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 インクと紙のにおいに包まれたテューレーン大学の図書館でリナはわき目も振らず、資料を漁っていた。
 個人閲覧室にこもって合衆国最高裁判所の裁判記録のプリントアウトに目を通す。これまでにも2回は目を通していたのだが、物議をかもした裁判は多くとも興味を惹かれるものはひとつとしてない。
 窓の外にちらりと目をやる。
 今頃、キャラハンはキャナル・ストリートのバーで酔っ払っているだろう。昼頃、顔を見に行ったときは酒を飲みながら、ローゼンバーグの意見書全集を読んでいた。しばらく、教鞭をとる気にはなれない、と嘆く男に、リナは酔いを醒ますように言い置いた。
 10時過ぎ、リナはパソコンルームへ向かい、全国11の連邦巡回区控訴裁判所で係属中の裁判内容の記録をプリントアウトした。
 プリントアウトには一時間もかかり、20センチの厚さの要約が完成する。
 リナは個人閲覧室に戻ってそれに目を通していった。
 第一の仮定は、二つの殺人は同じ理由で同一グループによって行われたというものだ。
 第二の仮定は、殺人の動機は反感や復讐のためではなく、最高裁を操作することにあるというものだ。いずれ、最高裁に持ち出される訴訟について、誰かが最高裁の裁判官を変えたいと望んだということである。
 第三の仮定は、その訴訟に莫大な金がからむということである。
 答えは、この中にも見つからないかもしれない。
 彼女は、真夜中までプリントアウトをめくり、図書館の閉館とともに帰宅した。

 翌日、リナは連邦政府ビルの前に立っていた。
 金曜日の昼なので、何の裁判も行われていないせいか廊下に人影が無い。
 リナは迷いの無い足取りでカウンターに向かった。
「なにか御用ですか?」
 もったいぶった事務員の声に、リナはピクリと肩眉をあげた。
 リナは窓から一枚の紙を滑り込ませた。
「このファイルを閲覧したいんだけど。」
 事務員は紙に書かれた裁判の名前に視線を走らせた。
「どうしてです?」
 リナはにっこり笑顔を浮かべた。
「理由を説明する必要はないでしょ。これは公文書なんだから。」
「準公文書扱いになってますね。」
 リナは紙を取り戻し、折りたたんだ。
「情報自由法のことはご存知?」
 きらりと紅い瞳を輝かせ、微笑む。
「あなたは弁護士・・・?」
 言いながら、事務員はちらりとリナの胸元を見た。
 揶揄を含んだ視線にリナが耐えられるはずもない。
「この書類見るのに、弁護士資格は必要ないはずよっ。」
 ぎらぎらと輝き睨み付けてきた紅い瞳に、事務員は息を飲んだ。
 ぱっと見、ビスクドールのような少女なのに、この威圧感は只者ではない。
 事務員はちょぴっと震える手でカウンターの抽斗を開け、キーを取り出した。
「わたしについてきてください。」
「分かったわ。」
 リナはにやりと笑って、事務員に従った。
 びくびくとする事務員のあとをついて、『陪審室』と書かれた部屋に入る。
 壁に沿ってファイルキャビネットとダンボールが並んでいるだけの部屋である。
 事務員は壁を指差した。
「あの壁にある書類です。それ以外は別件の書類。」
「公判はいつだったの?」
「去年の夏。4ヶ月かかりました。」
「上訴書面はどこ?」
「まだ完成してないんです。期限は11月1日だったかと・・・。あなたは新聞記者か何かですか?」
 怯えた表情のままの事務員の問いかけにリナは首を振った。
「いいえ。」
「よかった。これは確かに公文書ですが、予審判事がいくつか閲覧制限をしていて。閲覧者の氏名と訪問日時は控えることと、持ち出し禁止、コピーも禁止、あと、もとの場所に戻すこと。」
 リナは眉を顰めた。
「コピーをとっちゃいけない理由は?」
 小首を傾げて問いかける様子は大変に可愛らしいが、先ほどの威圧感を事務員は忘れていない。
「質問は裁判官にお願いします。ええと、お名前は?」
「リナ=インバース。」
 事務員はクリップボードにその名を書き込んだ。
 書き込みながら、ふと思い出す。
 そーいえば、いきつけのバーで青あざだらけのガラの悪い男が自棄酒を飲んでいるのを見たことがある。何でも、『リナ』という女に絡んだら逆にぼこぼこにされた上、慰謝料をふんだくられた、とかなんとか・・・。
 事務員は背筋が凍るような思いで、キャビネットを睨んでいる少女を振り返った。
 小柄で愛らしい外見の少女だ。いくら、先ほどの目に殺気を感じたとはいえ、あんなガタイのいいチンピラを倒すなんて有り得ない、有り得ないでほしい。
 事務員はふるふると頭を振って思考停止した。
 世の中には知らない方がいいこともある。
 事務員はひきつる顔に無理やり笑みを浮かべた。
「ここにはどのくらいいらっしゃるんですか・・・?」
 やたらと丁寧な言葉になるのは人情というものだ。
 リナは時計をちらりと見た。
「そーね、4時間くらい、かしら。」
「ここは5時には閉館です。帰るときには、またわたしに声を掛けてください。」
 事務員はそれだけ言って、やけに足早に部屋を出て行った。
 リナは事務員にはもう関心はなかったので、すぐにキャビネットへと足を運んだ。
 抽斗を開けて、目当てのものを取り、ノートをとりはじめた。
 7年に渡る法律戦争。莫大な費用。
原告はたった一人で対するは38もの会社。
1審では被告の勝利だったが、その結果は芳しくなかった。
原告はその判決が買収によるものだと主張した。
 果てしなく続く悪意の螺旋の間に、死んだ弁護士もいるようだ。
 リナはその話を裁判期間中に実習生のときに少しだけ関わったというクラスメイトから聞き出していた。
 リナはファイルキャビネットを睨みつけた。
 全てを見つけ出してやる。
 闘志に燃えた瞳は炎のような輝きを宿していた。

 
 キャラハンは苛々しながら、リナのアパートメントのドアをノックした。
 今日で4日もリナはキャラハンを避けていた。
 探偵ごっこに夢中なのか、図書館に篭りきり、電話の返事もよこさず、講義も欠席している。
 苛立ちと不安に苛まれながら、キャラハンはもう一度ドアをノックした。
 ドアチェーンの動く音が聞こえてきた。
「だれ?」
 チェーンを掛けたまま、リナが問いかけてきた。
「トーマス=キャラハンだよ。覚えててくれたかい?よかったら、中に入れて欲しいんだが。」
 ドアが開き、キャラハンは玄関に足を踏み入れた。
 お土産のワインにリナの目がきらきらと輝くのを見て、苦笑を浮かべる。
「僕たちはまだ友人同士かな?」
 寂しそうな男の言葉にリナはくすっと笑った。
「馬鹿ね。当たり前でしょ。ただ、このところ忙しかったのよ。」
 リナの背を追って、キャラハンも中へ入っていった。
 いつも片付いている書斎は今は書類と分厚い本に占拠されていたので、崩さないようにしながらキッチンへ向かう。
「電話したんだぞ。どうして返事をくれなかったんだ?」
「出掛けてたのよ。」
 リナは慣れた手つきでワインの栓を抜き始めた。
「留守番電話があるじゃないか。メッセージを残しておいたのに・・・。」
「そんなにケンカがしたいわけ?」
 リナが栓を抜く手を止めて、キャラハンを睨んだ。
 キャラハンは慌てて首を振った。
「違う!そうじゃない!!怒ってるんじゃないんだ。」
「もういいわよ。」
 リナが肩を竦め、やっぱりお土産のピザを取り出す。
 華奢な白い手がテキパキと動くのをキャラハンは見詰め、視線を上げて小さくふっくらとした唇を見詰めた。
「リナ・・・。」
 キャラハンの掠れた声にリナは眉を顰めた。
「ご飯食べましょ。あと、おしゃべりもね。」
「僕はずっと君の留守番電話と話してた。」
「はいはい。」
 軽くあしらわれ、憮然としつつも、キャラハンはピザの皿を持ち、リナについて居間へと向かった。
 ソファに並んで座ってから、キャラハンはリナの肩を撫でた。その手をぺしりと叩かれる。
 リナはピザを食べながら、キャラハンを少し睨んだ。
「今週はずっと酔っ払ってたんじゃない?」
「ずっとじゃなくて、八割くらいさ。でも、リナが僕を避けてたから悪いんだぞ。」
「何でよ。」
「誰かさんと一緒にすごして、心の重荷をおろしたかったんだ。明日から、旅行にもいくし・・・。」
「何時の飛行機で?」
 リナはワインをグラスに入れ、ちびちびと飲み始めた。
「一時半。ダレス国際空港への直行便だ。8時から夕食会だから、そのあとぶらついて一夜の恋を捜し求めてしまうかも・・・。」
「したいならすれば。」 
 冷たく切り捨てる返事にキャラハンはがっかりしたが、見下ろすと拗ねたような表情のリナがいたので笑顔を取り戻した。
「嘘だよ。君以上の女なんていやしないんだから。」
「当然でしょっ。」
 威勢のいい言葉とは裏腹に頬は真っ赤に染まっていた。
 可愛い。だから、手が出しにくい。
 キャラハンは甘い痛みに顔を顰めた。
「月曜にはつまらん討論会をやって、承認がでるわけもない報告書をまとめ、火曜日にはまた討論をし、何も達成できずに議題は次回に持ち越しで終わりだ。火曜の夜遅くには帰ってこれる。」
「つまらなそうね。何で出るの?」
「メンバーだから。大学教授だから。高等教育をうけた馬鹿どもと顔をつき合わせ、誰も読まない報告書をでっちあげることを期待されてるんだ。出席しなきゃ、学長からガクジュツ的環境に貢献していないと思われちまう。」
 リナは笑って、既に空になったキャラハンのグラスにワインを並々を注いでやった。
「神経ささくれだってんじゃない?」
「この一週間はキツかったからな。」
 キャラハンはリナの剥き出しの足を眺めた。真っ赤なペディキュアが白い足によく映える。唐突に咽喉の渇きを覚えて、キャラハンはワインを一気に呷った。
「で、犯人は分かったのかい?」
「プロの反抗でしょ。新聞読んでないわけ?」
「読んでるさ。しかし、その背後にいるのは?」
「一般では『アンダーグラウンド・アーミー』になってるけど。」
「君は信じてないな。」
「うん。」
「そして、リナは誰も知らない容疑者を追ってるんだろ?」
 リナは苦笑を浮かべ、膝を抱え込んだ。
「んー、怪しい人物は一人いるんだけど。確信が持てないのよね。」
 いつになく弱気な発言にキャラハンは目を丸くして見せた。
「リナに解けなきゃ、誰に解けるんだ。お得意のスルドイ推理を見せてくれよ。」
「からかうんなら、教えてあげないっ。」
 眉を吊り上げて、ぷいっと横を向いてしまったリナにキャラハンは微笑んだ。
「悪かった。でも、4日も僕を無視して考えた結果なんだろ?」
 肩を抱き寄せて囁くと、リナは溜息を吐いた。
「知りたいんなら、ちっぽけな摘要書じみたもんができてるわよ。」
 リナが机の端を指差した。
「さすがは、リナだな。」
 キャラハンはリナの顎に手をかけ、彼女にキスを送ると立ち上がった。
 十枚くらいの紙の束を手にし、キャラハンはリナを振り返った。
「これでお暇するよ。お姫様はご機嫌斜めみたいだし。」
 リナはちょっと罰が悪そうに頬を掻いた。
「う・・・、ま、あたしの態度はほめられたもんじゃなかったかもしれないけど・・・。」
 リナの言葉にキャラハンは笑った。
「じゃあな、リナ。」
「うん、旅行、気をつけてね。」
「ああ、何か美味いものでも探してくるよ。」
「楽しみにしてるわ。」
 『美味いもの』の言葉に顔を輝かせたリナに、キャラハンは苦笑を浮かべた。
 彼女を本当に手に入れるのはまだまだ先の話かもしれない。
 リナのアパートメントを後にしながら、キャラハンはほろ苦い思いを抱いていた。


 サージは小柄な黒人で白髪の老人だ。常時黒いサングラスを掛けているので、ホワイトハウスで働く人間からは目が不自由なのかと思われていた。ゴミ箱を空けたり、家具の拭き掃除をしながら、よくあちこちにぶつかり、ゆっくりと歩く。不平不満を言わずに、笑顔で仕事をこなし、愛想もよい。ただし、大抵の者は身体の不自由な掃除夫のことなど気にも留めないか軽蔑している。それが彼にとって都合がよかった。
 サージは定年まであと3年で危ない橋を渡る気も無い。彼が情報を流しても頭も口も軽い者が罪を着せられるだけだった。彼は一度も情報を流しているのではないかと疑われたことは無い。彼が情報を流すのは、ワシントン・ポストのガウリイ=ガブリエフただ一人。彼はわくわくとガウリイの記事を待ち、掲載後は白い家の連中の動向を楽しく見守るのである。
 あまり治安のよくない界隈の薄暗く、客もまばらな喫茶店。
 サージは入ってくるガウリイを眺めた。
 着古したパーカーにジーンズ、大き目の帽子を目深に被り、薄い色のついたサングラスを掛けている。
 いつでも思うのだが、この図体であの顔で、どうしてここまで存在感をなくすことができるのだろうか。今も、ガウリイに誰も注意を払わない。サージはそれが、ガウリイが意識してやっている結果だと気づいていた。
 ガウリイはコーヒーを頼むと、サージの横に座った。
「よう、友人。会えてうれしいぜ。」
「遅れてすまない。」
 2人は軽く握手を交わした。
「この1週間、ホワイトハウスはてんてこ舞いだったな。」
「ああ、わくわくしっぱなしだ。」
「だろうな。」
 ガウリイサージと話すとき、絶対にメモを取らない。あまりに目立ちすぎるし、2人の間の約束でもあった。
「大統領と取り巻きはローゼンバーグのとき、踊りだしそうなほど喜んでたぜ。」
「ジェンセンは?」
「ホモ野郎の弔辞はやらなかったこと知ってるだろ。やつを褒めるわけにゃいかないとかなんとか。」
 サージはにやりと笑った。
「やつら、今は最高裁の再編に浮かれてるが、情報が漏れるのを極端に嫌ってる。」
「候補は分かるか?」
「アイダホ出身のブライス、ヴァーモントのマクロレンス、くらいか。どっちも無名の若手保守派だな。」
「事件については?」
「あんまり聞こえてこない。どうも、たいした進展はなさそうだ。」
「他には?」
「ない。いつ載る?」
「朝刊には。」
「楽しみだ。」
「恩に着るよ、サージ。」
 礼を言って浮かべたガウリイの笑みに、サージも笑みを返した。
 そして、サージはそろそろ騒がしくなってきた店を去っていく。
 ガウリイは温くなったコーヒーをすすり、サージから聞いた話を頭の中で整理し出した。サージが去ってから30分してから、ガウリイは店を出た。


 ギャビン=ヴァーヒークは約束の時間に間に合ったことはない。もはや趣味の域かと思うほど、彼は必ず遅刻する。1時間は当たり前、ときには2時間待たされることもある。
 キャラハンはシーバスリーガルを胃に注ぎながら、友人を待っていた。長時間に及ぶ討論と意味のない報告書で、鬱憤が溜まっていたので、友人の遅刻癖を幸いに飲み続ける。
 ヴァーヒークがバーに着いたのは、キャラハンがシーバスリーガルの3杯を飲み終えた頃だった。
 ヴァーヒークはムースヘッドを注文しながら、キャラハンの隣に腰掛けた。
「遅れてすまなかったな。」
「すまないなんて思ってないだろ。」
 キャラハンはダブルを頼むと、にやりと笑った。
 ヴァーヒークも笑い返した。
「はは、あんたが相手だからな。」
 キャラハンは友人の顔が青白く、さらに体重も増えている様子なのを眺めた。
「疲れてるようだな。今の体重は?」
「あんたには関係ないだろ。」
「職場から真っ直ぐここか?」
「職場が家庭みたいなもんさ。死体発見からこのかた合計6時間しか寝てない。クリスマスまでには帰るつもりだが、俺が帰らないほうが夫婦仲がうまくいくみたいだ。」
 ギャビンの今の妻は3人目だった。
「奥さんにも会いたいな。」
「おいおい、やめとけって。前の二人は身体目当て。今のはカネ目当てだ。見た目はいいもんじゃない。」
「今何歳だっけ?」
「本気でやめとけよ。俺は女房に惚れてるが。結婚2年目にしてもう分かってる、2人の共通の話題は株だけだってな。」
「はは・・・。」
 2人は運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、話を続ける。
「そーいや、今朝のポスト紙を見たか?」
「ああ、ホワイトハウスと最高裁の候補者だろ。誰が漏らしたんだ?」
 FBI長官の特別法律顧問であるヴァーヒークは肩を竦めた。
「さぁな。ただ、ガーヴはかんかんになってる。長官がリストを受け取ったのは日曜。それ以降、そりゃー厳重に隠してた。だが、日曜の朝にはブライスとマクロレンスが載ってる。朝からホワイトハウスに行って、補佐官のフィブリゾと殴りあいそうになって、ラルタークがそれを止めたらしい。」
「面白そうじゃないか。」
 キャラハンの無責任に面白がる様子に、ヴァーヒークは怒るでもなく頷く。
「ああ。先に言っとかんと、お前は他の名前を聞こうとするから話した。これ以上は俺は話さんぞ。」
「分かってるよ、それで?」
「なんにせよ、俺たちから情報が漏れたわけはない。残りはホワイトハウスだ。あそこにはフィブリゾを恨んでる連中が山のようにいるからな。」
「実はフィブリゾが漏らしたとか・・・。」
「ありうるな。最初にブライスとマクロレンスを出しときゃ、本命がそれより中道っぽく見えるし・・・。」
「聞いたことない名前だったが・・・、その2人どんなやつなんだ?」
「保守タカ派の裁判官。実地経験はゼロに近い。」
「リストの他のやつらは?」
「だから、言わないよ。ただ、2人が全体の傾向を表してはいる。」
「無名の若手、保守派ってことか・・・。」
 考え込むようにキャラハンは新しく注文したスコッチをゆっくりとすすった。
 ヴァーヒークはネクタイをゆるめ、笑った。
「女の話をしようぜ。」
「いやだ。」
「何歳なんだ。」
「20歳。」
 キャラハンの短い返事にヴァーヒークは大げさに目を丸くして見せた。
「親子程も年が離れてるじゃないか。」
「並んで歩いたら余計そう見えるかもな。見た目は幼いし・・・。でも、年齢よりも大人だよ。」
「20歳で大人?」
「ああ、それに頭もいい。俺でも舌を巻くほど、な。」
 キャラハンの少し綻んだ口元を見て、ヴァーヒークはにやりと笑った。
「出身は?」
「デンヴァーだ。」
「西部の女はいいよな。独立心旺盛、リーヴァイスを好んではいて、いい脚をしてる。で、金持ちなのか?」
「確かに脚はいいが・・・。金はどうだろうな。父親と母親は飛行機事故で亡くなってて、遺産を姉と等分したらしい。」
「金持ちか。」
「食うに困らん程度には。」
「へぇ、写真は?」
「孫やプードルじゃないんだぞ。」
「美人なんだろうな?」
「人形っぽいくらい可愛い。」
 仏頂面で語るキャラハンの様子にヴァーヒークは笑いだした。
「何だよ?」
 憮然としてキャラハンが睨み付けると、ヴァーヒークは可笑しそうに目じりの涙をぬぐった。
「これが笑わずにいられるかよ。女の使い捨てでは人後に落ちないヤツが、一人の女に心底惚れてるんだぞ。結婚するのか?」
「まさか・・・。」
「で、どのくらい続いてる?半年?一年?」
「5ヶ月と3週間だ。他言は無用だぞ。」
「新記録じゃないか。で、身長体重は?」
「155ないんじゃないか・・・、体重は相当軽いと思う。華奢だからな。」
「小柄か・・・。お前、本気だな。今までチアリーダータイプの長身長髪ナイスバディで頭脳明晰しか相手にしなかったじゃないか。」
「うるさい。」
「どこがよかった?身体?」
「瞳だな。ルビーみたいな・・・おい、笑うなよ。」
 肩を震わせてヴァーヒークは笑いを堪えようとした。
「お、お前・・・『君の瞳に恋してる』なんて・・・クサいぞ。」
「いいんだよ。リナだから・・・。」
 キャラハンは少しむっとしたようだったが、恋人の名前を言う瞬間眼差しが優しくなった。
 ヴァーヒークは笑いを収め、グラスを掲げた。
「いいな。俺もそんな相手見つけたいよ。」
「今の奥さんは?」
「あと半年もすりゃ、あっちが離婚訴訟を起こすさ。」
 ヴァーヒークはあっけらかんと言ってグラスを空にし、新たに水割りを頼む。
 キャラハンはさらにスコッチを注文する。
「で、2人を殺した犯人は誰なんだ、ギャビン?」
 ヴァーヒークは水割りを流し込み、眉を顰めた。
「知ってたら、まず話さない。だが、誓って知らないんだ。犯人は何の痕跡も残さずに消えた。緻密な計画をもとに完璧に実行している。手がかりは皆無なんだ。」
「ローゼンバーグとジェンセンの組み合わせの意味は?」
「単純だ。2人とも極めて殺しやすかった。2人とも無防備だった。あの2人以外、あの時刻にはFBI捜査官を置いてた。それが理由さ。」
「選んだのは誰なんだ?」
「豊富な資金源があるやつ。殺し屋は正真正銘のプロだ。」
「2人を殺すのにいくらかかる?」
「数百万。さらに計画の立案にも金が掛かってる。」
「それでも、犯人の目星はつかないのか?」
「おいおい・・・、俺は捜査官じゃない、ただの法律屋だぜ?情報握ってるのは俺じゃない。」
「だが、長官とファーストネームで呼び合う仲だろう?」
「電話くらいはかかってくるが、ね。」
「最近、話したことは?」
「やけにしつこいな?ああ、今朝も話した。長官は27人の法律調査官全員に全連邦裁判所の訴訟一覧表から手がかりを探せというんだ。たしかに、最高裁まで上がってくる訴訟には最低2つの勢力がからんでる。最高裁裁判官の2人か3人いなくなって、どっちかの主張に肩入れするやつが入れば、どこかの誰かが恩恵を蒙る。だがなぁ、最高裁までくる裁判なんて数千件あるんだぞ!そこから1つを選び出せるわけがない!!徒労になりますよって進言したさ。」
「長官はなんて?」
「当然、同意してくれたよ。ポスト紙を読んで、俺から何か引き出そうと思ったらしいが、馬鹿な話さ。」
 キャラハンは黙り込み、しばらくグラスを見詰めた。
「ギャビン・・・。」
「なんだ?」
 ヴァーヒークは真面目な顔をしている友人を不思議そうに見た。
 キャラハンは上着のポケットから分厚い封筒を取り出し、ヴァーヒークの前へ置いた。
「時間があったらこれを読んでくれないか?」
「なんだ?」
「一種の事件摘要書だな。」
「俺は摘要書ってのは嫌いなんだ。法律もきらいだし、お前さんは例外だが、法学教授も嫌いだ。」
「これを書いたのはリナだ。」
「今度さっそく読むよ。で、内容は?」
 手のひらを返したような友人の態度にキャラハンは苦笑した。
「もう答えは出したも同然だぞ。リナは頭の回転が速い女で、積極的で熱心な法学生なんだ。たいていの連中より文もうまい。で、彼女が今夢中なのが憲法学なんだ。」
「よりによって、ねぇ・・・。」
「先週、リナが僕を4日間も僕を無視して、講義も休んで書き上げた。ただし、本人はこの仮説を捨ててる。でも、素晴らしいんだよ。」
 ヴァーヒークは真剣な表情の友人に心を動かされ、上着のポケットに封筒を押し込んだ。
「どんな仮説なんだ?」
「ちょっと風変わりな仮説さ。とにかく読んでみてくれ。損はしないさ。」
「リナちゃんが書いたなら読むさ。」
「ちゃん付けなんかしたら、殴られるぞ。」
「小柄で華奢でお人形みたいな彼女が?」
 キャラハンは笑った。
「小柄で華奢で人形みたいに可愛いけど、炎みたいな女なんだよ。」
「激しいんだな。」
「嵐みたいだ。・・・その辺の男なら片手でのしちまうくらいには強いしな。」
「・・・マジか?」
「くだらん嘘はつかんよ。」
「はまるとヤバいタイプか。」
「ああ。」
「喜んではまってんだろ。」
「・・・。」
 無言で微笑んだキャラハンにお手上げだというように、ヴァーヒークは肩を竦めた。
 そして、2人はまたしばらく他愛ない話を続け、真夜中すぎに別れた。


長いです。どんどこ読みとばしてください。
ガウリイは自分が目立つ自覚があるので、顔の隠れるような格好を気をつけてしてます。
(2005 4/9)