかった。
 ガウリイは自分が穴が開くほどリナを一心に見詰めていることに気づいた。
 彼女の表情から自分が望むものの欠片なりとも見つけられないかと、浅ましくも探ろうとしているのだ。
 今更。
 別れを決めたくせに未練がましく、彼女が望むなら、などと考えてしまう自分に嘲う。

 リナは自分を見詰めるガウリイににこりと笑いかけた。
 最後になるかもしれないなら、笑顔を覚えていてほしかった。
 スケルトン並みの脳みそだから、忘れちゃうかもしれないけどねぇ。
 ガウリイに忘れられるという可能性に、ずきりと痛む胸を無視する。
「今までありがとう。・・・さようなら、ガウリイ。」
 決定的な言葉を自分から言ってしまうのは、どうしようもなく強がりなせいだろうか。
 既に決まってしまった別れを数分なりとも伸ばすことは虚しい。
 すっぱりとそんな時間は切り捨ててしまった方がすっきりする。
 これ以上、彼を見ていたら、何を言い出すか分からない自分が怖かった。
 相棒の意思を尊重したいのに、みっともなく縋りそうな自分など認めたくはない。
 そんな自分を彼に見せたくはなかった。

 別れの言葉を口にされて、自ら言い出した癖に息が止まりそうな衝撃を受けた。
 潔い光を浮かべて見詰めてくる紅い瞳は、いつものリナだった。
 理由も尋ねてこないのは、ガウリイの意思を尊重しようとしているからだろう。
 その信頼が痛い。
 彼女に信頼されていることに無上の喜びを感じるくせに、もっと欲しくなる。
 もしかしたら手に入ったかもしれないものを自分から捨てることを決めたのに。
「こっちこそ・・・ありがとな。さよなら、リナ。」
 笑みを浮かべてくれた彼女に微笑み返す。
 リナは軽く頷き、踵を返した。
「翔封界!」
 浮かび上がり、高速で遠くなるリナ。
 視界から消えるまで目で追いかける。
 彼女を追いかけようとする足をいっそ地面に縫いとめてしまおうか。
 握り込んだ拳はグローブがなければ、皮を破り血を滴らせたことだろう。
「リナ・・・。」
 呼ぶ。
 返事は返ってこない。
「リナ・・・。」
 呼びかける。
 彼女はいない。
 頬を熱い雫が流れて落ちた。
 どうか、彼女が幸せでありますように。
 
 高速で翔びながら、リナは歯を食い縛り、術に集中する。
 少しでも遠く、少しでも早く、彼から離れなければならなかった。
 身体と心が戻りたいと叫んでいる。
 頭が遠くへと命令する。
 幾つ目の街か分からないが、その手前でリナは術を解いた。
 地面に足をつけ、ふらつく。
 支えてくれる手は、無い。
 真っ直ぐ歩いていけるだろうか。
「ガ・・・。」
 口にしかけて、口を閉ざす。
 いないと分かっているのに呼びかけるような無駄なことはするまい。
 乾いた双眸を見開き、前方を睨み付けた。
 振り返るまい。
 振り返っても、彼はいないのだから。
 立ち止まるまい。
 立ち止まっても、追いついてくれる人はいないのだから。
 リナは足を踏み出した。
 空を見上げて、彼を思う。
 どうか、彼が幸せでありますように。



この先、お話が別れます。同じような設定ですが、違う話です。
どちらから読まれても違う話なので支障はないと思います。
2人の違いをお楽しみいただけると幸いです。

ガウリイのお話へ
リナのお話へ


 思わせぶりに言っておいて、続きまだ書けてません。
 私はどーも別れてその後とかが好きらしく。
 今回はガウリイにお別れを言わせてみました。
(2005 6/5)