ホントは―後編―
 結局、町に辿り着かず野宿が決定したときも、あたしの胸を占めていたのは悲しみだった。
 ガウリイが薪を集めてきて、それに火をつける。
 あたしは汲んできた水を鍋に入れて、干し肉、野草、塩を入れて簡単なスープを作った。
 パンを齧り、スープを飲んで。
ふぅ。
 あたしはまた溜息を吐いていた。
 ガウリイが顔を上げた。
「リナ。」
 少し真剣な声。
「あによ?」
 あたしはスープを見詰めた。
「なんか、悩みでもあるのか?」
 優しい声。
 あたしは笑って首を振った。
「ンなもん、ないわよ。このあたしが悩まなきゃいけないような問題、そうそうあるわけないでしょ?」
「そうか?ないなら、いいんだが・・・。」
 ガウリイは大人しく引き下がった。
 悩める者には手を差し伸べ、相談に乗る。でも、解決するのを見守る。保護者のルール。
 あやしはスープをぐいっと飲み込んだ。
ぷはーっ
 口を拭うと、ガウリイの呆れた視線。
「お前さん、なぁ・・・。仮にも女の子が『ぷはーっ』はないだろう。」
「うっさいわね、ガウリイ。何かを飲み込んだとき、それが美味ならば、出て当然の音なのよ!!」
「そりゃ、そうかもしれんが・・・。」
「何、なんか文句ある?」
 あたしが睨む。
「いや・・・。」
 ガウリイは苦笑を浮かべた。
 そして、あたしの手からスープを入れてたカップを取り上げ、鍋をもった。
「その辺、一応、見回ってくる。ついでに洗ってくるよ。」
「ん、ありがと。」
「いや。先に寝ててもいーぞ。戻ってそのまま見張るよ。」
「りょーかい。」
 ガウリイの金髪は闇に紛れて見えなくなった。
 あたしは毛布代りの厚い布を身体に巻きつけた。
 膝を抱えて、その上に顎を乗せ、じっと踊る火を見詰めた。
 今、あたしたちはゼフィーリアに向かってる。
 なんでなんだろう。
 最初に聞いたときに咄嗟に浮かんだような甘い理由なわけがない。
 "自称保護者"が実家へあたしを連れて行く理由。
 ホントの保護者に返しにいくの・・・?
 あたしはこみ上げてきたものに耐えるために顔を伏せた。
 
がさがさっ
 気配を消し去ることのできる男は、わざとのように音を立てて戻ってきたことを示した。
「ただいまー。あれ、リナ。まだ寝てなかったのか?」
 ガウリイは膝を抱えて炎を見詰めるあたしに、不思議そうに声を掛けた。
 誰のせいだと思ってんのよ?
 あたしはまた膝に顔を伏せた。
 見詰め続けていたせいで、目蓋の裏に赤とオレンジ色が踊る。
 ガウリイは最初に座っていた焚き火を挟んだ向かい側に行かず、あたしの隣に腰を下ろした。
ぽむぽむ
 大きな手があたしの頭を宥めるように叩いた。
「リナ、どうしたんだ?また難しく考えすぎてるんじゃないか?オレ、何の役にも立たないかもしれないけど、話してみろよ。」
 優しい優しい『保護者』の声。
 ガウリイの手があたしの髪をあやすように撫でる。
ぱしっ
 あたしは顔を起こし、ガウリイの手を払った。
「子ども扱いしないで、って言ってるでしょっ。・・・て、あんたにとっちゃ、あたしは子どもだもんね。」
 自分で言っておいて悲しくなり、後半トーンが下がる。
「リナ、どーした?よく分からんが、落ち着けよ。」
 戸惑う声がする。
 あたし、反抗期みたいにでも見えてんのかしら。
 あたしは意を決した。
 ぐじぐじと悩み続けるのは性に合わない。
 向き合う勇気はなかったんだけれど。
 お子様扱いのこの状況、ゼフィーリアに着くまで耐える自信はない。
 疑問解消して、さっさとケリつけてしまおう。
例え、その先にあるのが別れでも。
 あたしは隣にいるガウリイに顔を向けた。
 あたしを心配そうに見詰める蒼い瞳にしっかり視線を合わせる。
「ねぇ、ガウリイ。」
「なんだ?」
 ガウリイは穏やかな笑みを浮かべて首を傾げた。
 包み込むような蒼い瞳に負けそう。
 あたしは拳を握り締めた。
「あんた、どーして・・・。」
 言いよどみそうになるが、無理やり口を開く。
「どーして、あたしの実家に行こうって言ったの?ホントは全部分かっててやってるわけ?」
 蒼い瞳が驚いたように見開かれた。
「ホントは・・・、お子様保護するのに飽きて、お家に帰してあげようと思ってんの?」
「リナ、お前さんは・・・。」
 呆れたような眼差しを向けられた。
 その眼差しにかっとなる。
「何よ!だって、そーじゃない!!あんた、いっつもあたしをお子様だと思って手加減してるでしょっ!!いっつも、あたしを保護して、見守って・・・!!別に、家まで送ってくれなくたっていいわよっ!!あたし、一人でだって別に平気だし!!自分偽ってまで保護してくれなくたって、あたしは・・・っ!!!」

 言い募っているうちに、悲しくて情けなくなってきた。頭の冷静な部分が囁く。
 馬鹿みたい。
 あたし・・・、ガウリイに子どもに見られたくないんだわ。
 大人として見てほしいのよ。
 なのに、なんてザマ。
 駄々こねてるだけなんて。

 勢いづいた言葉は止まらない。
 しかも、何だか論点ズレていってるかもしれない。
「あたし、自分ではあんたと対等のつもりだったけど、違ったのよね?あんたにとってはあたしはいつまでたっても、素顔見せられないような子ども・・・。」
「リナ。」
ぐいっ
 低い声とともに、いきなり引き寄せられた。
 胸甲冑があたってちょっと痛い。
 頭を抑える手と、腰に回された腕が熱い。
かぁああああっ
 頬が一気に朱に染まる。
「な、何・・・?」
 わけが分からなくて、あたしはうろたえた。
さらり
 ガウリイの金色の髪があたしの頬をくすぐった。
「お前さんは・・・。」
 溜息交じりの声が直接身体に響いてくる。
 ガウリイの頬があたしの頭に押し付けられていた。
「気づいてくれたのかと思ったら、なんて誤解してんだよ・・・。」
 囁かれる声。
「当たってないこともないかもしれんが、理由が見当違いなんだよ。」
びくり
 あたしは震えた。
「当たってないこともないって・・・?じゃあ、やっぱり・・・嘘だったの?あんた、あたしを信じてないって・・・。」
「だから違うって。」
 ガウリイの腕に少し力が込められた。
にゅわあああっ
 恥ずかしいよぉ。
 置かれている状況が分かってきて、羞恥で頭がおかしくなる。
「確かに、多少本音は見せない部分はあったかもしれないけど。誤魔化してる部分はあったけど。お前さんに嘘なんかついてない。」
 頭を抑えてた手がゆっくりとあたしの髪を梳きだした。
 途端に抑えようもなく安堵していく自分が心底悔しい。
「お前さんとオレは対等の仲間だよ。」

 告げられた言葉に驚く。
 初めてそんなこと言ってくれたんじゃないだろうか。
 でも、彼はあたしに手加減してきた。
 それはなんで?

 ガウリイの言葉は続く。
「っていうか、お前さんのがすごいヤツだと思う。でも、オレはリナを守りたいし、支えたい。誰よりも近くでリナを見ていたいんだ。」
 何度もガウリイの手があたしの髪を梳く。
「いつの間にか守ってるだけじゃ足りなくなって、リナにオレの方を向いて欲しくなっていった。ホントは、オレはお前さんを子どもだなんて思ってない。ホントは、オレは・・・。」
 僅かに躊躇う。
「偽りなく・・・、本音を言うなら。オレは、リナが・・・、リナが欲しいんだ。」
「っ!?」
 息が止まるかと思った。
 心臓が早鐘を打って、呼吸を今までどうやってしていたのか思い出せない。
 回された腕を、押し当てられた頬を、すごく熱く感じる。
「でも、全部欲しいから。逃がしたくないから。それに、今の関係も崩したくなくて、言えなかった。でも、お前さんの傍に一生いたい。だから、リナの実家に行こうと思った。・・・リナが行くことにしてくれたときは嬉しかったんだぞ。」
 それって、それって!!
 髪を梳いていたガウリイの手が、頬に添えられ、上を向かされる。
 覗きこんでくる蒼い瞳には、優しさと今まで見たこともない程の熱。
「リナを愛してる。お前さんに、惚れてるんだ。」
「ガ、ガウ・・・。」
 言葉にできない。
ばくばくうるさいくらいに心臓がなっていて、頭がおかしくなりそう。
「リナ・・・。」
 囁く声に背筋が震える。
真っ直ぐ見詰めてくる蒼い瞳に、何も考えられなくなってくる。
 ああああっ、どうしたらいいの!?
「・・・でも、でも、あんた、今までさんっざんあたしのこと、子ども扱いしてきたじゃない!!だいたい、保護者保護者って言ってたし!!それに、手加減してたし!!」
 目を逸らし、早口で言い募る。
「子ども扱いじゃないって。言っただろ?惚れた女に甘くなるのは当然じゃないか。惚れた女を守るのも・・・当然だろ。」
 惚れた惚れた言うなぁあっ!!
 と、叫ぶわけにもいかず、あたしは恐る恐る落としていた目線を上げた。
 どんな顔でこんな恥ずかしい台詞を吐いてんだろ。
 目を上げた途端に、優しく見詰める蒼い瞳にぶつかる。
「リナ、オレのこと嫌いか?」
「嫌いなやつと旅なんかしないわよ。」
 慌てて視線をまた逸らし、至近距離で見られていることを努めて忘れようとする。
 だって、心臓もたない!!
「オレの気持ち、迷惑か?」
「ンなこと、言ってないし・・・。」
「じゃあ、いいな?」
「へ?」
 きょとん、とあたしはしてしまう。
「いいって何が?」
「お前さんの実家に行くこと。」
 それって・・・。
「・・・えと・・・ガウリイ?だから、それ意味分かって言ってるの?」
「ああ。」
どきんっ
 顔が火照る。
 分かってるって、分かってるって、つまり―――。
「嫌か?」
「あの、なんていうか・・・。」
「嫌か?オレがずっと一生傍にいるのは嫌か?」
「ええと、その・・・。」
「リナ?」
「・・・イヤじゃないわよ・・・。」
 観念するしかない。
 だって、あたしはガウリイに大人扱いしてほしかったけど、それ以上に女扱いしてほしかったんだから。
 ガウリイの気持ちがおかしくなりそうなくらい嬉しいんだから。
「リナっ!!」
ぎゅっ
 ガウリイの腕の力がさらに強くなった。
「リナ・・・。」
ふっと視界が翳り、唇に柔らかいものが―――――。
 んにゃあああああ!!
 思わずしっかり目を瞑る。
 キス!!
 キスされた!!
 ガウリイにキスされてる!!
 唇は優しく触れて、啄ばむように離れた。
 目を開くと、満面の笑みを湛えたガウリイ。
「リナ、ありがとうな。」
 そのままぎゅっと抱きしめてくる。
 あたしの頭をじっと抱き、ガウリイはほうっと息を吐いた。
「よかった。嫌われてないのは分かったけど。受け入れてくれるかは分からなかったから・・・。ここで有耶無耶にしたくなくて・・・。」
 ガウリイはひょいっとあたしの顔を覗き込んだ。
「ちょっと、強引に聞いちまったな。でも、返事聞けてよかった。」
 にっこり笑いかける。
 至近距離でのこの笑顔は反則だ。
「お前さん、顔真っ赤だなぁ。」
くすり
 ガウリイが笑った。
 なんでそんなに余裕があるのよぉっ。
 っていうか、誰のせいだと・・・。
「好きだよ、リナ。」
ちゅ
 またキスされた!!
「・・・は、離して、よ・・・。」
 耐えらんないったら、耐えらんないっ!!
 頑張って顔を逸らし、言うんだけど。
「やだ。」
 やだって、あんた・・・。
 顔に呆れが浮かんだのだろうか、ガウリイが苦笑した。
「だってなぁ・・・、お前さん、手を離したら最後、呪文唱えて逃げ出しそうだし。それに・・・。」
 それに?
「リナ、かわいいし。」
かぁあああああああああああっ!!!!!!
 この男はぁっ!!
 真っ赤になって固まるあたしの髪をガウリイは梳いていく。
「離さないからな。」
 囁く。
「・・・離れてあげないわよ。」
 ぼそりと言い返す。
「一生傍にいるよ。」
「逃げたくなってもしんないから。」
 ついつい言い返す。
 ガウリイは笑った。
「オレが逃げることはない。それより、リナが逃げたくなったって、絶対逃がさないから。」
「あたしは勝手にするわよ。」
「いいよ。ずっと、ついてくから。」
「・・・ばか。」
 勝てないかも・・・。
 ガウリイの胸にことりと頭を預けた。
 すかさず、抱きしめてくる腕。
 悩み解決したのに、前途多難な気がする。
 それでも、彼が傍にいるっていうなら、きっと、明日も笑っていられるんだろう。



 甘いわ・・・。後半甘い!!ガウリイしゃべりすぎ!!
色々言いたいことはあるかと思いますが、笑って読んでやってください。
(2005 5/12)