名案―後編―
 ガウリイがとった宿は本当にすぐ近くで、リナは頭を冷やす間も無く彼の部屋に入った。
 リナはすたすたと部屋に入り、そう広くも無い部屋の真ん中で腰に手を当ててガウリイを振り返った。
「で?何で、人の恋路を邪魔すんのよ?」
 ドアに寄りかかってさり気無く退路を断ち、ガウリイが眉を顰めた。
「恋路?どこが?お前さん、本当に分かってんのか?あのままいったら・・・。」
 リナは口の端を歪めた。
「あの男と寝てたかもね。」
「リナ!」
 叱るような口調にリナの眦が上がった。
「うっさい!!あんたはあたしの父ちゃんでもなんでもないのよ!!人の恋愛に口出ししないで!!」
「どこが恋愛なんだよ?」
 激しい口調のリナだったが、ガウリイは感情を押さえ込み、あえて低い声で問う。
 意外に冷静な対応にリナも頭を冷やし、冷笑に似た笑みを浮かべた。
「一夜の恋ってやつよ。色んな男知って、経験重ねていくのもいいんじゃない?」
 リナはその表情のまま、言葉を続ける。
「あんただってそーゆーの経験してきたんでしょ?あたしは、今からそーゆーのを経験するお年頃なのよ。それとも・・・。」
 リナは小首を傾げて見せた。
「女がそーゆうことすると価値が下がるとか思うわけ?」
 思うなら思えばいい。
 そう言わんばかりのリナに、ガウリイは首をゆっくりと振った。
「お前さんの価値はその程度のことで揺らぎやしないさ。」
 リナが誰に抱かれようと、その生命の輝きを、紅蓮の炎を、揺らがせるわけがない。
 蒼い瞳に真摯な色を見てリナは少し不思議に思ったが、彼の返答に満足そうに頷く。
「なら・・・。」
「だが、やめとけ。」
 きっぱりとした言葉にリナはまた苛立ちを覚えた。
「さっきも言ったけど、あんたあたしの父ちゃんじゃないのよ?あたしの恋愛に口出す権利ないの!!父ちゃんにも口出しさせる気ないけど。」
「お前さんの父親になんぞなった気はないさ。」
「じゃあ、なんでダメなんて言うのよ?なんで、あの・・・名前忘れたけど、あの男追っ払ったりしわけ?」
「一夜の恋なんざ、つまんねぇからな。」
「経験者は語る?」
 茶化す響きにもガウリイは表情を崩さない。
「一夜の恋なんざ虚しいだけだ。するなら、一生の恋にしとけ。」
「はぁ?一生のって・・・、んなご大層なもんができる相手そうそういないわよ。」
 ガウリイはドアに寄りかかっていた背をゆっくり起こした。
「オレがいるだろ。」
「へ?」
 虚をつかれ、それからリナはまじまじとガウリイを見た。
 道を歩けば10人中9人の女が振り返る綺麗な顔に冗談の色は全く無い。
 からかっているわけではないだろうが・・・。
「あんた、あたしの保護者だったでしょ?」
「お前さんが保護者はいらんって言ったんだろうが。」
 ガウリイは後ろ手に鍵をかけた。
 町の喧騒も静まりつつある時間に、男女が2人っきり。
 リナが少し警戒の表情を浮かべた。
「何、してんの?」
「鍵を掛けた。」
 簡潔にガウリイは答えた。
「何で?」
「邪魔されないように、かな。」
 この期に及んで逃がすつもりはない。
 野生の獣じみた隙のない動作でガウリイはゆっくりとリナに近づいていく。
 綺麗な獣よね。
 リナはそんな感想を抱きながら、その場を動かず、ガウリイをじっと見詰めて問いを放つ。
「何で?」
「お前さん、さっきの男にこんな風にドア閉められる予定だったんだろ?」
 蒼い瞳に暗い色が浮かぶ。
嫉妬が起こす殺意。
「・・・ふっとばす予定だったわよ。」
 リナは口の端に笑みを浮かべた。
 恐れるものなど何もないという不敵な笑みだ。
「懸命だな。」
 ガウリイは真面目に頷いた。
「あんたもふっとばして・・・。」
「オレが賢明だって言ったのは、・・・そうそう、やめとけって言ったのもだけど。」
 好戦的なリナの言葉をガウリイは淡々とした口調で遮った。
「?」
 ガウリイが何を言いたいのか分からず、リナが首を傾げた。
 修羅場を潜り抜けてきた戦士の気迫を持つくせに、彼女のその仕草はやけに幼い。
「つまり、リナが他の男のものになるなんて許せないんだよ、オレが。相手は斬っちまうだろうし。お前さんもただで許せない、だろーな。」
 リナは眉を顰めた。
「何を、勝手なことを・・・。」
「勝手?まあ、そうかもな。けど、惚れた女を口説く権利はあると思ってるし、嫉妬で相手を斬っちまうのもそうおかしな話でもないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・惚れたぁ?」
 近づいてきたガウリイを思いっきり不審そうな顔でリナは見上げた。
「ああ、惚れてる。」
 頷き、ガウリイの腕がリナを捉えた。
 蒼穹の瞳が、炎を宿す真紅を覗き込む。
「リナが好きなんだ。だから、一生の恋の相手にオレを選べ。」
「ばっ・・・!?」
 ガウリイの言い様にリナは絶句した。
 ガウリイの片手がゆっくりと栗色の髪を梳く。
「オレだけ見ろ。」
 栗色を一房すくい上げ、口接ける。

「オレ以外の男なんざお前に必要ない。」
 はらりと栗色の髪は落とされ、それを追うように伸びた手は結局肩へ置かれる。

「オレだけに抱かれてればいい。経験なんてオレだけで十分だ。」
 吐き出される言葉は傲慢で。
吐き出される言葉の熱は本物で。

 リナは自分を捕らえて放さない男を見上げた。
「あたしが、それに応じると思ってんの?」
「応じて欲しい。無理強いは嫌だ。」
 苦痛を堪えるような表情でガウリイは答えた。
「応じなきゃ強姦?」
 小首を傾げたかわいい仕草で、さらりと問いかける。
「それは嫌だ。」
「止めたりはしないわけ?」
 呆れたような紅い瞳に、蒼い瞳は独占欲をぶつける。
「逃がしたくない。」
「ふーん、つまり、嫌だけどするんだ。」
 求められるのが、嫌なのではない。
 望んでいた情熱でもある。
 けれど、選択の余地を許さず、欲望だけぶつけてきている。
初めからリナの気持ちを無視している。
 応じて欲しいと言いながら、リナが応じるとは欠片ほども思っていないのが分かる。
 無意識かもしれないが、臆病で傲慢な行動である。
 諦め混じりの強引な方法で自分を多少なりとも奪えると思うならお笑いだ。
 嘲る表情のリナに対して、ガウリイは顔を歪ませた。
「・・・ここで逃がしたら、お前、二度とオレに会わんつもりだろう?」
「強姦魔なら、殺すわよ?」
 あっさり言い放つリナに、同じくあっさりガウリイは頷いた。
「リナになら殺されてもいいさ。二度と会えないなら生きてる意味ないし。もう会えないよりは殺された方がいい。」
 身勝手な言い草だ。
 自分にだけ彼を殺す痛みに耐えろというのか。
「じゃあ、殺さないで二度と会わない。」
「そんなに・・・っ。」
ガウリイの顔が歪む。
 太い指がリナの細い腕に食い込む。
「オレはお前にとってなんなんだ?なぁ、リナ。」
「脳みそミジンコの剣術バカ。」
 腕に食い込む指は痛かったが、構わずいつもの台詞を言う。
 ガウリイの瞳に炎が宿った。
「茶化すな!オレは・・・お前にとって何の価値もない男か?」
 問いかける声は、呻きに近い。
 リナは少しだけ優しい表情を浮かべた
「あんたにしか背中は預けられないと思ってる。」
 指が少し緩む。
「・・・居心地がよかったわ。」
 零される言葉に、ガウリイが顔を歪めた。
「居心地がいいだけの存在になりたいわけじゃないんだ。」
 ガウリイはリナを捕らえたまま、一歩踏み出した。それに合わせて、リナも一歩下がる。
「保護者のあんたを本気で嫌ったわけじゃない。」
「でも、いらないんだろう?」
 痛みを堪えるような顔で、ガウリイは笑った。
 リナはあっさりと頷いた。
「いらないわね。」
 ガウリイは唇を引き結び、さらに一歩進んだ。合わせてまた一歩下がったリナは、すぐ後ろがベッドであることに気づいた。
 さすがに、リナの顔に恐れと緊張が浮かぶ。
 ガウリイの薄い唇がやや歪んだ笑みを浮かべた。彼はそのままリナの足を払い、彼女ごとベッドに倒れこんだ。
 栗色の髪がシーツに広がる。
 金色の髪が流れ落ちる。
 リナは自分の真上にいるガウリイをじっと見詰めた。
「聞きたいんだけど。」
「何だ?」
 リナの滑らかな頬に大きな手を這わせながら、掠れた声でガウリイは先を促した。
 今にも襲い掛かりそうな熱い蒼を眺めて、眼差しを鋭くする。
「あんた、あたしの心と身体、どっちが欲しいわけ?」
「どっちも。」
 即答だった。
「そーゆーわりに、この状況は何なのよ?」
 ガウリイは笑った。
 諦めと欲望の入り混じった妙に色気のある笑みだった。
「どっちも欲しいが、身体だけでも欲しい。忘れられたくないのさ。」
 リナはまた冷笑を浮かべた。
「嫌な思い出、いつまでも引き摺るつもりないわよ。さっさと忘れてあげるわ。」
「酷いな。」
 ガウリイは笑った。
 愛しさと悲しみの入り混じった笑みだった。
は〜っ
 リナはいきなり大きく溜息を吐いた。
 罵声と悲鳴しか予想していなかったガウリイは少しだけ首を傾げる。
「このままじゃ、どっちも手に入んないわよ?」
 睨み付ける紅い瞳。
 ガウリイはリナの襟へと伸ばそうとしていた手を止めた。
 リナは不敵な笑みを浮かべる。
「強姦魔なんかに絶対心はあげないわ。」
「だろうな。」
 当たり前だろう、とガウリイは頷く。
「強姦されても、あたし、別の男に忘れさせてもらうわよ。」
 大胆なリナの台詞にガウリイの肩が震えた。
 蒼い瞳が熱を滾らせて、リナを睨み付ける。
「いっそ、どこかに閉じ込めてやろうか。」
 誰も知らないところに閉じ込めて、自分だけ見詰めさせて。
 紅い瞳が憎しみで染まろうと、彼女が自分だけのものになるなら。
 甘美な誘惑だ。
「ふむ。心はいらない、と?」
 頷き、問いかけられて、ガウリイはぎりっと歯を食いしばった。
「んなわけ、ないっ!けど・・・っ。」
 搾り出すような声には、抑えきれない熱。
 リナは真っ直ぐにガウリイを睨む。

「ちゃんと口説きなさいよ。」
 
「え?」
 リナの咽喉に食らいつきそうだった獣は目を丸くした。
「どっちも欲しいなら、ちゃんと気合い入れて真面目に口説きなさい。」
 真面目に口説け?
 リナは何が言いたいんだ。
 というか、今まで結構それとなく態度に出してきていたと思うんだが・・・。
 しばし呆然としていたガウリイだったが、何とか口を開く。
「どんなにアプローチしても、気づかなかったじゃねぇか。」
 拗ねる様な響きの声に、リナは笑みを浮かべた。
「今は知ってるわよ?」
 ガウリイは目を見張り、次いで真剣な表情でリナを見詰めた。
 真紅の瞳に嫌悪は浮かんでいないことだけは分かって、ガウリイは拘束はそのままに、リナから少し身を離した。
「・・・ここまできて、諦めろっていうのかよ。」
 今なら、リナの身体だけは確実に手に入れることができる。
 焦がれ続けた華奢な肢体が、自分の下にあるのに。
「どっちも手に入るかもしれない可能性、棄てるんなら。」
 やってみればいい。けれど、本当の意味で自分を手に入れられると思うな。
 強い輝きを宿したリナの瞳が、真っ直ぐガウリイを刺し貫く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。」

 長い沈黙の後、ガウリイは息を吐き出した。そして、リナの拘束を解くと、のろのろとした動作でベッドの端に腰掛けた。
 リナも身を起こし、こちらはさっさとベッドから降りる。
 乱れた髪を手櫛で直すリナは小さく笑った。
 ガウリイがそれを見咎めて、彼女を睨む。
「なぁ、リナよ。」
「何よ?」
 睨んでくる蒼い瞳を可笑しそうな色を宿した紅い瞳が見詰め返す。
「別れるってゆーのは、撤回するんだろうな?」
 これだけは譲れない。
 そう言っているガウリイに、リナは頷いた。
「ええ。」
「・・・・・そっか。」
 ガウリイは安堵の吐息とともに肩を落とし、片手で顔を覆った。
 リナはしばらく無言で彼を見詰めていたが、ゆっくりとドアに向かった。
 ドアノブに手を伸ばそうとしたリナは、自分のすぐ背後から影が差したのに驚く。
「・・・リナ。」
 気配を感じさせずに近づいたガウリイは、後ろからそっとリナの肩を抱いた。
 解こうと思えば解けるだけの力しか入れていない優しい拘束に、リナは緊張を解いた。
「何よ、ガウリイ?」
 振り向かずに問いかけると、ガウリイはリナの頭に頬を寄せてきた。
 背中に感じる熱と、頭に寄せられた優しい感触、流れ落ちてきた金色の髪を今更意識したリナは、頬が赤くなるのを止められなかった。
「何なの?」
 非常に恥ずかしくなってきたリナは、やや乱暴な口調で再度問いを放つ。
「ん・・・。」
 ガウリイは小さく答え、少しだけ腕の力を強くした。
「オレ、正直言っちまえば、このままリナを襲いたい。」
 低く掠れた声に、リナは少し身体を強張らせた。
「でも・・・、口説くの許してくれるんだよな?」
 耳元に掛かる熱い吐息に、リナはびくりと身を震わせた。
 逃げないけれど答えない彼女に、ガウリイは呼びかける。
「リナ?」
 優しい声に、リナは少し笑った。
 今まで聞いたことのない響きを宿した声は妙に艶やかだ。
 顔が赤くなってしまうのは恋愛初心者だから、仕方ないわよね。
 リナはガウリイの腕を押した。ガウリイはあっさりと拘束を解く。
 リナは振り返り、ガウリイを見上げた。
 蒼い瞳は滾るような熱と包み込んで攫ってしまいそうな優しさを湛えていた。
 望んでいた眼差しだった。
 リナは笑みを浮かべた。
「明日の朝、町の入り口で待ち合わせよ。そこからまた旅を再開しましょ。」
 ガウリイはちょっと目を見開いたが、微笑んで頷いた。
「ああ、覚悟しろよ。」
「さぁね。」
 リナは軽く肩を竦めると、ガウリイに背を向けてドアの鍵を開けた。
 それから、もう一度振り返って、ちょいちょいとガウリイを手招きする。
 軽くあしらう様な返事に不機嫌になっていたガウリイは、それでもリナに近づいた。
 リナの小さな手が伸びて、ガウリイの髪を一房掴んだ。
ぐいぃっ
「いっ・・・・・・・・!?」
 髪を思いっきり引っ張られる痛みに、ガウリイは悲鳴を上げた。
 必然前屈みになったガウリイにリナがすっと近づく。

「!?」
 
 一瞬のことで反応できなかったガウリイの髪を解放して、リナは頬を染めながら笑みを浮かべた。
「じゃ、明日。」
ぱたん
 閉じられたドアを呆然と見詰め、ガウリイは床に座り込んだ。
 顔を覆い、俯く。
くっ・・・ははははは
 堪えきれずに、笑い出す。

 一瞬だけ柔らかく重なったリナの唇。
 頬を染めて勝ち誇ったような笑みを浮かべた彼女。

 笑いを収め、ガウリイは自分の唇にそっと触れた。
「足りないぜ、リナ。」
 覚悟決めろよ。
 ガウリイは嬉しそうに笑った。
 やっと今彼女を手に入れられる確信が持てた。



 ガウリイの部屋を出たリナは自分のとった宿目指して走った。
「すぐに落ちてなんてあげないわよ。」
 呟いてみるものの、キスしてしまったからには自分の気持ちはガウリイに分かってしまっただろう。
 いや、あれは宣戦布告。
 欲しいのは彼の全て。
 全て手に入れてみせる。
 リナは勝利を確信し、笑みを浮かべた。
 



 今度は長い。
 強いリナが書きたくて、男なガウリイも書きたかったのですけど・・・うーん?
(2005 3/13)