花見
  1
 頭上に広がる青い空。
 雲ひとつないそれは旅の連れの穏やかな瞳に重なる。
 リナは隣を歩く旅の連れの顔をふと見上げた。
 相変わらず欠点の見つけられない綺麗な顔。あえて欠点とするならば、そののほほんとした表情が馬鹿っぽく見えることだろうか。
 リナはついうっかり見惚れかけた自分を戒めた。
「リナ、どうかしたのか?」
 ガウリイは自分に視線を送ったくせに何も言わない少女を不思議に思った。
「何でもないわ。」
 何故か不機嫌に返す横顔は、少しずつ幼さを女らしさへと変えていっている。
 それは、ガウリイに期待と不安を抱かせる変化だ。
「町が見えてきたわね。」
 リナは何かを振り切るように歩みを早くした。
 ガウリイは穏やかな表情でその後へと続いた。

「花見?」
 リナが不思議そうに宿屋の女将さんの顔を見詰めた。
 女将さんはにこにこしながら頷いた。
「この国では春になると、桜の花を見ながら食べたり飲んだりする習慣があるんだよ。屋台とかも出てるから、特に用とかなければ昼御飯がてら桜公園に行くといい。」
「へー、屋台も出るんだ。」
 リナは記帳しながら楽しそうに瞳を煌かせた。
「面白そうねっ。行ってみるわ!」
 リナは背後でぼーっとしていたガウリイを振り返った。
「荷物置いたら行くわよ、ガウリイ!」
「え・・・?行くってどこへ?」
すっぱああああん!!
どぐしゃあっ
 乙女の必需品が閃き、ガウリイが床に沈んだ。
「いきなり何するんだ!」
 ちょっぴし涙目で抗議するガウリイに、リナはふんっと鼻を鳴らした。
「あんたが人の話を聞かないからでしょっ!!たまには脳みそ使わないと、溶けてタルタルソースになっちゃうんだから!!」
「タルタルソースってお前・・・。」
 がっくし肩を落とすガウリイを尻目にリナは荷物を持ち上げた。
「さっさと荷物置いてきてね。降りてから話すわ。」
「はいはい。」
 ガウリイは苦笑しながら先に2階へと上がるリナの背を見送った。
 
「だからー、この国には桜を見ながら飲み食いする習慣があって、桜公園では屋台も出てるらしいのよ。宿の女将さんが言ってたでしょ?」
 リナは歩きながら、ガウリイに聞いた話を説明していた。
「んー。宿の女将さんってリナと話してただろ?」
「まあ、そーね。」
「じゃあ、オレが覚えてるわけないじゃないか。」
 にっこり爽やかに笑うガウリイに、リナは大きな溜息を吐いた。
「わけないって・・・、ま、いーけど。」
 諦めたように肩をすくめ、リナはすたすたと歩き出した。
 程なく、2人は桜公園にたどり着いた。
 日の光を浴びて薄紅色に透き通る花弁がちらちらと舞い落ちる。
 千本近くあるという桜は大きく枝を広げて薄紅の雲のように重なり合っている。
「きれいねー。」
 リナはキラキラと目を輝かせて花に見入った。
「そうだな。」
 ガウリイはリナの様子を見ながら微笑んだ。
「あっ、やきとうもろこし発見!!行くわよ、ガウリイ!!」
「おう!」
 駆け出すリナの背をガウリイは追う。
 リナとガウリイはやきとうもろこしに始まり、肉団子、わたあめ、フライドポテト、やきおにぎり・・・と次々に屋台を制覇していった。
「あっ、これなーに?」
「これは桜餅だよ。桜の葉っぱを塩漬けにして、餅を包んでるんだ。」
「へー、おいしそうね。でもなー。」
「そっちの兄ちゃんと2個買ってくれるなら1個おまけにつけるよ?」
「えっ、ホント?じゃあじゃあ、4個買ったら、2個おまけ?」
「ええっ、いやー、かなわんなぁ。ま、お嬢さん可愛いし、2個おまけにしよう!!」
「ありがとー(はぁと)」
 リナの勝ち取った桜餅を食べながら、ガウリイは苦笑した。
「お前さん、ほんと値切るの好きだよなー。どんだけおまけしてもらったかもう分からんし。」
「あったりまえでしょ!!買い物は値切ってなんぼよ!!」
 誇らしげに桜餅をぱくつき、リナは胸をはってみせる。
「んー、デリシャス(はぁと)この塩加減がいいわねー。」
 食べながら、リナは公園を見回した。
 あちこちに御座が引かれ、家族連れや団体が弁当やら何やらを広げて非常に賑やかである。酒を飲んでいる者も多く、踊ったり歌ったりしている者も結構いる。
「花見っていうから、もっと風流なもんかと思ったけど・・・、なんかお祭りっぽいかんじね。もっと雰囲気あってもいんじゃないかしら。」
「屋体制覇して言うセリフじゃないんじゃ・・・。」
 ぼそりとガウリイが突っ込むが、リナはそれを完全に無視した。
「ま、気持ちは分かるわね。なんか、こんだけ花が咲いてると妙に気分が浮き立つっていうか・・・。」
 リナは咲き乱れる桜に目を細めた。
 桜にしばし見惚れていたリナは、自分の頭に伸ばされた手に気づいた。
 ガウリイの手がゆっくりリナの髪に触れ、軽く梳いて離れた。
 何となくその手の動きを見詰め、それから手の主へと視線を移動させる。
 蒼い瞳が穏やかな色を湛えて、リナを映していた。
「ガウリイ?」
 ガウリイはふわりと笑った。
「ほら、花弁ついてたぞ。」
 ガウリイが一枚の花弁をリナの手に乗せた。
「あ、ありがと・・・。」
 リナは少し頬を染め、手の中の花弁に目を落とした。
ひゅうっ
 風が吹いた。
「あっ・・・。」
 リナの手の花弁はあっけなく風に攫われ、ひらひらと地面に落ちてしまった。
 何となくその様を眺める。
「ねえ、ガウリイ。桜って、これだけ盛大に咲いてんのに、花そのものはすごく可愛くて散る姿はすごく儚いのね。だから、余計に魅了されるのかしら・・・。」
 舞い散る花弁を見ながら、リナは呟いた。
「・・・・・・・・・そう、だな。そうかもしれない。」
 ひどく静かな声が応えた。
 リナは何となく驚いて、ガウリイの顔を見上げた。
 蒼穹の眼差しは静かにリナに注がれていた。
 しかし、それは一瞬で消え、ガウリイはのほほんとした笑みを浮かべた。
 大きな手がぽんっとリナの頭に乗せられる。
「まだ腹いっぱいじゃないだろ?食いに行こうぜ。」
 リナは頭の上の手をどかせながら、頬をふくらませた。
「もー、子ども扱いしないでって言ってるでしょっ?さ、次は三色団子に行くわよっ。」
「おう!」
 


 桜って綺麗ですよねー(2005 4/11)