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 屋台を満喫し、町でいくつかの買い物をすませた後、2人は宿屋に戻った。
 2人で桜定食6人前とその他の料理合わせて20人前ほど食べて、周囲の人間を食欲不振に落としいれてみたりする。
 夕食も終え、部屋へ上がろうとするリナたちに、宿の女将さんが声を掛けてきた。
「リナちゃん、リナちゃん。」
「なんですか?」
 にこにこして手招きする女将さんに不思議そうにリナは首を傾げた。
「昼の桜どうだった?」
 にこにこと問われる。
「すごく綺麗でした。散る姿が儚いなぁ、なんて柄にもなく考えたりして。」
 あはは、と少し照れながらリナは答えた。
「そーでしょ。綺麗でしょ。」
 女将さんはリナの答えに満足そうに笑い、いきなり真顔になる。
「でもね、リナちゃん。」
「はい?」
「桜の真の姿は昼だけじゃ掴めないんだよ。」
「真の姿?」
 またおーげさな・・・。
 とりあえず首を傾げてみたリナに、女将さんは頷いた。
「そう、真の姿。」
「んーと、昼のっていうからには、夜も見た方がいいってこと?」
 察しがいいね、女将さんは笑う。
「そう、夜桜を見なきゃ駄目だよ。いーとこ教えてあげるから、行ってこないかい?」
「いーとこ?」
「ああ、山の中で普通の人にはお勧めしないんだけどね。リナちゃんならガウリイさんもいるし、大丈夫だろ?」
「いや、別にガウリイいなくても平気ですけど・・・。」
「ははは、照れない照れない。公園は賑やかだし、夜も酔っ払いがいるから風情がないけど、山のそこなら滅多に誰も行かないからゆっくり夜桜見物ができるんだよ。行ってみないかい?」
 にこにこと何やら誤解したまま、女将さんが勧めてくれる。
「昼と夜じゃそんなに違うんですか?」
「全っ然違うよ。」
 力強く頷かれ、リナは好奇心を覚えた。
「じゃ、行ってみようかしら。」
「そーこなくっちゃ!!」
がしぃいっ
 女将さんがリナの腕を掴んだ。
「へっ?」
「おいでっ、リナちゃん!ガウリイさんはちょっと待ってておくれ。」
「あの、ちょっと!」
ずるずるずる〜
 リナの2倍は幅のある女将さんは悠々とリナをひきずっていく。
 女将さんが完全に善意でやっているようなのでリナは手を出せず、ひきずられて廊下の奥の部屋に消えた。
「あー。」
 ガウリイは米神をぽりぽりとかいたが、とりあえず壁に寄りかかり、待つことにした。
 10分経ち、20分経ち・・・。
 通りかかった宿屋の主人と少し言葉を交わす。
 さらに10分経ち・・・。
 ガウリイは壁に背を預けたままうとうとしだした。
 そうして、1時間もした頃、奥のドアから出てきかけたリナの気配に目を覚ます。
「やっぱ、いいです!!」
「何言ってんだいっ。似合ってるよ?」
「だって、山行くんなら、こんな格好は・・・。」
「大丈夫だって、だってすいすい飛べるんだろ?大変そうなとこは飛んじゃえばいいじゃないか。」
「でも、裾とか・・・。」
「抑えときゃ平気だよっ。せっかく着替えたんだから、ガウリイさんに見てもらわなきゃ。」
「だから、あいつとあたしはただの旅の連れなんですってば!!」
「はいはい、ま、いーからいーから。」
ずりずりずり〜ばたん
 やっぱり女将さんに引き摺られながら、リナがやっと出てきた。
「見てくれよ、リナちゃん綺麗だろ?」
 にこにこと女将さんがリナを引き摺ってくる。
「これはね、着物っていって、この辺の民族衣装なんだ。」
「キモノ・・・。」
 ガウリイは真っ赤になっているリナを眺めた。
 華奢な身体に纏うのは絹だろうか光沢のある桜色の生地に金銀紅の花が刺繍されている。
 幅の広い帯はさえた黄みの緑で、太い金色の紐がその上に巻かれている。帯の上には深い紅い布が見えた。
 豊かな栗色の髪は結い上げられ、真珠と紅桜を模した飾りが散りばめられていた。
「綺麗だなー。」
 にっこりとガウリイは頷いた。
「そのキモノって服。」
 リナがはぁっと溜息を吐き、ガウリイをジト目で睨んだ。
「言うと思った。もう!!じゃ、あたしは綺麗じゃないわけ!!これ、似合ってないのっ?」
「おー、似合ってる似合ってる。」
「棒読みじゃないっ。」
 リナは懐に手を伸ばし、服が違うのでスリッパがないことに気づいた。
 蹴りを入れようにも、この着物という服、脚をそんなに上げると裾が乱れてあられもない格好になってしまう。
ふぅ
 リナは息を吐いて気を取り直し、にこにこしている女将さんを振り返った。
「じゃ、行ってきます。」
「はい、いてらっしゃい。気をつけてね。」
 やっぱり善意の笑みを浮かべている女将さんに何も言えず、リナは少し疲れた顔で宿を出た。
くっくっくっ
 ガウリイが笑う。
「お前さん、ほんといい人に甘いよな。んなカッコまでして。」
 リナは肩を竦めた。
「しょーがないじゃない。女将さんは完全によかれと思ってしてくれてんだから・・・。」
 それに、綺麗な服を着るのが嫌なわけじゃないし。
 こっそりそんなことを胸中で呟いてみる。
 夜風に舞う長い袖は綺麗で、リナは少し口元を綻ばせた。
 こんな服じゃ旅は出来ないんだけど、たまにはね。
 ぶつぶつ言った後、何故か機嫌よく歩き出したリナの後ろ姿をガウリイは追う。
 この着物、何故だろう、着る人を非常に女らしく見せる。
 さらに、髪を結い上げているため、項が露わになって白く輝いている。
 仕方ないな・・・。
 ガウリイはリナに目を奪われて近づこうとする男たちにさりげなく殺気を送る。
 花見でお祭り気分なため、結構な数の人が通りを歩いていてリナに見とれるのだが、ガウリイのひと睨みですごすごと引き下がっていく。
 そんな格好をさらすから・・・。
 その数が普段よりも多いので、ガウリイは内心で溜息を吐いた。
 普段ならリナ自身がふっとばすようにしてもいいのだが、せっかく髪も綺麗にしてもらったのだ。下手に呪文を唱えて乱れたら悲しいだろう。
 ガウリイの苦労も知らず、リナは小股ながらすたすたと歩き、賑やかな桜公園も通り過ぎ、山の前に辿り着いた。
「んー。」
 リナは山を見上げて唸った。
 ものすごく険しいとか、岩だらけではなく、なんてことない山である。しかし、今の格好で登るのは一苦労かもしれない。
 リナはガウリイに手を差し出した。
「ガウリイ、飛ぶからつかまって。」
「え、ああ。」
「翔封界!」
 リナはガウリイを掴んで飛んだ。
 増幅版ではないためスピードは出ないが、纏う風の結界が小枝くらいはなぎ払ってくれる。
 リナは着物の裾に気をつけつつ、目的地を目指した。
 山の中腹辺りで木々の隙間に白いものを発見したリナは、裾を気にしながら術を解いた。
 翔封界なんぞで近づいたら、花弁を散らしてしまうかもしれない。
「こっから歩きましょ。」
 そう言って、リナは歩き出そうとした。
「待て、リナ。」
 ガウリイがリナの腕を掴んだ。
「何よ?」
 不思議そうに振り返ったリナにガウリイはにこりと笑いかけた。
「そのカッコじゃ枝とか気になるだろ?さっき見えた白いやつ目指したらいいんだから方向分かるし。オレが先に行く。」
 ガウリイは剣を抜くと、すぱすぱと飛び出している枝を切りながら進みだした。
「えーと・・・。」
 リナはそれをちょっと呆気にとられて眺めたが、ぽりぽりと頬をかいてから後に続いた。

 しばらくすぱすぱ切り進むと、やがて少し開けた場所へたどり着いた。
「すげー・・・。」
「う、わぁ・・・。」
 2人は感嘆の声を上げ、しばし眼前の光景に見入った。
 十数本はあるだろうか。
 満開の桜。
 闇夜に白く自ら薄い光を放つように浮かび上がるの。
 昼間の桜が儚くも柔らかいのに対して、闇に浮かぶ桜は妖しいまでに圧倒的な美しさを放っている。
 雪の如くちらちらと舞う花弁は、月光に透け、白く霞んで視界を覆おうとする。
 夜桜に圧倒され、リナは小さく身震いした。
 飲み込まれそうなほどの存在感。
 そーいえば、どこかで桜には霊性があると聞いたことがあったわね。
 リナはちょっと笑った。
 竦んだ体が我ながら可笑しかったのだ。
「怖いくらい、キレイだな。」
 ガウリイがぽつりと呟いた。
 ガウリイが自分と同じように感じていたことにリナは驚いた。
「クラゲ頭でも、情緒を解するのねぇ・・・。」
 しみじみ呟いてみせると、ガウリイが苦笑する。
「お前さんは・・・。」
 ガウリイは苦笑したまま、宿からずっと持っていた包みを軽く持ち上げた。
「んなこと言ってると、やらんぞ。」
 布を上手に巻いて出来ているらしい包みに、リナは首を傾げた。
「え、何それ?」
「宿の主人がくれたんだ。夜桜見に行くなら持っていけって。」
 ガウリイが包みをくるくると開くと、酒瓶と小さな小さなグラスが出てきた。
「米からできた酒と、このグラスはえーと・・・そうそう、お猪口っていうんだって。この辺の地酒らしいぞ。」
 ガウリイの説明にリナは感心したように笑った。
「よく初めて聞くものの名前覚えてたわねぇ。えらいぞ、ガウリイ。」
「ほめるのはそこかよ・・・。」
 やっぱり苦笑しながら、ガウリイは桜の樹の下に布を敷いた。
「どうぞ、お嬢様。」
 今度はリナが苦笑した。
「ん、ありがと。今日のあんたは気が利くわね。」
 リナはそっと布の上に腰を下ろし、その横にガウリイが座る。
 お猪口に酒を注ぎ、かるく触れ合わせて乾杯する。
 リナはとりあえず舐めるようにちびりと飲んでみた。
「・・・・ん、けっこー強いわね。でも、美味しい(はぁと)」
 ガウリイはぐびりとお猪口の酒を飲み干し頷いた。
「確かに、強いな。けど、うまい。」
 そう言いながら、新たに酒を注ぐ。
 強いけれども爽やかでまろやかな味は、珍しくリナとガウリイの両者からの合格をもらう。
 リナは舐めるように酒を味わいながら、夜桜を見上げた。
「確かに、公園と違ってすごく風情はあるわね。」
「あっちはお祭り騒ぎだったもんなぁ。」
「こーゆーのも悪くないわね。」
 リナは桜を見ながら微笑んだ。
「そーだな。」
 ガウリイは頷き、桜に見とれるリナを見た。
 ちらちらと花弁の散る景色の中、桜色の着物を纏う彼女は綺麗だ。
 昼の桜と夜の桜は違う。
 そのせいだろうか、夜桜の中のリナも妖艶に見える。
 強い酒のせいで白い頬は上気し、紅い瞳は潤み、濡れた唇が輝く。
 夜の桜と夜のリナ。
 見惚れていたガウリイは、ふいにリナに視線を向けられてどきりとする。
くすっ
 潤んだ紅い瞳が笑った。
「花弁ついてる。」
 リナの白い手が伸びてガウリイの髪に伸びた。
 淡く輝く金髪と蒼い瞳が綺麗で、リナは少し息を飲んだ。
 夜の桜と夜のガウリイ。
 酒で潤んだ蒼い瞳がじっとリナの動作を見守っている。
 なんかミョーに色っぽいかも。
 リナは頬を染め、思わず目を伏せた。
 心臓に悪いかもしんない。
「ありがとな、リナ。」
 掛けられた低い声に、リナはどきりとした。
「へ?いや、あんたもしてくれたことだし。」
 リナはぱたぱたと手を振る。
 ガウリイは黙って微笑んだ。
 リナはガウリイから目を逸らした。
 くらげのくせに、なんでそんなに色気があるのよぉおお。
 意味もなく呪文をぶちかましたいものの、桜を散らしたくないので断念する。
 リナは、ほぅと溜息を吐いて2杯目の酒を注いだ。
 実は1杯目でほろ酔いになりかかっていたのだが、まぁ大丈夫だろうと思いお猪口に口をつける。そして、ちびりと飲むつもりがぐびりと飲んでしまった。
う・・・けほっ
 リナは少し咳き込んでしまう。
「おいおい、大丈夫か?」
 ワイン1杯で真っ赤になるリナに、ガウリイが心配そうに声を掛ける。
 リナは笑って3杯目を注ぎながら、口を開いた。
「らいじょうぶ・・・、ら?ろれつまわんなうなっれきらっら・・・。」
「あーあ、もうそこまでにしとけ。」
 ガウリイはリナの手からお猪口をとりあげた。
「あにすんろよぉ!かえせぇ〜。」
 リナがお猪口に向かって手を伸ばす。
「駄目だ。」
ぐびり
 ガウリイはリナから取り上げた酒を飲んでしまった。
「あんらねぇ〜。」
 リナは少し頬を染めてガウリイを睨んだ。
 旅の途中なら水筒を回し飲みすることもあるのに、何となく今更恥ずかしくなったのだ。
 上目遣いに睨む紅い瞳に、ガウリイは小さく息を吐いて立ち上がった。
「そろそろ帰るか。」
「むぅ〜。」
 少し不満だったが、リナは素直に立ち上がった。
 完全に酔って下山するのは厳しいと思ったのである。
 ガウリイは敷いていた布を拾い、器用にもとのように酒瓶を包んだ。
 夜桜にもう一度目を細めてから、リナに視線を移す。
 ふらつくのか、リナは樹の幹に手をあてて何やら唸っていた。
「う〜、ろれつまわんなり・・・。」
 ガウリイは苦笑を浮かべ、リナに手を伸ばした。
ひょいっ
「にゃっ!?」
 ガウリイにお姫様抱っこされたリナは妙な声をあげ、みるみる顔を真っ赤に染めた。
「あにすんろろ〜!!」
 ガウリイはにこりと笑った。
「ん〜、だって、リナふらついてるし、呂律もまわんないんだろ?飛んで降りれないなら、そのカッコじゃ大変だし。根っこに足とられて服汚してもイヤだろ?」
「・・・・・・・。」
 理由を並べ立ててくれたガウリイにリナは言葉を失った。
 長い文章をしゃべれたガウリイに驚いたのと、至近距離の顔が心臓に悪いのと。
 どちらの比重が大きかったのかは、リナは考えないようにした。
「しからないられ。」
 頬を染めて、拗ねた顔で、それでもリナはガウリイの首に細い腕を回した。
 ガウリイの蒼い瞳の色が一瞬深さを増した。
 しかし、顔を伏せたリナはそれに気づかなかった。
「しっかりつかまってろ。」
 絶対落とさないけどな。
 ガウリイは真っ直ぐ前を向いた。
 大事な女性を腕に抱いて、ガウリイはゆっくり歩き出す。
 ガウリイの剣と翔封界で出ている枝はなくなっていたので、下山は比較的楽だった。
 町の中も、すでに人気がなかったのでガウリイはリナをなんとか言い包めて抱いたまま、歩いた。
 宿の前で、リナを降ろす。
 やっと解放されたリナは頬を染めたまま、ガウリイを睨んだ。
「いちおー、ありがと。」
 夜風が結構冷たかったので酔いもだいぶ醒め、呂律もしっかりしてきていた。
「どーいたしまして。」
 微笑むガウリイに、リナはさらに体温が上昇するのを感じた。
 どうにも調子の狂う自分に首を傾げつつ、それでもリナは笑った。
「桜、綺麗だったわね。」
「ああ、綺麗だ・・・。」
 蒼い瞳を優しく細め、ガウリイは頷いた。
 ガウリイの言い回しに、リナは首を傾げたが頷いた。
「女将さんに感謝しなきゃね、先、上がるわ。おやすみっ。」
 リナはぱたぱたと宿の中に入り、駆けていってしまった。
 ガウリイは酒の入った包みに目を落とし、小さく笑った。
「そうだな。あと、宿のご主人にも感謝しないとな。」
 自称保護者を名乗る青年は宿の自分の部屋に戻ると、残っていた酒を飲み干したのだった。


 あえて色々書きませんでした。
 ガウくんの心の内を感じ取ってみていただけたら有り難いです。
(2005 4/11)