11
 土曜の夜明け前、ガウリイはガルシアからの電話を受け取った。
 今日は2人が初めて顔を合わすはずの日だった。しかし、約束の2時間前にガルシアから電話してきたのだ。
〈やっぱり、駄目です。約束を取り消します。事が露見したら、強力な弁護士と資金力のある依頼人が失墜してしまう。彼らはきっと他人を巻き込みます。わたしには妻も子供もいる。わたしは悪くない・・・。〉
 言い募るガルシアにガウリイは溜息を堪えた。
「なら、なんで電話し続ける?」
〈あの2人が殺された原因に心当たりがあるからです。妙なものを目にしたから・・・。〉
「あんたは、道徳心に突き動かされてる。だから、オレに電話してきてるんだよ。」
〈ええ、でも、わたしが知っていると連中に勘付かれてる可能性があるんです。わたしへの応対が妙で・・・、質問したがってるけれど、確証がないから質問できないような・・・。〉
「それは、あんたの法律事務所の連中か?」
〈ええ。って、待ってください。どうしてそれを?〉
「簡単なことさ。政府関連にしちゃ、勤務開始時間が早い。大法律事務所だと、アソシエイトやジュニア・パートナーは週百時間働かされるのが常識だ。最初に通勤途中に電話してきたとき、朝五時だっただろ?」
「ああ・・・。他には何をご存知なんですか?」
「そんなには分からんさ。」
「そう、ですか・・・。おやすみなさい、いい夢を。」
 ガルシアからの電話が切れた。
 ガウリイはしばらくじっと受話器を見詰めていた。
 がしがしと頭を掻き、予定変更になったのでとりあえず寝る準備に入る。
 ベッドに横たわり、うとうとし出す。
リリリリリ・・・
 ガウリイは現在電話帳に電話番号を載せている。どうでもいい情報を流されて鬱陶しくてそれをやめることもしばしばあるが、今は情報が欲しくて電話帳に載せている期間だ。
 ガウリイはベッドに入ったまま腕を伸ばして受話器をとった。
 自宅にこんな時間に掛かってくる電話には秘密めいた内部情報が多い。
 もしかしたら、ガルシアかもしれないし。
〈もしもし?〉
 若い女の声だった。
〈ワシントン・ポスト紙のガウリイ=ガブリエフさんですか?〉
「ああ、そうだが。そちらは?」
〈ローゼンバーグとジェンセンについての記事は今後もお書きになりますか?〉
 女は名乗らなかったが、ガウリイが無視できないことを言っていた。
 ガウリイは身を起こして時計を見た。今は5時半だ。
「もちろん。重大事件だからな。」
〈ペリカン文書という言葉に聞き覚えはありますか?〉
 ガウリイは深呼吸して、考えをまとめようとした。
 手をメモ帳にのばす。
「いや、初耳だ。なんだい、それは?」
〈2人を殺した犯人についてのつまらない仮説です。この間の日曜日、トーマス=キャラハンという男の手でワシントンへと運ばれました。キャラハンはテューレーン大学ロースクールの教授です。キャラハンはFBIにその文書を渡し、文書はあちこちへと回覧されました。ことは大きくなり、キャラハンは水曜日の夜、車に爆弾を仕掛けられてニューオリンズで殺されました。〉
 女は淡々と語った。
 ガウリイはメモを書きなぐった。
「今、どこから電話してるんだ?」
〈ニューオリンズの公衆電話。逆探知をしても無駄です。ここは二度と使いません。〉
 女は少なくともガルシアより賢明なようである。
「どんないきさつでその話を知ったんだ?」
〈あたしが、その文書の作者だからです。〉
 ひどく静かな声だった。
 ガウリイは息を飲んだ。
「そうか・・・。君が書いたんなら、内容は教えてくれるよな?」
〈今はちょっと。仮に貴方の手元に文書があっても、記事にできないことは間違いないですし。〉
「それはどうだろう。」
〈できませんよ。裏づけを取らずに載せられるわけがありません。〉
 女は断言する。
「ま、その通りかもしれんが・・・。今、容疑者としてあがってるのは〈アンダーグラウンド・アーミー〉とクー・クラックス・クランと、カーメル、アーリア人純血主義者――――。」
〈どれでもありません。全部目立ちすぎてます。ペリカン文書はもっと目立たない容疑者について書かれています。〉
「今ここで、その容疑者を教えてくれないか?」
〈少ししたら話せるかもしれません。貴方は豊富な情報源をもっているんでしょ?何を探し出すかお手並み拝見ですね。〉
「キャラハンの件なら、電話一本で調べられる。24時間の猶予をくれるか?」
〈じゃあ、月曜日の朝に電話します。取引をするなら、あたしに実のあるものを見せてください。〉
 しっかりとした口調で取引を申し出る女のことをガウリイは考えた。
 彼女はまだ暗い中、公衆電話から掛けてきている。それが意味するのは。
「君は危険にさらされているのか?」
〈ええ。でも、今のところは大丈夫です。〉
 声からすると、まだ若い。文書を書いた本人で、法学教授の知り合い。
「弁護士なのか?」
〈いいえ。わたしの身元調査なんかしないで、時間を無駄にしないでください。仕事をしていただけないなら、あたしは別のところへ行きます。〉
「分かった。君を何て呼んだらいい?」
〈・・・ペリカン、とでも。〉
 電話が切れた。
 ガウリイはメモを睨み、どこから手をつけるかを考え出した。


 テューレーン大学の図書館の資料室の窓から、ペリカンは葬式の様子を見ていた。
 幾人もの参列者と、テレビカメラが数台。
 リナは窓枠を手が白くなるほど握り締めた。
 今まで、逃げるのなら追悼式の後だと思っていた。けれど、犯人を追い詰められるのはリナしかいない状況になっていた。
 FBIは手を引いているし、ヴァーヒークも何も掴んでいない。リナしか、犯人を知らないのである。
 ふいにリナは身を乗り出した。
 あの男だ!顔の細い長身の男だ。今日は眼鏡をかけていないけれども間違いない。
 男は入り口の前で足をとめ、周囲を見回していた。そして、礼拝堂へと入っていく。
 トーマスを殺した連中のくせに、その葬儀に出席するなんて・・・。
 10分後、男は出てきて、ゆっくりと車の方へ歩き出した。やや遅れて、背が低く、がっしりとした体格の男が出てきて、歩を速めると痩せ型の男の横に並んで歩き出した。2人でひそひそと話した後、痩せ型の男は姿を消し、がっしりとした男の方は車に座った。そして、そのまま視線を入り口へと向けていた。
 リナは戦慄を禁じえなかった。
 あのがっしりとした男は、リナが礼拝堂に来ないか、または、礼拝堂から出てこないかを見張っているに違いない。
 

「ミスター=スネラーを探している。」
 あるホテルの508号室にカーメルは声を掛けた。
 するするとドアの下から封筒が出てくるのを拾い、隣室へ入る。
 電話が掛かってきた。
〈スネラーだ。〉
「ああ、女のことを教えてくれ。」
〈封筒の中に写真が入っている。〉
 カーメルは封筒を開け、中から一枚の写真を見つけた。
〈ロースクールの年鑑からとったものだ。〉
 生真面目な顔をしたビスクドールのような少女がそこに写っていた。
幼い顔立ちに、細い身体つき。
「ガキだな。」
〈ああ、だが、大学教授の女だったんだ。見かけによらんかもしれんぞ。水曜の夜、その娘はクレジットカードをつかってホテルにチェックインした。木曜から水曜までは見張っていたんだが、水曜の夜に姿を見失った。巧みに逃げ回る才能があるようだ。木曜にカードでとまった後の足取りは消えている。金曜の夜に銀行口座から5千ドルを引き出したところまでだ。手がかりは冷え切ってる。〉
「街を出た可能性もあるな。」
〈そうだが、まだ出ていないと考えている。昨夜、娘のアパートメントに何者かが侵入した。盗聴器を仕掛けてあったんだが、2分の差で逃がしてしまった。〉
「フットワークが重いんじゃないのか?」
〈ここは大都会なんだぞ。空港と列車の間には見張りを立てている。唯一の肉親の姉は海外で所在経歴が何故か不明だ。デンヴァーの叔母とやらのところも見張ってるが、姿を見せない。まだ、この街にいると考えられる。〉
「じゃあ、どこにいると?」
〈あちこち移動しながらホテルを泊まり歩き、公衆電話をつかって連絡を取り、いつも立ち寄る場所は避けてるんだろう。ニューオリンズ警察もこの娘を捜している。水曜日の爆破事件のあと、警察が事情聴取をしたようだが、その後逃げ回っているからな。我々と警察が捜してるんだ、いずれ燻り出されるだろう。〉
「爆破事件のとき、なぜ死ななかった?」
〈単純な話だ。娘は車に乗っていなかった。〉
「爆弾を作ったのは誰だ?」
〈それは言えない。〉
 カーメルは薄っすらと微笑んだ。それから、同封してあった地図についての説明を聞き始めた。

 
 ギャビン=ヴァーヒークは大学葬の後、ロースクール周辺の酒場を歩き回った。
 ビールをすすりながら、落ち着きのない若者たちと話し続けた。
 ときにはFBIの法律顧問という身分を明かし、名刺を渡してリナを見かけたら連絡をくれるように頼んだりもした。身分をみだりに明かしてはならないことは分かっていたが、ウェイターなどには身分を話したほうが信用してくれることが多かったのだ。
 5軒ほど回って疲れ果て、ヴァーヒークはホテルのベッドに靴を履いたまま眠っていた。
リリリリリ・・・
 ヴァーヒークは跳ね起き、受話器をひったくるようにして取った。
「もしもし!!」
〈ギャビン?〉
「リナか。無事だったんだな。」
〈ええ。〉
 ヴァーヒークは安堵の息を吐いた。
「この先どうするつもりだ?いつまで身を隠す?」
〈あたしを追いかけてるのは誰なの?〉
「かなりの数の人間だろうな。」
〈誰なのよ?〉
「分からん。」
〈正直に話して!!〉
「わかった。君の書いた文書が誰かの弱みを直撃したんだろう。君の推測はあたってた。あの文書の存在がまずい連中の知るところとなり、トーマスが殺された。そして、連中は君も見つけ次第殺す気だろう。」
〈あたしたちには、ローゼンバーグとジェンセンを殺した犯人の目星がついているわけね?〉
「ああ。」
〈なら、どうしてFBIは、手をこまねいているの?〉
「隠蔽工作を進行させているのかもしれない。ホワイトハウスから圧力がかかってきて、捜査を中断することになったんだ。」
〈ねぇ、連中はどうしてあたしを殺せば全てを闇に葬れると考えているの?〉
「分からない・・・。だが、もしかすると君がさらに知っていると思い込んでいるのかも。」
〈・・・爆破直後、あたしは偽警官に連れて行かれそうになったわ。本当の警察が来たとき、彼は逃げていった。あたしはショック状態でまともに顔も見てないけど。〉
「リナ、我々の庇護のもとに来るんだ。」
〈木曜の午前中、見覚えのある顔を見たって言ったでしょ?〉
「ああ。」
〈今日の葬儀にも来てた。あと、仲間らしき体格のいい男もいた。礼拝堂を見張っていたわ。〉
「君はどこにいたんだ?」
〈遠くから見てたの。〉
「リナ、彼らに次に会ったときが君の最期だぞ。」
〈そのときにならなくちゃ分かんないわよ。ニューオリンズにはあとどのくらい滞在するの?〉
「2,3日だ。君を見つけるまではこっちにいるつもりだ。」
〈あたしはここにいるわ。・・・また明日、電話するかもしれない。〉
「分かった、というしかないんだろうな。」
 電話は切れた。
 ヴァーヒークは受話器を叩き付けた。
「どうして危ないと分からない!!」
 しばらく罵った後、彼は眠りについた。



 やぁあああっと、リナとガウリイに接点が・・・。
 でも、出会うまでにもう少し掛かるんです。
(2005 4/21)