名案―前編―
 初めは些細な意見の食い違いからだった。口論が激しくなるにつれ、原因など忘れ去られるのもよくあること。しかし、結末がいつも通りとは限らない。


 町はもう目の前だというのに、2人は喧嘩を始めてしまった。
 激化する口論、既に原因など2人とも覚えていない。
怒りにきらきらと紅い瞳を輝かせ、頬を紅潮させて睨み付けるリナ。そんな彼女の前で、これ見よがしにガウリイは溜息を吐いて見せた。
「ふぅ、ンなとこが、子どもだっていうんだよ。」
むっかああ
 リナはその言葉にさらに血が頭に上る。
「うっさい!!あたしのどこが子どもなのよ!!」
「だから、そーやって頭にすぐ血が上るトコとか。」
 返された言葉にリナのむかむかがさらに募る。
「何よ何よ、あたしだってもう19歳なのよっ!!」
 もう保護者のいる年齢じゃない!一人でだって生きて行ける!
 続けて怒鳴ろうとして、リナははたと気がついた。
「・・・・そっか、そうよね。」
 どうして、こんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
 リナはガウリイに背を向けると、荷物をがさごそとあさりはじめた。
「リナ?」
 怒り心頭のはずの少女の唐突な行動にガウリイは首を傾げた。背を向けられて表情も見えないので、彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。
 まさか、スリッパでどつくだけでは飽き足らず、何か殴るのに適したものでも探しているのだろうか。
 ガウリイは少し身構えたが、リナは振り返らずごそごそやっている。
じゃらじゃらじゃら
 金属の触れ合う音がするが、リナの背中で隠れて何をしているのか検討もつかない。
「・・・・・・おい、リナ。」
 先程まで喧嘩していたとはいえ、無視されるのは嬉しくないので、ガウリイは再度声を掛けてみた。
 ガウリイの2度目の呼びかけからしばらくして、リナはやっと立ち上がった。振り返った顔には怒りは浮かんでいない。
「はい。」
 無造作にリナがガウリイに何かを投げた。
「おっ。」
 受け止めた手にずしりと重い皮袋。
「何だ、これ。・・・・・・・!?」
 中を覗いてガウリイは絶句した。
 袋の中には金貨。重さからして1月遊んで暮らしてもおつりがくるほどの金額だ。
 お金にうるさいリナが、こんな大金を人に渡すなんて・・・。
 ガウリイは訝しく思いながら、皮袋からリナへと視線を移した。
 リナの口が開いた。

「別れましょ。」
「え・・・?」

 リナの唇が紡いだ言葉にガウリイは呆然とする。
 今、何て・・・?
 確かに聞いたはずの言葉を頭が受け入れるのを拒否する。
「だからっ、別れましょうって言ったのよ。」
 反応を示さないガウリイに焦れたリナがもう一度繰り返した。
 嫌でも、ガウリイはその言葉を認識するしかない。認識と同時に、目の前が真っ暗になっていく。
「な、何、急に・・・。」
 ガウリイは無理矢理笑顔を浮かべようとした。
 頼むから、冗談だと言ってくれ!!
 ガウリイの祈りも虚しく、リナは肩をすくめて見せた。
「別に、急ってほどでもないでしょ。いい加減、あんたとの旅も長いし、もういいんじゃない?こんな喧嘩ばっかしてても、お互いしんどいだけだし。」
 リナの表情は少し苦いものになる。
「19歳に保護者もないでしょ。あんたに会う前、あたしは一人旅もしてたし。あんただって、一人で生きてたんでしょ?なら、別れても不都合ないわよね。」
 リナの口が動くのをガウリイは見ることしかできない。
 どうして、リナはこんな簡単に別れを口にできる。
 お前と笑ったり喧嘩したりして、共に背中を守りあいながらずっと一緒にいられると・・・。
 それは、オレだけの思い込みだったのか。
「さすがに、あたしも鬼じゃないし、そのお金、あんたの取り分ってことで。少ないって文句言わないでよ?魔道士のあたしの方が絶対いろいろ物入りなんだから。」
 リナは軽く笑って見せた。
 その笑みにガウリイは愕然とする。
 何で笑える。
 取り分って何だ?
 不都合がないだと?
 オレとそんなに簡単に別れられるのか。
「こんな・・・、オレは・・・嫌だ。」
 ガウリイは溢れる想いを言葉にはできず、何とか首を振る。
 それを見て、リナは眉を顰めた。
「嫌って言われても困るわ。もう決めたし。だいたい、あたしとあんたが一緒に旅する理由なんてこれぽっちもないのよね?」
 本当にただ困っているというだけの表情に、ガウリイは首を振った。
 理由が存在しないわけじゃない。
 ただ、言葉にする必要もないほどに、リナといたいだけなんだ。
「オレは、前に・・・。」
「うん。あんたが、一緒に旅をするのに理由はいらない、って言ってくれたとき嬉しかった。でも、ということは、別れるのにも理由はいらないし、理由があるなら尚更別れても大丈夫でしょ。」
 リナがガウリイの言葉を封じてしまう。
「というわけで、今までありがと。楽しかったわ。じゃあね。」
 ばさりとリナがマントを翻し、ガウリイに背を向けた。
 すたすたと遠ざかる背中はガウリイを拒絶している。
「・・・・・っ!!」
 振り返りもしない小さな背中に、ガウリイの心が悲鳴を上げる。
 こんな馬鹿なこと・・・。
 何でこんなことになった。
 どこにお前が去る理由があったんだ。
 お前なしの明日が来るのか。
 耐えられない。耐えられるわけがない。


 リナは町の門を潜り、すたすたと歩いていた。
 ガウリイの呆然とした顔を思うと、少し胸が痛むがこれでよかったのだ。
 保護者と被保護者。
 いつから、この関係が苦痛になったのだろう。
 ガウリイに子ども扱いされる度に胸が悲鳴を上げていた。
 仲間に対する信頼だけだったら楽だったのだ。実際、彼ほど戦闘中頼りになる男はいない。安心して背中を任せることができた。
 心地よい信頼関係。
 命を預けられる絆。
 けれど、気づいてしまった。
 世界と引き換えにしてもガウリイを選んだ理由。
 気づけば虚しいだけだった。
 優しい優しい自称保護者。
 彼は優しいだけの男ではない。
 でも、男であることをリナに見せることもない。
 ガウリイはどこまでもリナを子ども扱いしていた。それはつまり、リナは彼の範疇外だということに他ならない。
 ガウリイに告白したら、どうなっただろう。
 優しい彼は困るのだろう。
 もしかしたら、恋人になってくれたかもしれない。
 でも、同情からの好意なんかが欲しいとは思わない。
 欲しいのは、彼の全てだ。
 手に入らないなら・・・。いや、それでも・・・。
「あ〜〜っ、やめやめ!!」
 リナは頭をぶんぶん振った。
 ガウリイがいなくたって生きていける。
 ガウリイがいなくたって戦える。
「そうよ、世の中、男はガウリイだけじゃないわ。」
 だいたい、このリナ=インバースが一人の男に頭を悩ませるなんて馬鹿みたいだ。
 このあたしの魔力、もとい、暴力、ちがう!!・・・魅力の前には世の御曹司はひれ伏すしかないに違いないし!!
「うっしゃ、ご飯食べて、宿探そ。」
 リナは決然と顔を上げて進みだした。
 程なく、適当な食堂を見つけて扉をくぐる。
 美味しそうな匂いの漂う店内で、リナはメニューに目を通した。
「・・・・・・・。」
 おかしい。
 おいしそうなものはたくさん並んでいるのに、食べようという気が起きない。
「おばちゃーん、AランチとBランチとCランチ1個ずつ!!」
 それでも、お腹はすいていたので3人前頼んでみる。
 運ばれてきた料理はほかほか湯気がたって美味しそうだったし、味も悪くなかった。
 でも、味気ない。
 ずっとガウリイと食事争奪戦をしてたから?
 張り合う相手がいないからってだけよね。
 リナは結局最初に頼んだものをムリヤリ詰め込むようにして食べ、食堂を後にした。
「ばっかみたい。」
 悔し紛れに毒づいてみた声は我ながら、頼りなかった。
「冗談じゃないわ。」
 弱い自分など許せない。
 リナの瞳は再び強い光を宿した。
 彼女は背筋を伸ばし、歩きだした。



 最後まで、三人称にしようか一人称にしようか迷いました。
 今も、ちょびっと未練があったりします。
(2005 3/13)