15
 トロープは周囲をさりげなく見回すと、ベンチに腰を下ろした。手に持っていた紙袋かからバナナを取り出して皮をむく。彼は銀髪の同僚と違ってバナナが嫌いではない。
 バナナを齧っていると、向こうからブッカーと名乗る男が近づいてくるのが見えた。
 ブッカーは紙コップに入ったコーヒーを持って、トロープの隣に腰を下ろした。
「ニューオリンズで、部下をひとり亡くした。」
 トロープは頷いた。
「自分で殺されたようなもんだな。」
「そうだ。しかし、死んだことに変わりはない。そっちの連中は、あの街にいってたのか?」
「ああ。だが、あの男が来ているのは知らなかった。接近はしていたが、見張っていたのは別の相手だった。彼は何をしていたんだ?」
 ブッカーはコーヒーを啜った。
「分からない。葬儀に出席し、例の娘を探そうとし、他の誰かをさがそうとし、そして、今、我々が顔を合わせることになった。・・・あれは鮮やかな仕事だっただろう?」
 トロープは肩を竦めた。FBIが殺人テクニックについて、何を知っているというのだろう。
「まあまあかな。自殺に見せかけようと形ばかりの細工がしてあったらしいな。」
「あの娘はどこにいる?」
「シカゴのオヘア空港で見失った。たぶん、マンハッタンにいると思うが、確認はとれていない。捜査中だ。」
「連中も血眼で捜しているんだろう。」
「確実にな。」
 2人は公園の浮浪者の一人がベンチから落ちるのを眺めた。浮浪者の額に出血が見えた。
 トロープはちらりと時計に目をやった。
「ミスター=ガーヴの計画は?」
「本気だ。昨夜、50人ばかりの捜査官を現地に派遣した。今日も追加要員を送り込む。長官は部下を殺されるのが好きじゃない。知り合いなら尚更だ。」
「ホワイトハウスには?」
「何も教えるつもりはない。どうせ分かりっこないしな。」
 ブッカーは薄く笑って、尋ねた。
「マティースはどこにいる?」
「さぁな。この3年、あの男はアメリカ本国ではほとんど姿を目撃されてない。あちこちの国に半ダースの家はあるし、ジェット機も船ももってるからな。」
「あの文書がやつを窮地ん追い込んだんじゃないのか?」
「見事にな。冷静に振舞っていれば文書は無視されたはずだ。それを焦って人殺しはじめた。殺せば殺すだけ、文書の信憑性が増していくのにな。」
 ブッカーは時計にちらりと目をやった。いつもより時間がかかっていた。
「ガーヴは、そっちの組織の助力を請うかもしれんと言っていた。」
「了解。しかし、簡単にはいかんぞ。まず、殺し屋は死亡してる。次に、金の運び屋らしい人物はいなくなってる。我々もマティースの所在を掴むよう努力はする。」
「あの娘は?」
「捜査するとも。」
「あの娘は何を考えている?」
「どうやって生き延びるかを。」
「身柄を保護できないか?」
「まず所在不明だ。民間人をいきなり往来でさらうわけにもいかない。それに、彼女は誰も信用できなくなっている。」
「無理もない。」
 2人の会談は終わり、それぞれ別の方向へ去っていった。


 ガウリイはファックスで送られてきた写真を手に取った。
 写っているのはアリゾナ州立大学時代のリナ=インバースだ。名簿では、デンヴァー出身の生物学科所属となっていた。2枚目のファックスにはロースクール入学時の写真があった。長い豊かな髪に、華奢な肢体、アンティーク・ドールのような整った顔に大きな瞳。年齢からいくと女性というべきなのだろうが、お人形のような美少女というほうがしっくりくる。
 写真の中で微笑む彼女は今、追跡者に怯える逃亡生活を送っている。
 ガウリイはデスクにその長い足を投げ出した。時刻は火曜日の朝9時半になろうとしている。月曜から80本以上の電話をあちこちにかけたが、結局、手に入ったのは数枚の写真と、大統領選挙の政治資金報告書の山だけだ。
 ガウリイはポスト紙の朝刊を手に取り、ギャビン=ヴァーヒークの死についての奇妙な記事に目を通した。
 ちょうど、読み終わったところで電話が鳴る。
〈もしもし、ミスター=ガブリエフ?〉
 電話はリナだった。
 ガウリイは彼女の写真を見て、微笑んだ。
「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
〈ぜんぜん。昨日、目の前で知り合いが殺されたんです。〉
 リナの声が震えていた。
 ガウリイはデスクから足を下ろし、表情を引き締めた。
「知り合いって?」
〈ギャビン=ヴァーヒーク・・・だと思う人。〉
 リナの言い回しにガウリイは首を傾げたものの、さっき見たばかりのポスト紙を開いた。
「目の前って、ホテルで?」
〈ホテル?いいえ、ミシシッピ川沿いの『リバーウォーク』っていうショッピングモール横の遊歩道。船に乗ろうとしているところだったんですけど、いきなり現れた男が銃で・・・。〉
「ちょっと待て。昨日目の前でって言ったよな?・・・今朝のポスト紙は読んだかい?」
〈いえ、どこかで買うつもりですけど。〉
 ガウリイは眉間に皴を寄せた。
「今朝のポスト紙にギャビン=ヴァーヒーク死亡についての記事がある。それによると、彼は日曜の午後11時頃、ホテルで殺されてる。」
〈・・・・・・・・・・なら、あれはやっぱりギャビンじゃなかったのね。〉
 低い呟きだった。
「気づいてたのか?」
〈・・・月曜日、午後に待ち合わせをしてたんです。会ったときはギャビンだと思ってました。けど、彼が死ぬ間際、エジプトの言葉で叫んで・・・、ギャビンはオランダ系のはずですから。〉
「それで、目の前の男は違うと分かったのか?」
 ガウリイはメモにどんどん書き付けていった。
〈確信がもてたのは、今ですけれど。・・・じゃあ、あの時殺されたのは誰だったんでしょう?殺して逃げていったのは?〉
 冷静さは保っているものの、リナの声には恐怖が宿っていた。
 落ち着かせてやりたいと思ったが、ガウリイにはまだ気になることがあった。
「聞いてくれ、俺は今朝の朝刊は隅から隅まで目を通した。だが、その『リバーウォーク』?での殺人についての記事はどこにもない。」
はっと、リナが息を飲む音がした。
〈つまり、死んだ男は新聞には載せられない立場の男。それに、殺した男も新聞に載せられない男ということでしょうか。死んだ男を連中の仲間と考えれば、殺した男は・・・?〉
 思考を素早く廻らすリナに舌を巻きながら、ガウリイは口を開いた。
「今、どこにいる?」
〈ニューヨークです。〉
「全てをいつ話してくれる?」
〈ニューヨークにいつ来れますか?〉
「正午には行ける。」
〈せっかちですね。明日にしませんか?明日、また、この時間に電話して指示しますから。慎重にお願いします、ミスター=グランサム。〉
 ガウリイはコルクボードの美少女を見た。彼女が小首を傾げてお願いする様子が浮かんできて、彼は微笑した。
「ガウリイと呼んでくれ。ミスターとかサーとか、他人行儀な言葉遣いはやめてくれ。」
くすくす
 軽やかな笑い声が聞こえた。
〈分かったわ。あたしもリナと呼んでね。・・・権力を持ってる人の中に、あたしの掴んだ情報を恐れてる人たちがいるわ。貴方に話したら、貴方も殺されるかもしれない。あたしは車の爆破も死体も見た。昨日は銃声と男の脳みそまで見た。おまけに男の正体も、なぜ殺されたかも分からない。分かっているのは、男も『ペリカン文書』を知っていたのだろうということ。その男を信頼して、命を預けようという矢先に死んで、偽者で・・・。〉
「君には男を殺した犯人の正体が見えているのか?」
〈それについても、明日、話しましょ。〉
「ああ。」
〈念を押しておきたいことがあるんだけど、明日は全て話すわ。だけど、紙面にはあたしの名前を一切出さないで。あたしが書いたものが原因で、少なくとも3人が死んでしまった。4人目はたぶん、あたしになる。でも、これ以上のトラブルを起こしたくないの。だから、あたしの正体についてはずっと秘密にしといて、いい?〉
「いいよ。」
 ガウリイは見えないと分かっていたが、深く頷いた。
〈自分でも理由はわかんないけど、貴方のことは信頼してるの。でも、疑念がちらりとでも芽生えたら、あたしは姿を消すわ。〉
「約束は守る。誓うよ。」
〈・・・勘違いしてない?これは、貴方の普段の取材とは違うの。この件が原因で貴方が殺されることもあるかもしれないのよ。〉
「ローゼンバーグとジェンセンを殺した連中の手にかかって?」
〈そう。〉
「ローゼンバーグとジェンセンを殺した連中の心当たりがあるんだな?」
〈お金を払った人間の名前は分かってる。どんな仕事をしていて、どんな主義の人なのかも。〉
「明日、話してくれるんだよな?」
〈そのときまで、生きてれば。〉
 2人は沈黙した。互いに、次に何を言うべきかしばらく考え込む。
「なら、今すぐ話しておいたほうがいいんじゃないか?オレは今からでも・・・。」
〈ん。でも、やっぱり明日にしましょ。電話するわ。〉
 ガウリイはゆっくりと受話器を置いた。
 コルクボードのリナに賞賛の眼差しを向けた。
 この華奢なお人形のような女性は、自分がまもなく死ぬと確信している。それでも、パニックに陥ることなく、状況を見定め、凛として立ち向かっている。
 普段、そこまで騎士道精神を発揮することはないガウリイだったが、リナ=インバースは守ってやりたいと感じていた。
 誰かに守られるべき、いかにもか弱い華奢な少女。
 他の人間は信用していないようなのに、自分にだけ信頼を寄せてくれた。
 この仕事、何がなんでも成功させよう。
絶対に、守ってやる。
 


 火曜日、一台のタクシーが5番街と52丁目通りの交差点でいきなり急停車した。
 ガウリイは手早く料金を支払って、車を急いで降りる。後続車がクラクションをけたたましく鳴らしていた。
 相変わらず、マンハッタンは忙しい街だ。
 もうすぐ、午後5時。歩道は通行人でごった返していた。これこそ、リナの望んでいたことだろう。リナの指示は具体的だった。ワシントン・ナショナル空港から、ラガーディア空港へ。タクシーで世界貿易センター内のヴィスタ・ホテルへ。バーで1杯飲む。背後に注意する。一時間したら、タクシーで5番街と52丁目通りの交差点へ。機敏に動き、サングラスを使用し、あらゆるものに注意すること。尾行されていたら、2人とも殺されかねないから。
 リナにこれを書き留めろといわれたとき、少々馬鹿馬鹿しく、過剰防衛のような気もしたが、異を唱えなかった。いや、異を唱えたかったわけではない。リナは、生きてここまで来られただけでも幸運だし、必要以上に危ない橋は渡りたくない、指示に従わないなら会わない、と言っていたのだ。
 ガウリイはリナの指示通り、5番街を北に向かった。プラザ・ホテルのロビーを通ってセントラルパーク・サウスの通りに出る。
 なるほど、これだけ注意に注意を重ねてきたのなら、誰にもリナを尾行しきれなかっただろう。
 セントラルパーク・サウスの歩道も込み合っていた。6番街に向かうに連れて、徐々に足早になっていく。リナ=インバース本人にとうとう会えると思うと、否が応でも身内に昂奮が満ちてきた。
 冷静を装い、いつものように気配を鎮めていても、心臓だけは鎮まらない。
 ガウリイは6番街からサンモリッツ・ホテルに飛び込んだ。リナが、ウォルトン=クラークという名前で部屋を予約してくれているのだ。部屋代を現金で払い、9階へと向かう。部屋でじっと待つことになっていた。
 1時間ほど、窓辺で夕暮れのセントラルパークを眺めるうち、電話のベルが鳴った。
〈ミスター=クラーク?〉
「ああ。」
〈あたしよ。ここにはひとりで?〉
「もちろんだ。どこにいる?」
〈そこから6階あがったとこなんだけど。エレベーターで18階まで昇ってから非常階段で15階に下りてきてくれる?部屋番号は1520よ。〉
「分かった。いますぐいいか?」
〈ええ。待ってるわ。〉
 受話器を置いて、ガウリイは鏡を見た。
 サングラスはすでに外していた。いつもの伊達眼鏡を掛けるべきだろうか。
 ガウリイには自分の顔がかなりよいという自覚は一応あった。
 自惚れでもなんでもなく、彼が眼鏡を外して女の目を覗き込めば、大概うっとりと夢見心地になられてしまう。情報を女から欲しいときはそれもアリだろうが、情報提供の礼に金以外を要求されるのが嫌で、なるべくそれを避けている。心の伴わない身体が欲しいと思ったことは今まで一度もなかった。
 ガウリイは眼鏡を掛けた。
 リナ=インバースが自分にうっとりするかどうかは分からない。彼女を守りたいとは思ったが、別に惚れて欲しいわけではない。いや、少なからず尊敬している彼女が、ただの女のような顔をするのを見たくないだけかもしれない。
 色々言い訳しながら、ガウリイは10分後には1520号室の前に立っていた。
 ガウリイはノックして、返答を待った。
「どなたですか?」
 涼やかで可愛い女の声が聞こえた。
「ガウリイだ。」
かちゃり
 鍵が鳴り、ゆっくりとチェーンのついたままドアが開いた。
どくんっ
 隙間から覗く紅い瞳を見た瞬間、ガウリイの心臓が大きく音を立てた。
 強く炎のような輝きを宿す大きな瞳が、ガウリイを映している。
 か弱い?誰のことだ?か弱くなんかない!少女なんかじゃない!!これは、強い女性の目だ!!
 大きな衝撃に襲われるガウリイの視線の先、ふっくらとした唇が笑みを刻んだ。
 ドアが一度閉められ、チェーンをはずす音がする。
 ドアが開き、小さな白い手がガウリイの手を握り締めた。
「はいって。」
 ガウリイはやや呆然としたまま、室内に入った。
 リナはドアを閉めて鍵をかけ、チェーンもしっかりと掛けた。
「何か飲み物は?といっても、氷水くらしかないけど。」
 小柄な身体、栗色の豊かな髪が背に踊っている。
「それでいいよ。」
 バッグをテーブルに置き、ソファに座ったガウリイはリナの姿を目で追った。
 華奢な身体に大きめのスエットシャツ。襟が片側によってしまって、ブラジャーのストラップが覗いている。リーバイスのジーンズが脚線美を披露していた。
 リナは水の入ったグラスをガウリイに手渡し、ドア近くの椅子に座った。
「食事はすませた?」
「君から食事をしろっていう指示はなかったから、まだだぞ。」
くすっ
 リナが笑った。
「ごめん。色々ややこしかったから。ルームサービスに注文しない?」
「賛成だ。君が食べたいものでいいよ。」
 ガウリイも笑みを浮かべた。
「じゃあ、フライドポテトとチーズバーガーに、冷えたビールでどうかしら?」
「申し分ないな。」
 リナは電話をかけ、食事の注文をした。
 ガウリイは窓辺に歩み寄り、5番街を流れる光の筋を眺めた。
「あたしは、20歳。貴方は?」
 リナはソファに座って、氷水をすすった。
 ガウリイはリナに一番近い椅子に腰掛けた。
「31歳。独身。一人暮らしで猫が一匹同居してる。ところで、ホテルをサンモリッツにした理由は?」
「部屋が空いてたし、それに現金で支払えて、身分証明書を見せなくてもよかったから。気に入ってくれた?」
「いいホテルだな。最盛期は過ぎてるみたいだけど。」
「休暇旅行に来てるわけじゃないもの。」
「それでも、いいさ。どのくらいこのホテルにいることになると思う?」
 リナはガウリイ=ガブリエフをじっくりと観察した。3年前、ガウリイは住宅都市開発局のスキャンダルに関する本を出版していた。リナはそれを図書館で見つけていた。本のカバーに載っていた写真とそう変わらないように見える。写真では眼鏡で目が全然見えなかったが、蒼い目をしているようだ。いつか、テレビの彼を見たとき、顔立ちが整っているのではないかと思ったが、近くで見ると、どうやら美形といっても問題ない目鼻立ちのように思う。
「どのくらいかは、分かんないわ。街角である人の顔を見た途端、ニュージーランドに高飛びしちゃうかもしれないもの。」
「ニューオリンズを出たのはいつだ?」
「月曜の夜、タクシーでバトンルージュまで出たの。ここまでは尾行も簡単だったと思うわ。その後、シカゴまで飛行機でいってから、行き先の違う4枚の航空券を買ったの。出発間際にラガーディア行きに飛び乗ったのよ。」
「今は安全そうだな。」
「しばらくは、ね。けど、この記事が掲載されたら、2人とも追い回されるはめになるわ。ま、掲載されることがあるとしたらだけどね。」
 リナが苦笑を浮かべる。
 ガウリイは自然に眼鏡を外した。深く考えてのことではなく、ただ、彼女の瞳をガラスごしでなく見たくなったのだ。
「掲載されるかどうかは君の話の内容による。さらに、その話が他の情報源からも裏づけがとれるかどうかにもな。」
 リナは露わになった蒼穹の瞳と予想以上の美貌に微かに目を見開いたが、ただそれだけの反応しか見せず、
「裏づけを取るのは貴方の仕事でしょ。あたしは話すだけ。そっから先は貴方が頑張んのよ。」
と、あっさり言った。
 自分の顔に惑わないリナをガウリイは好ましく思った。同時に、特別な関心をもって見詰めてくれないことを残念に思った。
「分かったよ。いつ、話してくれる?」
「夕食の後。お腹減ったままじゃ、気合入んないし。急いでるわけじゃないんでしょう?」
 小首を傾げて見上げてくるリナは無防備で可愛かった。
 ガウリイは大きく頷いた。
「勿論だ。今夜一晩と明日一杯は空いてるし、明後日と明々後日も空けてるから。それに、これはこの20年で最大の特ダネだぜ?君が全て話してくれるまでつきまとうつもりだぞ。」
 リナは口元を綻ばせた。
 丁度一週間前、リナはキャラハンとディナーを楽しんでいた。キャラハンはリナを愛しそうに見詰めてくれていた。ご機嫌なキャラハンは呑みすぎ、酔っ払って・・・帰らぬ人となってしまった。それからは、自分の死を願う連中に狙われ、追われ、逃げた。
 やっと自分の死を願っていない人に話ができる。
 リナはガウリイを見た。
 ガウリイとひとつの部屋にいても何の息苦しさも感じず、むしろ、安心するような心地よさを感じる。ガウリイは表情で、全身で、自分を信頼しろ、と語りかけてくれている。
 信頼してもいいかもしれない。他に誰も信頼できる人はいないのだから。
「何を考えているんだ?」
 蒼い瞳が優しい色を宿して問いかけてきた。
「長い1週間だったわ。1週間前まで、あたしは一応ただの学生で、トップの成績を取るのに頑張ってたのに。今は・・・、こんな逃亡生活だもの。」
 ソファの上で膝を抱え込み、その上に顎を乗せて語るリナは遠い目をしていた。
 ガウリイは馬鹿みたいにリナを見詰めていた。
膝を抱える彼女の細い手が白いこと、栗色の髪が柔らかそうなこと、覗く首筋が細くて頼りないこと、雨の日の野良猫のように頼りなく寂しそうな風情であること。
 どうしても目が彼女を求めてしまう。
「トーマス=キャラハンのこと、話してくれないか?」
「どうして?」
「えっと・・・、話に関係してるんじゃないのか?」
 リナは全然ガウリイの方を向かない。
「話の途中で必要なら話すわよ。でも・・・。」
 リナはテーブルの上に置いたグラスをじっと眺めて、口を開いた。
「ニューヨークのどんなトコが好き?」
「空港かなぁ。街を出るのに、一番手間が掛からん。」
「夏に、トーマスと来たことがあるのよ。ニューオリンズより、暑かったわね。」
 ガウリイはリナの紅い瞳が辛そうに歪むのを見た。
 オレは馬鹿だ。リナはデートの相手ではない。愛する人の死を悼む女なんだ。可哀想に、心に痛みを抱えて耐えているんだぞ。
「トーマスのことは心から気の毒に思ってる。その、すまなかった。もう二度と、彼のことは質問しないから。」
 だから、そんな顔をしないでくれ。
 言葉にしなかったガウリイの願いが届いたわけでもあるまいが、リナは顔をあげ、ガウリイの方を見て微笑んだ。
こんこんっ
「――――っ。」
 リナが息を呑み、足を床に下ろして、ドアを睨み付けた。
「お食事お持ちしました〜。」
 ルームサービスだった。
ふぅううう
 リナは深々と息を吐いた。
 ガウリイは立ち上がり、リナの頭をぽんぽんと叩いた。
 思ったとおり、柔らかな髪だった。
「オレがとってくる。・・・落ち着けよ。」
 リナが頬を膨らませた。
「もうっ、子ども扱いしないでよっ。」
 ガウリイはリナに見えない角度で苦笑した。
 子どもと思ってたままなら、楽だったんだが。
 ルームサービスを受け取り、振り返ると、食事に目をキラキラさせているリナを見ることになった。
 紅い瞳の照準は、ひたりとチーズバーガーにあっている。
 チーズバーガーにすら嫉妬を覚えそうな自分に、ガウリイは心の底から呆れるしかなかった。


 やあああっと、出会えました。よかったです。(2005 5/5)