2
 午前4時30分。未だ朝日も昇らぬ時間帯。
 ホワイトハウスの一室で、大統領はぐっすり眠っていた。その部屋に突然電子音が響きだした。
・・・ルルルルル
 遠くから聞こえてくる音が電話のベルだと、気づくのにたっぷり5分かかる。
 時計を見て呻きながら、大統領は起き上がり、受話器をとった。
「・・・・・なんだと!?」
 内容を聞いた大統領から眠気は吹き飛んだ。
 慌しく執務室へと急ぐ。
 シャワーもあびず、ネクタイもしめないまま行った執務室には、しっかりとスーツを着こなした首席補佐官フィブリゾ=ヘルマスターが微笑んでいた。
 細身の身体、ゆるくウェーブのかかった黒髪、40近いというのに女顔の可愛い顔立ち。今もにこやかに佇んでいる頼りない外見の彼は、4年前、惨敗寸前の選挙キャンペーンを見事に建て直し、ボスのホワイトハウス入りを実現させた辣腕家である。並み居る大統領の側近を出し抜き、大統領の懐刀と呼ばれるに至った。下級スタッフなら彼の名を聞いただけで震え上がるという。
「何が起きたんだね?」
 大統領の質問に、フィブリゾは可愛らしい顔を引き締めた。
「たいしたことは分かっていません。確かなことはローゼンバーグもジェンセンも死んだということです。午前一時、FBI捜査官がローゼンバーグを発見しました。看護士と警察官も死んでいました。3人とも頭部に3発の銃弾。鮮やかな手際の仕事です。その捜査の最中に、ジェンセンが同性愛者の溜まり場で殺されたという通報が入りました。発見は今から二時間前。午前4時にFBIのガーヴ長官から私に電話があり、その後私が閣下にお電話を。ガーヴ長官とゼロス長官はまもなくこちらにやってくることになっております。」
「ゼロスもか?」
「少なくとも当座はCIAも参加させる必要がありますから。」
 大統領は頷き、背もたれに深く身を沈めた。
「ローゼンバーグが死んだか・・・。」
「はい。午前7時には国民に発表を。そこまでは待たないと視聴者が限られてしまいますからね。」
「マスコミには・・・。」
「知られています。」
「ジェンセンがゲイだったとはな。」
「重大事件です。我々の責任ではありません。ただ、国民はショックを受けるでしょう。そこで閣下が指導力を発揮して見せれば、支持率の低下も止まるでしょう。」
「で、私が最高裁の再編成を受け持つわけだな。」
「はい。すでに。司法省には連絡しておきました。・・・昼前には司法省庁間と話し合いをするべきだと思います。」
 フィブリゾの言葉に、いつものように深く考えもせずに大統領は頷いた。
「そういえば、FBIが最高裁の警備を担当しているとどこかで聞いたな。」
「その通りです。ガーヴは赤っ恥もいいところでしょう。」
 フィブリゾの顔にタチの悪い笑みが浮かんだ。こういうとき、彼は本当に楽しそうに笑う。愛らしい顔は悪魔のようだ。
「ガーヴには責任の一旦を負わせよう。マスコミには細心の注意を。やつの顔に泥を塗ってやろう。うまくいけば、ヤツをやめさせることもできるかもしれない。」
 大統領の言葉はフィブリゾの望むものだったので、微笑んで頷いた。
コンコン
 ドアがノックされ、FBI長官とCIA長官が連れ立って執務室に入ってきた。室内の雰囲気が厳粛なものへと変わり、4人は固い握手を交わした。
 大統領がデスクに座ると、ガーヴとゼロスもデスクの前のソファに腰を下ろす。フィブリゾは大統領の右脇に立った。他者がいるときには大統領が主導権を握らなければならないことは確かなので、とりあえず口を閉じて成り行きを見守る。
 FBI長官のガーヴ=カオスドラゴンは、がっちりとした体格の偉丈夫である。長い赤い髪がたてがみのような野性的なハンサムだ。理屈や計算の苦手そうな外見に反し、意外に強かに巧くFBIを動かしている。
 CIA長官のゼロス=メタリオムは、中肉中背の年中笑みを浮かべている男だ。『おかっぱ』という一風変わった形の黒髪、笑みの形に細められた瞳は何を考えているのか他者に読ませない。整っているもののぱっとしない外見の彼だが、もの柔らかな物腰とは正反対にとる手段に容赦のかけらもない。彼が長官に就いてからCIAの失態は驚くほど減少している。
 大統領が重々しく口を開いた。
「こんな時間においで願って恐縮だが、感謝している。」
 ガーヴとゼロスはその言葉に沈痛な面持ちで頷いた。必要とあらば、このぐらいの演技はできるものである。
「それで、何が起こったんだね?」
 大統領の問いかけに、ガーヴが手早く事件の要点を説明した。
 大統領が口を開く。
「二件の殺人は関連したもののようだな。」
「かもしれません。ですが・・・。」
「いいかね、長官。これまで大統領や大統領候補者が暗殺されたことは数多くあった。しかし、最高裁の裁判官が暗殺されたことはない。それが、一夜に2名も殺害されたのだ。関連があると考えて当然だろう?」
「仰るとおりです。ただ、殺害方法があまりに異なっております。そして、その手際のよさからどちらもプロの仕事と思われます。ここで、思い出していただきたいのは、最高裁のは数千通の脅迫状が届いていること、そして、特にローゼンバーグに対してのそれはこのところ過度なものがありました。」
「ふむ。・・・では、君は誰が容疑者と考えているのかね?」
 ガーヴは暗愚な大統領を睨み付けた。
「容疑者を選定するには時期尚早です。現在は証拠を探している途中ですから。」
 野性的な外見の持ち主の睨みは大統領の小さな肝には酷く恐ろしいものだったが、自分が国家の最高権力者であることを思い出し、大統領は言葉を続けた。
「犯人はどのようにしてローゼンバーグ邸に侵入したのだ?」
「判明しておりません。進入を目撃したわけではありませんので。犯人は数時間邸内に隠れていた模様です。しかし、ローゼンバーグは我々が自宅に足を踏み入れることを許可していなかったのです。護衛官のフレッドが邸内を夕方見回っただけです。・・・断定には早すぎますが、おそらく犯人の痕跡は残っていないでしょう。3人の死体以外は何も発見されておりません。午後には弾道検査と検死の結果があがってきます。」
「その結果を私にも見せて欲しい。」
「かしこまりました。」
「それと、FBIの保安措置とその欠陥にもついて報告をまとめてくれたまえ。」
「欠陥があったという前提でお話をなさっているように見えますが。」
「FBIが身辺警護をしているというのに、2人は殺されたのだ。欠陥はあったのだよ。」
「報告書は閣下に?それともマスコミに?」
「私だ。」
「そのあとで記者発表ですか。」
「世論を恐れているのかね?」
「いえ、彼ら2人は我々に協力的でありませんでした。しかし、他の裁判官は我々に協力的なのです。彼らは存命中です。」
「今のところはな。だが、確認はしておいたほうがよいだろうな。」
 大統領はフィブリゾに笑みを向けた。フィブリゾも笑みを返す。
 フィブリゾが口を開いた。
「ガーヴ長官、君はジェンセンがあの手の場所を徘徊している事実は掴んでいたのかい?」
「ジェンセンは終身職にある、成人男性でした。彼が全裸でテーブルの上でダンスしようと、我々に止める権利はありません。」
「そうれはそう思うが、しかし、長官。どうも私の質問に答えていただいていないようだが?」
 慇懃無礼を実物化したような表情で、フィブリゾが問う。
 その可愛らしい顔をたこ殴りにしてやりたい誘惑を抑えるため、ガーヴは目を逸らした。
「ええ、彼にそういった傾向があることは掴んでおりました。しかし、ミスター・フィブリゾ。我々にそれを漏えいする権利はありませんでした。」
「さっきの報告書だが、今日の午後には提出してほしい。」
 大統領がふいに言った。しかし、ガーヴは何の反応も示さず、窓の外を睨み付けていた。
 大統領はゼロスの方へ顔を向けた。正直、大統領は威圧的なガーヴよりも底の見えないゼロスの方が苦手であった。
「ゼロス、正直に答えて欲しい。」
「なんでしょうか?」
 小首を傾げたゼロスの黒髪がさらりと揺れた。一見親しみやすい笑みを浮かべているように見えるが、この男の名を聞いただけで過激派のリーダーが青褪めたというのは有名な話である。
「今回の件に、何らかの形で合衆国政府の内部組織や作戦行動、あるいは特定のグループなどが関係しているのだろうか?」
「ご冗談を!!本気でそのようなことをお尋ねですか?そんなこと、考えられません!!」
 ゼロスがショックをありありと顔に浮かべて見せたが、大統領もフブリゾも、ガーヴでさえ、今日びCIAで何があっても不思議ではないと承知していた。
「私は真剣だよ、ゼロス。」
「私だって真剣ですよ。私はこの場で我々とこの事件が何の関係もないことを明言します。閣下がそのようなことをお考えというだけでも、私には大変なショックです。」
 薄っぺらな悲しみをニコ目の顔に浮かべ、ゼロスは大統領を見詰めた。
「とにかく調べてみてくれ。疑念を払拭したいのだ。ローゼンバーグは国家安全保障など歯牙にもかけない男だったからな。情報機関内部にも敵はいた。念のため、調べて欲しい。」
「ええ。」
「報告書は今日の午後5時までにほしい。」
「わかりました。そういたしましょう。しかし、時間の無駄だと思いますがね。」
 ゼロスの細い両眼が開き、酷薄そうな紫の瞳がひたと大統領を捉えた。
 冷水を浴びせられてもここまでこないだろう寒気を感じて大統領は目を逸らしてしまった。
 フィブリゾが一歩前に出た。
「では、午後5時にもう一度この執務室に集合ということでよろしいですね?」
 FBI長官とCIA長官は頷き、立ち上がった。
 フィブリゾがドアまで無言で見送って、ドアを閉めた。
 大統領はゼロスに感じた恐怖を払拭しようと息を吐きながら、襟を緩めた。
 フィブリゾが振り向いて笑った。
「お見事です。これで、ガーヴもうかうかしていられないことに気づいたでしょう。」
 フィブリゾの可愛らしい顔に浮かぶ笑みに目もくれず、大統領は深呼吸を繰り返す。
「発表はカーディガンがいいでしょうね。身支度を整える間も無く事件にとりくんでいたように見えるでしょう。」
 大統領はやっと顔を上げ、眉を顰めた。
「気が進まないな。」
「日曜日のおじいさんのようなイメージです。悪くありません。信じてください。」
「私は、気が進まないが・・・・。」
 大統領は不満を見せたが、結局折れることをフィブリゾは知っていた。


 リナがいっこも出て来れなかった・・・。
 ゼロスってば、大統領怯えさせるなんて・・・さすが。
(2005 3/27)