まもののおよめさん

 
 青々と緑の深い山々の奥の奥に小さな村がありました。
 ある一人の旅人がその村を訪れるところからお話は始まります。



「う〜みゅ、盗賊いぢめしてて山に迷い込んだんだけど、ちっちゃいけど村があるなんて。あたしの日ごろの行いがいいせいね!!」
 前半と後半の関係性について不審の目を向けられそうな台詞を吐いたのは、小さく愛らしい唇だった。
 豊かな栗色の髪は陽光を弾いて艶やかに踊って華奢な背中を覆っている。小柄な身体に合う小さな白い顔は整っており、大きな紅い瞳が可愛らしい外見にそぐわない不遜なほどに強い輝きを浮かべている。
 華奢であろう肩には黒々としたショルダー・ガード、黒いマント、要所要所に宝石が埋め込まれ、銀糸の護符の刺繍も見える。服装からすると魔道士であろう。
 見た目だけなら13,4歳。表情からすると16,7歳かそれ以上の少女は、迷いのない足取りで、小さな村へと進んでいった。
 小さな小さな村には宿らしきものは見えない。
 雑貨屋に見える家があったので、とりあえず、少女はそこへと向かった。
「すみませーん。」
 少女が声を掛けると、店の奥から眠気まなこをこすりこすり老人が出てきた。
「はいはい・・・・ぬおっ!?」
 店先に少女の姿を見ると、目をまん丸に開いて彼女を凝視した。
 名乗った後に怯えられたりするのは日常茶飯事でも、姿を見ただけで驚かれたことのない少女はちょびっとムッとした。
「なによ?こんな愛らしい美少女を見たことがなくて驚いてるんなら赦してあげなくもないけど、人の顔見るなり驚くなんて失礼じゃない?」
 否定はしないが自分で自分を美少女というあたり、彼女はいい性格をしている。
「はっ、すまんすまん。旅人なんぞ何年ぶりかわからんのでな。行商もここまでは来んから、一番近くの町まで2日かけて必要なもんを買いにいくくらいじゃし。」
「あ〜、なるほど。珍しかっただけなんだ。ま、何でもいいわ。とりあえず、この村で一晩泊めてくれそうな家はない?宿はないみたいだし。」
 問われて、老人は頷いた。
「行商もこんからな。宿なんぞない。とりあえず、村長に頼むのがいいのではないかな。ついてきなさい。」
 老人は言うと、杖を片手に持って、無造作に外に歩き出した。
 店はほっといていいんかい。
 懐の乙女の武器を握って少女は思ったが、今晩の宿の方が大事なので突っ込むのはやめにしておいた。
 自分の突っ込みが常人には多少キツいことは自覚していたのだ。
 てくてくと歩いていくと、程なく村長の家に着いた。
 村長の家、とはいうが、村のほかの家よりも一回り大きいぐらいである。
 老人はノックもせずにドアノブを掴み、無造作にそれを回した。
「お〜い!!村長!!客だぞ〜!!」
 何の断りもなく老人はドアを開いて玄関で大声をあげる。
「客?おいおいジェシーじいさん、冗談はほどほどに・・・。」
 ぶつぶつ言いながら、壮年の男が出てきた。そして、少女を見るなり目をまん丸に見開いたのだ。
「うおおっ!?」
 老人と似たようなリアクションに、少女は溜息を吐いた。
「こんにちは、村長さん。あたしはリナ=インバース。旅の魔道士よ。今夜の宿を探してるんだけど。」
「や、宿、宿な。うむ。わしの家の客室を使うといいぞ。」
 何とか衝撃から立ち直った村長が頷きながら、宿を提供してくれる。
「どーもありがとうございます。」
「いやいや、家内に部屋の準備をさせよう。ええと、リナ殿。みたところ、貴女は魔道士・・・のようだな?」
「ええ。」
「腕の方は・・・?」
 村長がおそるおそるといった様子で尋ねてくる。
 リナはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「その辺の盗賊なら相手にもならない程度には、たつわよ。」
 訓練を受けたわけではないにせよ、荒事中心に生きている男どもを十数人相手にしても勝てると言い切るのであるから、相当な腕利きなのであろう。
 村長は、この表現がリナにとっては謙遜したものであるとは気づかなかった。それよりも、疑念が沸いてきたのだろう。
「そんなに強いのかね?ええと、その・・・まだ10歳をいくつか過ぎただけに見えるが。」
 村長はリナを眺めて困ったように言った。
 リナはにっこりと微笑んだ。
「あたしは18歳です。」
「なっにぃいいいい!!!」
「じゅうはっさいいいいいい!!」
 村長とジェシー老人が大声を上げて驚きを表した。
「をい。」
 ぴくぴくとリナの米神に青筋が浮かぶ。しかし、そんなものは目に入らぬらしく、村長とジェシーは驚きを分かち合っていた。
「あの胸で18歳だそうだ。」
「いや、ちっこいからわしはてっきり13歳くらいだと・・・。」
「うむ。成長期にいいものを食べれんかったのかもしれん。栄養が胸には・・・。」
「そうだな。行き届いていな・・・。」

「炸弾陣!!」
どぐぅぉおおんっ!!

 吹き上がった大地、巻き上がる砂塵が落ち着いたところで、リナは口を開いた。
「それで?」
 ちょっぴり気にしている胸や幼く見える外見について言われて、リナは最悪に機嫌が悪くなっていた。
 少々ボロっちくなったものの、大きな怪我はない2人の男は青ざめて首をふるふると振った。
「いいいええええ!えーと、えーと、そうそう!!頼みがあるんです!!」
 村長が敬語になって、ぽんっと手を打った。
「頼み?」
 リナは首を傾げてみせた。先ほど腕を問われた時点で何か依頼があるのかとは思っていたのだが。
「はい。実は、この村に数年前から魔物が出没するようになって・・・。」
「魔物・・・?」
 リナの表情が険しくなった。
 彼女は生きとし生ける全てのものの負の感情を糧とする魔族と戦ったこともある。天才美少女魔道士を自認する彼女ならば、それでも勝つことができるが、たいていの人間には大きな脅威である。
「いったい、どんな被害が・・・。」
「はい。まずは、このジェシーさんの裏の畑から芋が何本か奪われ・・・。」
「エレナさんとこの畑からはキャベツが、ミラーさんとこでは大根が5本も。」
「ロブさんとこでもキャベツが・・・、被害がないのはピーマンくらいかな。」
「ああ、ピーマンにだけは被害が・・・。」
「ちょっと待て!!」
 リナはえんえんと続きそうな村長たちの会話に口を挟んだ。
「被害は畑から作物が取られるだけなんですか!!」
「だけとは何です!!立派な食料なんですぞ!!芋も大根も干して冬に備え・・・。」
「あああああ!!分かりました!!大事な食料を奪うと!!で、魔物ってのはどんな外見なんです!!まさか、巨大イノシシとか、ベジタリアンのゴブリンとか言いませんよねぇ?」
 リナはともすれば、呪文を処構わずブチまけたい気持ちになるのを必死に抑え、冷静に問いかけた。
「外見ですか?ええと、2メートル近くて、闇夜に光る金色の毛に、恐ろしい青い瞳。」
「物凄く素早くて、しかも強くて、以前、レッサー・デーモン?が出たときに一撃で葬り去ったという恐ろしさで・・・。」
「それは確かに・・・。」
 強いかもしれない。
 リナの表情に真剣味が戻ってきた。
 例え、野菜を奪っていくくせにピーマンだけは奪わないような魔物でも、レッサー・デーモンを一撃で仕留める実力は侮れない。無論、リナだとてレッサー・デーモンやそれより格上のブラス・デーモンでも一撃で倒せるくらいの魔法のストックはいくらでもある。
「で、その魔物を倒してほしいというんですか?」
「あ、はい!!お願いします!!追い出すだけでも結構ですので!!」
 村長が頭を下げてきた。
 リナは腕を組み、考える様子を見せた。
「うーみゅ、受けてもいいんですけど。あたし、ここには迷い込んだだけで、依頼を受けようとか思ってたわけじゃないんですよね〜。」
「勿論依頼料は払います!!ええと、でも、何分、こんな村ですのであんまりお金はないんですけど・・・。」
 村長の後半のセリフは小さくなっていった。
 目の前の外見は愛らしいが恐ろしい魔道士の機嫌を損ねないような報酬が自分たちに払えるだろうか。
「おおっ!!そうそう!!昔村にいた魔道士のばあさんが持ってた訳の分からんものの数々をお譲りするというのでどうかな?数年前に亡くなって遺品をとりあえず村長のわしが預かっておるんです。魔道の知識があるもんがおらんので、そのまんま倉庫に放り込んでるんですが。」
「・・・では、それで手を打ちましょう。」
 しぶしぶと言った感じだがリナが頷いたので、村長は安堵の表情を浮かべた。
「では、部屋の用意が整うまで倉庫の品を見てはどうですか?魔物は主に夜に現れますし・・・。」
「そうですね。」
「あ、これが倉庫の鍵です。ご自由にお入りください。」
「分かりました。」
 頷き、ばさりとマントを翻して、リナはゆっくりと倉庫の方へ歩いていった。
 数分後。
 にやにやと笑み崩れる少女の姿が倉庫の中にあった。
 明かりの魔法でしらじらと照らされた倉庫の中には、魔道士からすると宝庫だった。
「うふふふ、クラウレの根は無事みたいね。ををっ、レムタイトの原石!!うふふふふふふふふふふふふふ。」
 しばらく倉庫で不気味な笑い声が響き続けたので、村長夫人はなかなか声を掛けることができなかったらしい。


2005 8/6