まもののおよめさん 外伝1


 逞しくも均整の取れた長身に、陽光に輝く長い金髪に蒼い瞳、滅多にお目に掛かれない程の美形の青年が、弾むような足取りで歩いていた。
「なあ、リナっ。あれ、なんだ?」
 頭上に広がる空のように青く輝く瞳が、華奢な少女に向けられた。
 豊かな栗色の髪に紅い瞳の少女―リナは視線を受けてにこりと笑った。
「あれはね、屋台。戸外でやってるお店よ。」
 一般常識である言葉を返しながらも、呆れも浮かべない顔は可愛らしく整っているのだが、紅い大きな瞳が苛烈に輝いていて可愛いと一言で表現しにくくしている。
「そーなんだ。じゃあ、あそこにあるのは?」
「あれは馬車乗り場。こういう大きな街は移動が大変だから、お金払って馬車に乗せてもらったりするのよ。」
「へぇ〜。あっ、すごいぞリナ!水が噴き上がってる!!あれってもしかして噴水ってやつかっ?」
「そうよ。よく知ってたわね、ガウリイ。」
「ああ、本で見たんだっ。」
 青年―ガウリイは楽しそうに噴水に走りより、吹き上がる水と、輝く雫に目を輝かせた。
 両親亡き後、山の中独りで生き、山の麓の村民からは魔物と呼ばれていたガウリイと、リナは旅をし始めたばかりである。
「はしゃいでるわね〜。」
 苦笑を浮かべ、リナはゆっくりと彼に続いた。
 ガウリイが棲んでいた山はかなり深かったため、彼が栄えている街にくるのは初めてのことなのだ。ガウリイは街を囲う城壁を見たときも驚いていたし、中に入った後は人の多さに驚いていた。まあ、陸の孤島といってもいいような村しか見たことなかったなら当然といえば当然の反応なのだろう。
「なあ、リナ。まずはどこに行くんだ?」
「ん〜、そーね。とりあえず、お宝換金して荷物減らして〜、で、魔道士協会に行こうかしらね。」
 リナは腕組みして一日の計画を立てる。
 まだ午前中なので、急いで宿を探す必要もないだろう。それよりも、ここに来るまでに捌けなかったお宝を換金するのが先だ。
「まどー・・・なんだ?」
 聞き取れなかったのか、ガウリイが首をかしげる。
 両親が頑張ったらしいのだが、なにぶん山奥のこと、ガウリイは一般常識に疎い傾向がある。
「魔道士協会。あたしみたいに魔法を使う者の組合よ。」
「ふ〜ん。」
 おそらく、組合の意味というものが分かっていないガウリイにこれ以上の説明は無駄であろう。リナは言葉を付け足すことはせずに、歩きだす。
「とにかく、行くわよ。」
「おう。」
 にこにことガウリイはリナについてくる。
 疑いなくついてくる様子がどうにも可愛いと、リナは足を進めた。

 お昼ご飯までに何とかお宝換金をすませ、壁にもたれて寝こけていたガウリイを叩き起こし、お昼ご飯を食べてから魔道士協会へ向かう。
 大きな街であるから、魔道士協会もかなり大きな建物であった。まあ、大きいだけで洒落っ気はないところを見ると儲かるような研究は進んでいないのかもしれない。
 一応これだけ大きいのなら蔵書に期待がもてそうだ、と、リナは心を躍らせた。
「ここで何するんだ?」
 ついてきたガウリイが不思議そうに大きな建物を眺めている。
「魔道士は真実の探求者だからね。ここで、勉強するのよ。」
「えらいんだな〜、リナは。」
 リナの言葉を理解したのかしていないのか、おそらくしていないのだろうが、ガウリイはとにかく感心した。
「ふふん、まあね。」
 リナは得意げに笑ってから協会の中へ入っていった。
「図書館で閲覧したいんですけど・・・。」
 リナは受付にまず行く。
「はい、では、こちらにお名前を・・・。」
 受付のおじさんが頷いた。
 さらさらとリナが名前を記帳する。
「えっ、キミ、いや、あなたがあの『リナ=インバース』!?」
 数々の不名誉な二つなを思い出して、リナの片眉がぴくりと動いた。
「『あの』がどれのことか分からないけど、たぶんそのリナ=インバースよ。」
「はぁ〜、見えないねぇ。ああ、でも・・・。」
 受付のおじさんの視線がリナ顔よりも下に向かい、納得したように頷いた。
 リナのこめかみがぴくぴくと痙攣した。
「んっんっんっ、なにか言いたいことがあるのかしら?」
「いいいいいや、何にもないです!あ、そうそう、それより後ろの彼は?」
 慌てておじさんはふるふる首を振り、わざとらしく話題を変える。
「ああ、彼はちょっと前から一緒に旅してるのよ。」
「へぇ〜。」
 おじさんは感心したような同情したような顔をしてガウリイを眺めた。
「にいさん、リナ=インバースが彼女じゃ、大変だろう?」
「ちょっ、彼女なんかじゃ・・・。」
 頬を染めて慌てるリナに、不思議そうにガウリイは首を傾げた。
「カノジョってなんだ?」
「え、やだな、恋人ってことですよ。リナ=インバースを恋人にしてるんでしょ?色気はともかく可愛いけど、なかなかできることじゃあ・・・。」
「リナはオレのおよめさんだぞ。」
 結構失礼な受付のおじさんの言葉を遮り、いたって無邪気にガウリイは訂正した。
「ぇえええええっ!?」
 受付のおじさんが目を見開いてリナとガウリイを見比べた。
「嫁って、ちょっと犯罪じゃ・・・。」
「誰が犯罪じゃぁあああっ!ていうか、違うからっ!!!!」
「リナ=インバースが結婚してたなんて・・・。」
「してないしっ!!」
 呆然とするおじさんにリナが力いっぱい否定する。
「あたしはまだ独身よっ!」
「え、でも、このにいさんが嫁って・・・。」
「彼は語彙力が不自由なのよっ!」
 言い切って、リナはぜいぜいと肩で息をした。
「リナ、だいじょうぶか?」
 ガウリイが心配そうにリナの顔を覗き込んだ。
 元はといえば、誰のせいだと・・・。
 文句をリナは飲み込んだ。
 ガウリイの蒼い瞳が不安そうに揺れていたからだ。
 リナは小さく息を吐いた。
「そんな顔しないの。」
 リナはガウリイの二の腕あたりをぽんぽんと叩いた。
 本当は頭を撫でてやりたいところなのだが、ちょっと手が届かないのである。
「ちょっとこっちきて。」
 リナはガウリイの腕を引っ張って受付のおじさんに声が届かない場所まで移動した。
「リナ・・・。」
 迷子の子どものような表情でガウリイがリナを見詰める。
 その視線にリナは弱い。
 悪いことをしているわけではないのに、無闇に罪悪感に駆られる。
「あのね、え〜っと、そうそう、世間一般では『お嫁さん』っていうのは、結婚してからつく名称なのよ。」
「そっか。結婚式してないもんな。」
「でしょ。」
 納得してくれそうな雰囲気にリナは安堵した。
「でも、リナはオレのおよめさんだよな?」
 ガウリイが小首を傾げ、確認するようにリナに問いかける。
 ガウリイの言う『およめさん』=『ずっと一緒にいてくれる人』である。
 リナは安心させるように微笑んで頷いた。
「ん、一緒にいるわよ。」
「ならいいんだ。」
 ガウリイが安堵の笑みを浮かべる。
 リナは微笑みながら、口を開いた。
「あのね、ガウリイ。それはそうとしても、『およめさん』っていうとみんな式をあげてるって思っちゃうの。だから、あんまし他の人に『およめさん』って言わないで。」
「ダメなのか?」
「ダメっていうか、ややこしいからね。」
「う〜ん。」
 ガウリイが困った顔で唸った。
「何か不満なの?」
 納得してもらわないとリナとしては困ってしまう。
 18歳という若さで既婚者になる気はないし、事実と合わないということを他人にいちいち説明するのは大変だし、何より恥ずかしいのである。
 ガウリイは困った顔で頬をぽりぽりとかいた。
「あのな、オレ、リナがおよめさんなのうれしいから、つい言っちまいそうなんだよな〜。」
っかぁあああっ
 リナの頬が真っ赤に染まった。
 他意はないだろうし、色気ある含みなどないのはよく分かっているのだが、結構な殺し文句である。それに、純粋に慕われて悪い気はしないのだ。
「それに・・・。」
 ガウリイはにぱっと笑った。
「言わないつもりでいても、そのときになったら忘れちまう気がするし。」
「忘れるなぁあああっ!!」
すっぱぁあああんっ
「いってぇ〜!!」
 リナのスリッパが閃き、ガウリイが頭を抑えてうずくまった。
「ったく・・・。」
 リナはガウリイに背を向けて歩き出した。
 受付のおじさんが怯えた表情を浮かべているのを視界にいれないようにしながら、図書館へ向かう。
「リナぁ、待ってくれよ〜。」
 追ってくる気配に口元が少し緩む。
 情が移っていることが嫌ではない。
「早く来なさいよ。」
 リナが立ち止まって振り返ると、途端に顔を輝かせて駆け寄ってくる。
 ガウリイの笑顔につられてリナも笑顔になってしまう。
「さ、行くわよ、ガウリイ。」
「おう。」
 素直な返事に微笑んだリナであった。


 「あくまのおよめさん」外伝とうとう書いちゃいました。
 書くまで葛藤があったのですが、書くと楽しかったです。

(2005 12/24)