真白   side-L


 ふと目を覚ましたら、まだ真っ暗だった。
 周囲の冷え切った空気に思わず身震いする。
 なんだか目が冴えてしまったので、あたしは仕方なく身を起こした。
 夢を見た。
 それは分かっている。
 けれど、何の夢だったのか分からない。
 ただ、いい夢ではなかった。
 あの日、ルークをこの手に掛けてから、あたしは何度も夜中に目を覚ましていた。
 こんな風に静かに目が覚めることもあれば、自分の悲鳴で目が覚めることもある。
 悲鳴を上げれば、たいてい隣の部屋にいるガウリイは気づいてやってきてくれる。
 大丈夫か、と、優しく声を掛けてくれる。
 悲鳴を上げなくても、気配に聡い彼は気づいているかもしれない。
 だって、あたしを心配そうに見てる。
 気づかれたからといって頼るわけにはいかないけれど。
 彼は半分背負ってくれると言ったけれど、これはあたしの罪。
 あたしが一生背負っていかなければいかないもの。
 あたしのせいで危険な目に何度もあっている彼に、これ以上負担をかけるわけにはいかないじゃない。
「・・・。」
 夢の残滓が胸を重くして、唇を引き結ぶ。
 あたしにため息を吐く資格なんてない。
 ベッドから出て、窓を開けてみた。
 途端に流れ込んでくる冷たい空気。
 いつも寒さに弱いあたしなのに、身を切るような冷たさがなんだか心地いい。
「寒いと思ったら・・・、積もってたんだ。」
 闇の中、淡く輝く白銀の世界。
 まだ人に踏み荒らされていない一点の汚れもない美しさ。
 あたしはパジャマにマントだけ羽織って、ゆっくりと呪文を詠唱した。
「浮遊。」
 ふわりと浮き上がる身体。
 術をコントロールして宿から少し離れた場所に着地する。
サクリ
 音を立てて、あたしが真っ白な世界の中、黒い点となる。
「あ・・・。」
 ひらひらと雪が降ってきた。
 手を差し出すと、雪が舞い落ちてきた。
 一瞬で雪の結晶は溶けて水と化す。
 あたしは手のひらを握り締め、抱きしめるように胸に抱え込んだ。
 白い世界。
 白く染まっていく世界。
 本当に綺麗。
 このまま、あたしを覆い尽くしてしまってくれたらいい。
 白いこの世界に染まり、埋もれてしまえたら。
 そしたら、血に染まったあたしも少しは綺麗になれるのだろうか。
 ひらひらとあたしに舞い落ちる雪をひどく優しく感じる。
 このまま、雪に同化してしまえそう。
 


 雪を感じてどのくらい経ったのだろう。
 サクサクと雪を踏みしめ、あたしに近づいてくる気配。
 馴染み深いあたしの"自称保護者"の気配だ。
 過保護な彼は宿を抜け出したあたしに気づき、追ってきたのだろう。
「何やってんだ、リナ。」
 少し苛立った声が周囲の雪に吸い込まれる。
 大きな手があたしの肩を後ろから掴み、次いで強張った。
「おいっ!?」
 慌てた声が聞こえたかと思うと、ぐいっと引っ張られて正面で向き合う形になる。
 見上げると端整な顔があった。
 真っ白な世界で輝く金髪と蒼い瞳だけが色を持っている。
 鮮やかに存在するガウリイ。
「冷え切ってるじゃないか!こんなカッコで・・・、いつからいたんだよ?」
 両肩を掴み、見下ろしてくる蒼い瞳は心配そうにあたしを見詰めた。
 いつからいたかなんて覚えてないわ。
 あたしは大丈夫よ。
 こんな雪の中追いかけてくるなんて、ホントお人好しなんだから。
 開こうとしても、唇は強張っていて自由にならなかった。
 ガウリイは眉を顰め、あたしを抱き寄せた。
「が、がう、り・・・。」
 驚いて声は出たものの、唇が震え、カチカチと歯が鳴ってやたらと聞き取りにくい。
「唇紫になってるぞ。本当、何やってんだよ。震えてるじゃないか・・・。寒さに弱いくせに。」
 心配そうに囁かれる声。
 本当に優しいガウリイ。
 魔族にまで狙われる危険に好かれてるとしか思えないあたしに、ずっと付き合ってくれている。
 何度も命を落としかけてるくせに、保護者を名乗って傍にいてくれる。

 馬鹿だわ。

 あたしは広い胸にコトリと頬を預けた。
 あたしをすっぽりと包んでしまう大きな身体はすごく温かい。
 指先まで冷え切ったあたしの身体をゆるゆると溶かしていく。
 ゆっくりとあたしの身体に温度が戻ってくる。
 ガウリイの体温をあたしが奪っている。
 彼の命をあたしが削ってく。
 許されることじゃないだろう。
 あたしは満足に動かないけれど、拳を握り締めた。
 世界とさえ引き換えにしてしまうくらい大事な彼の命を削るのはあたし。
 あたしの罪。
「少しは温もったか?このままじゃ風邪引いちまうな。」
 優しい声が降ってきたかと思うと、あたしの身体はひょいっと抱き上げられた。
 これはいわゆるお姫様だっこというやつでわっ!!
「な・・・っ、ちょっ、が、ガウリ、っ!?」
 慌てて必死に震える唇を動かして、唇を噛み切ってしまった。
 舐めると広がる血の味。
 構わずぢたばたと暴れようとしたのだが、寒さに強張った身体は僅かしか動かない。
 呆れたようにガウリイがそれを見やった。
「なにやってんだよ、まともに動けないくせに。いいから、大人しくしてろって。」
 あたしを軽々と抱き上げたまま、ガウリイは宿に向かって歩き出す。
 お荷物抱えた状態なのに、呆れるほどにその足取りは確かだ。
 馬鹿で、お人好しで、剣術しか能がなくて。
 温かくて優しくて。
 そっとガウリイの肩に頭を預けた。
「宿、もう少しだから。我慢してくれよ?」
 降ってくる声も優しい。
 だから、あたしは大人しく頷いた。
 ガウリイの体温があたしに移り、徐々に身体が温もっていく。
 ガウリイの体温を奪ったけれど、彼の身体はまだ温かい。
 伝わってくる優しさ。
 彼の温もりが伝わるように、優しさも伝わる。
 ひらひらと雪はまだ舞っている。
 雪の色に染まり、綺麗にはなれない。
 けれど、彼の温もりが伝わってくる。
 彼の優しさに染まれば、あたしも少しは優しくなれるかな。
 あたしのせいで冷えてしまった彼を温められるかな。
 こんなあたしでも、それを許してくれる?
 ガウリイ。


       


   リナ、なんか弱い・・・。
   でもでも、ネット上初載せなので、こんな感じからで。
   文章力が欲しいです・・・。(2005 2/12)