13
 ホワイトハウスの公式情報提供者は、『ペリカン文書』なるものの存在を知らないという返答をよこしてきた。サージも初耳だと言う。だめもとでかけたFBIへの電話でも何も判明しなかった。司法省の友人からも聞いたことがないという答えだった。キャラハンについては、ニューオリンズの新聞を見つけたことで裏が取れた。
 そういうわけで、月曜日にペリカンから電話が掛かってきたとき、ガウリイには新情報の持ち合わせがまったくなかった。
〈公衆電話からです。妙なマネはしないでください。〉
 ペリカンは開口一番にそう言った。所在は知りたいものの、公衆電話の場所は毎回変えると明言した相手に、逆探知をかけても意味はないことは分かっている。
「ああ。こっちはまだ取材中だ。仮にそんな文書があるとしても、厳重に秘密にされているようだな。」
〈存在することはあたしが保証します。顔の見えない相手にどれだけの信用があるかは分からないけれど・・・。厳重に守られている理由もあたしにはわかります。〉
 ガウリイはペンの先で頭をかいた。
「まだ、話してくれないことがあるようだなぁ。」
〈沢山あります。〉
 ペリカンは即答し、すぐに言葉を続けた。
〈その文書のおかげで、あたしは昨日殺されかけました。この分だと、当初の予定より早く打ち明けられそうです。生きているうちに、知っていることを話してしまいたいから。〉
 ペリカンの声は強気だったが、少しだけ震えていた。
「誰に殺されかけたんだ?」
〈ローゼンバーグとジェンセン、それにトーマス=キャラハンを殺したのと同じ連中です。〉
「名前は知っているのか?」
〈下っ端の名前は分かりません。けれど、水曜日から今日に至るまでに、最低3人の顔は見ています。彼らはニューオリンズであちこち探し回り、あたしが愚かな真似をしたらすかさず殺そうとしているんです。〉
「『ペリカン文書』を知っている人間は何人いるんだ?」
〈いい質問ね。まず、トーマスがFBIにその文書を渡し、長官がそれを見たことまでは確かです。たぶん、FBIからホワイトハウスに流れたんじゃないかしら。おそらく大騒動が起こり、FBIに渡した2日後に、トーマスは殺されました。あたしも一緒に殺されるはずだったんですけれど。〉
「キャラハンと一緒にいたのか?」
〈近くにいたけれど、道連れになるほどではなかったんです。〉
「つまり、現場近くにいた正体不明の女性なんだな。」
 ガウリイは見つけたニューオリンズの記事を思い返した。
〈新聞ではそう書かれていました。〉
「なら、警察には名前が知られているはずだ。・・・オレにも教えてくれないか?」
〈そう、ね。〉
 ペリカンは小さく息を吐いたようだった。
〈名前はリナ=インバース。テューレーン大学ロースクールの2年生です。トーマスはあたしの教授で・・・恋人だったんです。あたしが『ペリカン文書』を書き、それをトーマスに渡した。そのあとの話は言いましたね。そこまでは、分かりましたか?〉
 ガウリイは猛然とメモをとった。
「ああ。続けてくれ。」
〈フレンチ・クォーターにも飽きてきたから、そろそろこの街を出ようと思います。明日、どこかから電話します。大統領選挙の経過報告書を見ることはできますか?〉
「あれは公文書だからな。」
〈分かってます。つまり、どの程度迅速に情報を入手できるか知りたいんです。〉
「どんな情報を?」
〈この前の大統領選挙での大口寄付書のリストを。〉
「そんなことなら難しくない。今日の午後には手に入る。」
〈なら、調べてください。明日の朝、また電話します。〉
「わかった。君は『ペリカン文書』のコピーは持っているのかい?」
 ペリカンすなわちリナは、一瞬口籠った。
〈・・・手元にはないけれど頭に入っています。あたしが著者ですから。〉
「じゃあ、誰が暗殺の犯人か知っているんだな?」
〈ええ。でも、ここで喋ったら、貴方の名前はたちまち連中の要殺害人物リストに掲載されます。〉
「教えてくれ。」
〈焦らないでください。明日電話します。〉
 電話は切られた。
 ガウリイは受話器を戻し、しばしそれを見詰めていた。それから、メモパッドを手に持ち、デスクの迷路をジグザグに歩いて、編集副主幹のガラス張りのオフィスに向かった。
 副主幹は襟足までの金髪のなかなかの美形中年である。彼はオフィスのドアは常時開放する方針をとっていた。
 ガウリイはオフィスに入ると、ドアを閉めた。
「そのドアは開けたままにしておくはずだぞ。」
 静かな声でミルガズィアは言った。いっそ、俳優にでもなったらいいと思うような渋い声だった。まあ、ガウリイに人のことは言えないのだが。
「話があるんです。」
「話なら、ドアを開けたままでもいいだろう。」
「すぐに開けます。」
 ガウリイは押し留めるように両の手のひらをミルガズィアに向けた。
「何の話だ?」
「特ダネです。」
 ミルガズィアは微笑んだ。
「そんなことは、お前がドアを閉めたときから分かっている。」
 ガウリイは苦笑し、すぐに表情を引き締めた。
「たったいま、リナ=インバースという名の若い女性との2回目の電話を終えたばかりです。彼女はローゼンバーグとジェンセンを殺した犯人を知っているんです。」
ミルガズィアは目を見開いた。
「確かに特ダネだ。しかし、なぜ分かったのだ?彼女はどうやって知った?どうやって証明する?」
「まだ記事にはしません。話してくれている途中なので。こいつを読んでみて下さい。」
 ガウリイはキャラハン死亡を報じた新聞記事の切り抜きを渡した。
 ミルガズィアはじっくりと記事に目を通した。
「で、このキャラハンという男は?」
 鋭い眼差しがガウリイに注がれる。
「1週間前の今日、そのキャラハンは『ペリカン文書』の名前で知られる文書をワシントンでFBIに渡しました。どうやら、その文書に未だ正体不明の暗殺の犯人が記されていたようです。その文書はあちこち回ったあげくホワイトハウスまで流れました。その2日後、キャラハンは殺害されました。リナ=インバースは、その記事にある身元不明の女性が自分だといっています。キャラハンと同行していて死ぬはずだったんです。」
「なぜ、その娘が死ぬはずだったのだ?」
「その文書の作者なんですよ。そう主張しています。」
 ミルガズィアは眉間に皴を寄せ、キャラハンの写真をまじまじと見詰めた。
「その文書はどこにある?」
「知りません。」
「内容は?」
「それも知りません。」
「つまり、まだ何も分かっていないということだな?」
「今のところは。けど、彼女が文書の内容を話してくれたら・・・。」
「おれはいつになる?」
 ガウリイは口籠った。
「・・・まもなく、だと。」
 ミルガズィアは記事の切抜きをデスクの上に置いた。
「その文書さえ手に入れば、最高の記事ができるな。しかし、今の状態では載せられん。載せるにしても、正確無比な裏づけが必要だろう。」
 ガウリイは表情を輝かせた。
「ゴーサインはもらったと考えていいですね?」
 ミルガズィアは腕を組んで頷いた。
「ああ。ただし、私には逐一報告をしろ。私と話し合うまでは一語たりとも記事にするのではないぞ。」
「イエッサー。」
 ガウリイはにやっと笑ってオオフィスを出た。


 ホワイトハウスの大統領執務室で、フィブリゾ=ヘルマスターは大統領デスクの前を往復しながら、受話器に耳を傾けていた。その表情から、大統領は電話内容が悪いものだと分かった。しかし、この往復歩きはなにやら勘に障る。ひとこと言うべきかもしれない、と大統領は思った。
 フィブリゾは受話器を乱暴に叩きつけて切った。
「電話を乱暴に切るんじゃない。」
 大統領がとがめたが、フィブリゾは顔色ひとつ変えなかった。
「申し訳ありません。ジークマンからの電話でした。」
 ジークマンはホワイトハウスの公式な報道担当者だ。
「ガウリイ=ガブリエフが30分前に電話を掛けてきて、『ペリカン文書』という文書について何か知らないかと質問したそうです。」
 大統領は眉を顰めた。
「やつはどこでコピーを手に入れた?」
 フィブリゾはデスクの前をまた行ったり来たりしながら、ふんわりとした髪をかき上げた。
「ジークマンは何も知りませんから、正直に全くしらないと答えたそうです。」
「あいつは無知蒙昧な輩のトップだからな。できれば、クビにしたい。」
「おおせのままに。」
 フィブリゾはデスクの正面の椅子にすわり、両手をあごの下で組んだ。
 考え込んでいる様子のフィブリゾに大統領はなるべく自分から声を掛けたくはなかった。
やがて2分後には大統領は耐えられなくなり、自ら口を開いた。
「ガーヴが情報を漏らしたのだろうか?」
「漏れたとしたら、ガーヴだとは思います。しかし、ガウリイははったり上手でも有名ですから、実際に見たわけではなく、かまをかけてきただけではないかと。」
「だが、あの文書のことで嘘八百の記事を掲載されたらどうする?どうするんだっ!」
ばんっ
 大統領はデスクを平手で殴りつけ、立ち上がった。
「そうなったら、どうするっ?新聞はわたしを憎んでいるんだぞ!!」
 フィブリゾは興奮した大統領を宥めるように笑みを浮かべた。
「裏がとれないことには掲載するわけはありません。荒唐無稽な文書に空騒ぎをしているだけです。」
 大統領は仏頂面で椅子に座りなおした。
「ガウリイ=ガブリエフはどこで、その話を聞きだしたんだ?」
 フィブリゾは立ち上がり、腕を組んでまた往復歩きをしだした。
「分かりません。ホワイトハウスでも、知っているのはわたしと閣下だけ。連中が持ち込んだコピーは一通だけ。その一通はワタシノオフィスに鍵をかけてしまってあります。わたしがコピーしたもう一通はゼロスのところです。しかし、ゼロスは秘密を守るでしょう。」
 大統領は黙って首を振った。
 フィブリゾは頷いた。
「ええ、お考えの通り、今頃は千通を越えるコピーが出回っているでしょうね。しかし、所詮人畜無害な代物です。我々の友人が犯罪に手を染めていなければですが。そうなら・・・。」
「わたしは一巻の終わりだな。」
「ええ、わたしたちは一巻の終わりです。」
「我々が受け取った金の額は?」
「直接的なもの、間接的なものを合計すると、数百万ドルになります。」
 合法的な金と非合法的な金。ただし、大統領は金の動きについてはほとんど知らなかったし、フィブリゾも口をつぐんでいた。
「ガブリエフに電話してやれ。やつが何をつかんでいるのか、そいつを探り出すんだ。はったりなら、すぐに分かるだろう。」
「どうでしょうか・・・。」
「前にもあの男とは話したことがあるんだろう?ガブリエフのことは誰でも知っている。」
「ええ、話をしたことはあります。しかし、わたしがいきなり電話しても、ガブリエフの疑いを招くだけです。」
「それもそうだな。」
 大統領は自分の考えをあきらめた。
「最悪の予想は?」
「我々の友人が事件に関与していた可能性はあります。閣下はガーヴに操作の中断を命じました。我々の友人のことがマスコミに露見した場合、ガーヴは閣下から他の容疑者を追うように命じられたと発表するでしょう。となると、隠ぺい工作だと騒がれ、再選はすっぱり諦めなければなりません。」
「他には?」
 フィブリゾは数秒黙り込んだ。
「今回の騒動はただの空騒ぎです。あの文書は空想の産物にすぎません。ガブリエフは何も見つけ出さないでしょう。」
 フィブリゾはそう言うと、ドアに手をかけた。
「スタッフ会議に行ってきます。昼にはスカッシュの試合があるんです。1時には戻ります。」
 フィブリゾの姿が消えてから、大統領はふっと肩の力を抜いた。
 今日の午後にはゴルフの予定がある。だから、文書のことは忘れよう。フィブリゾが心配していないなら、自分が心配する必要はない。
 大統領は受話器をとりあげると番号を打ち込んだ。辛抱強く待って、やっとゼロスを捕まえることに成功する。
 ゼロスはゴルフが下手で、大統領がへこませることのできる数少ない人間の一人だった。ゼロスは苦手だが、ゴルフとなると勝てる相手とやりたくなるのである。
「やあ、ゼロス。午後一緒に18ホールを回らないかね?」
「かまいませんよ。仕事は山のようにありますが、大統領閣下のじきじきのお誘いとあらば、喜んで参上いたします。」
 穏やかで愛想のいい声に大統領は満足した。
「ところで、ゼロス。」
「はい?」
「『ペリカン文書』の件だが、ニューオリンズのほうの情勢は?」
 電話の向こうで、ゼロスは紫暗の瞳を細めた。
「そうですね〜。金曜日にミスター=ヘルマスターにも言ったんですが、あれは極めて想像力に富んだ一級のフィクションですね。あの作者はロースクールなどやめて、作家でも目指したほうがいいんじゃないでしょうか。あははは。」
「ふむ。では、何も出てこなかったんだな?」
「鋭意捜査中です。」
「では、3時にな。」
 大統領は電話を切ると、真っ直ぐパターのほうへ向かった。


 ゼロスったら、しらばっくれちゃって!!(2005 5/5)