16
 ルイジアナ南部には広大な湿地帯が広がっていた。そこには糸杉や樫が生い茂り、柳藻が浮島を創り、ガマが生え、様々な水棲動物が生き、何百種類もの渡り鳥の飛来する野生動物の聖域であった。
 1930年、この地で石油が発見されると、略奪が開始された。運河が縦横無尽に走って湿地帯を分断し、石油会社は狂ったように石油を掘り出していった。
 ヴィクター=マティースも石油会社の主の一人だった。彼はルイジアナ南部で埋蔵量が今まで見つかったものとは桁違いの油田を探り当てた。
 マティースはそれを公表せず、私物化しようと目論んだ。
 彼は顧問弁護士やアドバイザーを集めて鳩首会議を行い、無数の異なる会社名義で油田周辺の土地を買い占める計画を考え出した。そして、順調に土地を買収し、同時に政界とも密なつながりをもった。彼には豊富な資金があったのでおしみなく金をつぎ込んだ。
 ところが、マティースの計画を阻むものが現れた。
 "緑の基金"である。
 この環境保護団体はルイジアナ南部での石油の浚渫及び掘削の中止を求める裁判を起こした。
 "緑の基金"はラファイエットの連邦地区裁判所に訴訟を起こし、連邦裁判官は、公判であらゆる争点が解決するまでの期間、いっさいの計画を禁止した。
 マティースは怒り、多くの弁護士を雇い、権謀術数をこらそうとした。
 "緑の基金"にとって有利だったのは、油田地帯の中央部付近にある環状湿地帯が水鳥の自生地域となっていたことである。なかでも、ペリカンはシンボルとなった。DDTなどによる環境破壊のため、ルイジアナの州鳥であるブラウン・ペリカンは絶滅の危機に瀕していた。ペリカンは保護鳥に認定され、最高度の保護措置を施すべき鳥とされていた。幾人かの専門家も"緑の基金"に賛同した。
 しかし、マティースたちは、地元の見栄えのよい男を出してきた。彼は、住民には仕事の口が必要なのだと訴えた。
 結果、裁判は"緑の基金"の敗訴で終わった。しかし保護鳥であるペリカンについては"緑の基金"が正しいことを認め、また、"緑の基金"が上訴することは明らかであったことから、差止め命令は続行させる決定を下した。

 テーブルの中央にはテープレコーダーが置かれ、ビールの瓶も一本あったが、食後はそれに手がつけられることはなかった。
 ガウリイはメモを取りながら、リナに質問した。
「その訴訟のことを最初に教えてくれたのは?」
「ジョン=グレデルコ。テューレーン大学ロースクールのクラスメイトよ。彼はヒューストンの法律事務所で助手をしてたの。その法律事務所が裁判の端っこに関わってたらしいわ。」
「事務所はすべて、ニューオリンズかヒューストンのものなんだな?」
「ええ。訴訟本件に関する事務所はね。でも、被告側企業はそれぞれ別々の土地に本社があるから、地元から弁護士を連れきたの。ダラスやシカゴなんかをはじめとする都市からよ。」
「訴訟の現状は?」
「裁判の進行からいうと、次は第5巡回区控訴裁判所に上訴よ。あと一月くらいで上訴が完了する予定。」
「第5巡回区控訴裁判所の場所は?」
「ニューオリンズ。」
「それからどういう流れに?」
「上訴手続き完了後、二年と少しかけて、控訴裁判所が判決を下すわ。色んな手続きを経た上で、その判決に原告か被告のどちらかが不服だった場合、最高裁判所に提訴できるの。」
「なるほど。それから?」
 ガウリイはうんざりした顔で頷き、続きを促した。
 リナは小さく笑って口を開く。
「最高裁には毎年5千件の上訴申立があるわ。審理されるかどうかは別なんだけど、この裁判に掛かる圧力や金額からみて、審理される可能性は高いわね。」
「この裁判が最高裁で結審をみるまで、今日からどのくらいかかるのかな?」
「3年から5年ってとこかしら。」
 リナの言葉にガウリイは溜息をついた。
「ふう、その間にローゼンバーグが自然死を迎えてもおかしくなかったのにな。」
「ええ。でも、ローゼンバーグが自然死を迎えたとき、大統領が今と違って民主党かもしれない。だから、代わりの裁判官の傾向が予測できるうちに、ローゼンバーグを消したわけよ。」
「つじつまは合うな。」
 ガウリイはメモを睨みながら頷いた。
「ええ。マティースにとって今が絶好の機会なのよ。」
 リナは嫌そうに髪を掻き揚げた。
 覗いた白い項にどきりとしながら、ガウリイは質問を続けた。
「最高裁が審理を却下したらどうなる?」
「第五巡回区が原判決を支持したならマティースに問題はないけれど、逆転判決なら厄介な立場になる。正攻法に戻って新たな訴訟を起こすでしょうね。諦める気はまったくないと思う。」
「マティースはどこに?」
「彼はパラノイアで人前に出るのを極端に嫌っていて、全く姿を見せていないわ。それに、マティースがこの裁判の一方の代表だということは一般には知られてないのよ?被告は38社の企業からなっていた。個人名はなくて法人ばかりでよ。うち7社の公開されてる会社の株式もマティースが所有してる株は20%以下。非公開のほうは個人所有の企業。でも、こういう非公開企業はほとんどが互いを所有しあってる形をとってる。あたしの推測では、マティースは事業全体の80%を所有してるか、管理下におさめてるようね。」
「株を公開してる7社の名前は覚えているか?」
「ええ。文書の脚注に書いておいたの。オリジナルはないけど、手書きで大半は書き直したから・・・。」
「見せてくれるか?」
「いいわ。命に関わるけど。」
 リナがさらりと言った。
「後で読ませてくれ。」
 ガウリイは少し微笑んで言った。ここまで話しておきながら、まだ、念を押してくれるのがおかしかったのだ。
 リナはガウリイの微笑みに眉を顰めたが、特に何もいう気はなかった。ガウリイが真剣なことは分かっているからだ。
「最後に写真を貼ったの。今の大統領が副大統領だった頃、資金調達のためにニューオリンズに来たのよ。で、そのときもぐりこんだカメラマンが大統領とマティースが親友のように笑顔で握手を交わしてる写真をとって、ニューオリンズの一面を飾ったのよね。それを貼り付けたの。」
「なかなか面白いことをしたんだな。」
「ええ。・・・マティースは数年前から姿を人前に出さなくなってるんですって。デルグレコの話だと、大半の人はマティースは正気を失ってると考えてるみたいだわ。」
ピーッ
 テープレコーダーが、テープが終わったことを主張した。
 ガウリイはテープを交換し、リナは立ち上がって大きく伸びをした。
「疲れたか?」
 ガウリイは心配そうに顔を曇らせた。
 リナは微笑んで頷いた。
「まあね。ずっと睡眠不足だったし。質問はあとどのくらい?」
「リナがあとどれくらい知ってるかによる。」
「基本的な話はこれでおしまい。いくつか穴はあるけど、それは朝埋めればいいと思う。」
「そうか。じゃあ、ここまでにしよう。」
 ガウリイはレコーダーのスイッチを切ってから、ソファに体を沈めた。
 リナは腕を伸ばしてから椅子に腰掛け、膝を抱え込んだ。
 小さな足に真っ赤なペディキュア。続く白く細い足首。長い栗色の髪を掻き揚げる華奢な手。
 ガウリイはそこから目が離せなくなっていた。
「髪はずっと伸ばしたままなのか?」
 綺麗だという賞賛を込めたのだが、リナは顔をあげて眉を顰めた。
「そうだけど・・・、なんで長いままだって知ってるの?」
「写真を・・・。ロースクール入学時のとか見たから。」
「どうやって手に入れたの?」
 リナの詰問口調にガウリイは少し驚いた。
「えと・・・、連絡係がいるんだ。ファックスで送ってもらった。・・・綺麗な長い髪だと思ったんだ。」
 ガウリイのほめ言葉はリナに耳に届かず、彼女は唸るように口を開いた。
「あのねぇ、電話は痕跡を残すのよ。二度としないで!!聞きたいことはあたしに聞いて!ノーと言われたら、それ以上聞かないで。」
 怒られてガウリイは少ししゅんとなった。しかし、リナがあくびをしたことに気づき、立ち上がった。
「話はこれくらいにして、もう寝たほうがよさそうだな。」
 言って、荷物をまとめだした。
「あの・・・ガウリイ。」
 小さな声に、ガウリイは顔を上げた。
 立ち上がったリナが逡巡するような表情でガウリイを見詰めていた。
「なんだい?」
 優しく問いかけると、リナは意を決したように口を開いた。
「お願いがあるの。」
「うん?」
 リナはガウリイからソファのほうへ視線を向けた。
「その・・・、できれば、今夜このソファで寝てもらえないかしら?その・・・、ずっとまともに眠れなかったから・・・。えと・・・、なんていうか、ガウリイがここにいるって分かってたら安心して眠れそうな気がして・・・。」
 小さい声でぼそぼそと言うリナに、ガウリイは喉が渇いていくのを感じた。
リナと一晩同じ室内で過ごすということが脳を駆け巡る。
ごくりと生唾を飲み込んで、リナからソファに目を移した。
彼女は不安がっているだけだ。馬鹿なことを考えるな。
自分に言い聞かせながら見ると、ソファはどう見ても150センチほどしかなくて寝心地は悪そうだった。
「いいよ。」
 ガウリイはにっこり笑った。
 ずっと気を張りっぱなしだったリナが、自分がいれば眠れそうだというのだ。断ることなどできないではないか。できれば、自分の腕の中で眠ってほしいところなのだが。
「あたし・・・、やっぱり怖いみたいで。」
 いつになく弱気な発言に、ガウリイは頷いた。
「うん。」
「ガウリイがそこにいてくれるなら、安心できるわ。」
 リナは信頼を瞳に浮かべ、ガウリイに笑顔を向けた。
 笑顔を向けられたのが嬉しくて、ガウリイも笑みを返す。
「安心して眠ってくれ。気配には敏い方だし、腕もけっこう立つんだぞ。」
「奇遇ね。あたしもそうよ。」
 ガウリイの言葉にリナは不敵な笑みを浮かべて見せた。
 紅い瞳が強く輝く様子にガウリイは見蕩れながら微笑んだ。
「そっか。」
「疑うの?」
 あっさり頷かれて、リナは拍子抜けしたような表情をする。
「いや、お前さんを疑ったりなんて絶対しないよ。それより、本当にもう休んだほうがいい。ドアに鍵をかけて、ぐっすり眠れよ。オレはここにいるから。」
「・・・ありがと。」
 リナは少し照れたように笑って、寝室に入りドアを閉めた。
 ガウリイは耳を澄ましていたが、鍵をかける音は聞こえてこなかった。
 信用されたってことかな?
 複雑な笑みを浮かべ、ガウリイは部屋を暗くしてソファに座った。
 寝室のドアをじっと見詰める。
 鍵のかかっていないドアの向こうに、リナがいる。
 動いている気配はしないが、燃えるような瞳はもう閉じられただろうか。
 やっぱり守ってやりたい。
 ガウリイは新たな決意を抱く。
 か弱い存在なんかじゃないことは分かった。でも、強い彼女だからこそ、支えたいし守りたい。あの瞳の輝きがずっと続くように守っていきたい。
「とりあえず、オレから守らないと、かな。」
 小さく苦笑して、ガウリイは目を閉じた。
 守りたいという穏やかな感情とは反対の激しい想いには目を瞑る。
 目を瞑っても神経の一部が寝室のドアへと向かっていた。
 0時を過ぎた頃、ようやくガウリイはうとうとしだした。


 目を覚ましたとき、すでに窓の外は明るくなっていた。
 ガウリイはカーテンを開けて室内灯をつけてからソファに戻った。
 メモを取り出し、昨夜の話を思い出しながら、リナへの質問と何から調査すべきかを考えていく。
きぃ・・・
 寝室のドアが開いた。
 ガウリイは笑みを浮かべて、そちらのほうを向いた。
「おはよう。起こしてしまったか?」
 リナは小さく頭を振った。
「ううん、おはよ。」
 ガウリイは朝の柔らかな光を反射する栗色の髪に目を細めた。
 リナはゆっくり歩いてグラスにミネラルウォーターを注ぎ、ガウリイの分もいれてから椅子に座った。
「いつ起きたの?」
 リナが小首を傾げて問いかけてきた。
「7時くらいかなぁ。」
 ガウリイの返事にリナは少し目線を落とした。
「ありがとね。久しぶりに・・・ぐっすり眠れたわ。でも、貴方はそんなソファで・・・。」
「眠れたならよかったな。」
 リナの言葉を遮り、ガウリイは殊更笑みを浮かべて言った。
「睡眠不足は美容に悪いって言うしなぁ。」
 ガウリイの言葉にリナは少し目を見開いたが、すまなそうな色を消した。
「まーね。この美貌が損なわれるなんて人類の大きな損失だわ!」
 リナが力強く大きなことを言ったので、ガウリイは笑って頷いた。
「じゃあ、起きたところで質問させてくれるか?」
「ええ。」
 ガウリイはメモを見ながら口を開いた。
「んーとな、マティースが雇ったのはニューオリンズとヒューストンのだけなのか?」
 リナはガウリイが何を言いたいのか分からないまま、首を振った。
「いいえ。ほかにもワシントンとか・・・。」
「ワシントン!」
 ガウリイが急に声を上げたので、リナは驚いた。
「リナ、ワシントンにもマティース側の弁護士がいるのか?」
 ガウリイの勢いに驚いたものの、リナにとっては分かっていることなのであっさり頷いた。
「ええ。えーと、2社かな。『ブリム、スターンズ&・・・なんとか法律事務所』と、『ホワイト&ブレイズヴィッチ法律事務所』ね。特に、『ホワイト&ブレイズヴィッチ法律事務所』の名前はよく目についたわ。」
「そうか・・・。これで話の筋が通るかも・・・。」
 ガウリイは一人で考え込みだした。
「ガウリイ?」
「うん、そうだ・・・そうに違いない・・・。」
「ガウリイってば。」
「だとしたら・・・・。」
すっぱあああああん
「いってぇえええ!!」
 いきなり景気のいい音が響き、ガウリイは衝撃に頭を抱え込んだ。
「お前さん・・・それ・・・。」
 目をあげたガウリイはリナが手にしているものに目を見張った。
「ええ、スリッパよ。」
 リナは事も無げに頷くと、室内用スリッパを履きなおした。
「なんつーもんで人の頭を・・・。」
「あたしを無視して一人で考え込んでるほうが悪い!!」
 自信たっぷりに言い切られて、ガウリイの目が丸くなった。
ぶっ
ははははははは
 ガウリイは大きく噴出すと、笑い出した。
 今度はガウリイの反応にリナの目が丸くなった。
 リナは口も早いが手も早い。今までこんな風に殴りつけてひいてしまう人間や怒り出す人間、説教する人間、正義を説いてくる人間はいたのだが、笑い出した人間に遭遇したのは初めてである。
 ガウリイは笑いながら、目尻の涙を拭った。
「はは・・・、お前さんホンット面白いな。・・・くくっ・・・。」
「あなた、馬鹿にしてるでしょ。」
 リナがジト目で睨んだのにも、ガウリイは怯まなかった。
「ははは、いや、違う違う。誉めてんだよ。いや、ほんと、仕事柄色んな人間に会ってきたが、オレの頭をスリッパでどついたヤツは初めてだ。お前さん、スゴイなぁ。」
「誉められてる気がしなわね。」
「気にすんなよ。」
わしゃわしゃ
 ガウリイの手が伸びて、リナの頭を撫でた。
「何すんのよっ。髪が乱れるじゃないっ。」
「はは、触り心地いいな、お前さんの頭。」
「子ども扱いすなーっ。」
 リナは怒って見せたが、ガウリイの満面の笑みを前にしては気力が沸かないらしく、小さく息を吐いた。
「ふぅ、で?何が分かったわけ?」
 ガウリイはようやく笑いを収め、頷いた。
「ああ、実はリナから電話が来る前に、オレのところにワシントンの事務所の弁護士だっていうガルシアという男から電話があったんだ。ガルシアってーのは、もちろん偽名だぞ。」
「うん。それで?」
「ガルシアはオレにローゼンバーグとジェンセンの殺人事件について知っていることがあると言ってきた。しかし、その後怖気づいたんだろうな。電話はこなくなった。」
 リナは疑わしそうに首を傾げた。
「ワシントンには百万人の弁護士がいるわよ?」
「いや、二百万人だ。だが、ガルシアが民間の法律事務所に勤務してることは分かってる。彼は自分が尾行されていると思い込んでて、すごく怖がってた。誰に尾行されているか聞いたが、教えちゃくれなかった。」
 リナは表情を曇らせた。
「彼に何があったの?」
「この間、土曜日の朝に顔を合わせる予定だったんだが、直前にキャンセルされた。妻子もいるし、給料もいい。だから、危ない橋は渡りたくない、と。彼は何かのコピーを持っていたらしいんだが・・・。」
「あたしの話に裏づけが必要なら、その人が証人になってくれそうね。」
「ガルシアが『ホワイト&ブレイズヴィッチ法律事務所』の人間なら、ガルシア候補を200人まで絞ることができる。」
 自信たっぷりのガウリイにリナは肩を竦めた。
「干草の山のほうが、まだ小さいんじゃないの?」
 ガウリイはにやりと笑うと、自分のバッグの中からファイルを取り出すと、そこから一枚の写真を抜き取り、リナに渡した。
「それが、ガルシアだ。」
 リナは写真を見詰めた。
 人通りの多い歩道に男は立っていた。顔もはっきりと映っているが、彼は明らかにカメラに気づいていない。
 リナは笑みを浮かべた。
「隠し撮り、ね。それもその道のプロのもの。」
「まーな。」
「正攻法だけの人じゃないのね。」
「場合によっちゃ、手段は選ばない。」
 ガウリイは取り繕うつもりはなかった。彼女に自分のありのままを知って欲しかった。
 リナは瞳を煌かせた。
「あんた、面白いわね。」
 初めてリナがガウリイ個人に興味を持った瞬間かもしれなかった。
 ガウリイはリナが自分の裏側を知っても動じない上に、自分に興味をもってくれたのが嬉しかった。しかし、リナの次の台詞でその心も一気に沈んだ。
「話すことも話したし、あたしはさっさと高飛びを決め込むことにするわ。」
 彼女がいなくなってしまう!!
 ガウリイは言いようのない焦りを覚えた。
「手伝ってくれないのか?」
 焦りからそんな言葉が出てくる。
 リナは顔を顰めてガウリイを見た。
「あたしは話をしたわ。後は、貴方の仕事でしょ?もう血を見るのも、追い回されるのも嫌なのよ。」
「けど、リナ。ガルシアが見つけられず、君もいなくなれば、誰もマティースの悪事を正すことができない。誰もペリカン文書の存在を認めないだろう。このままなら、隠蔽工作は成功し、ホワイトハウスもFBIも口を噤んでしまう。そして、正義は消えるんだ。」
「あたしはどっかの誰かみたいに、正義の味方なんかじゃないもの。」
 リナはガウリイを睨んだ。
 ガウリイはそれでも退けなかった。
 彼女と自分を繋ぐのはこの事件だけだと分かっていたからだ。
「トーマスは・・・君が逃げるのを喜ばないんじゃないか?」
 卑怯だと分かっていて、亡き恋人の名前を口に出した。
 リナは口元を歪めて笑った。
「彼は、あたしが21歳の誕生日を無事に向かえることを、あたしが安全であることこそを望むに違いないわ。」
「安全といえるのか?」
 ガウリイはリナの言葉を利用することにした。
「マティースはすでに何人も殺してる。彼は海外にも拠点がある。君は高飛びして本当に安全と言えるのか?マティースはきっと手段を選ばない。」
 ガウリイは痛いところを突くことができたらしく、リナが唇を噛み締めた。
「なぁ、リナ。もう引き返せないと思わないか?君が安全になるためには、マティースをどうにかするしかないんだ。一緒にワシントンに来てくれ。ガルシアを探そう。」
 ガウリイはリナを見詰めた。
 華奢な身体でようやく生き延びてきた彼女に無茶を言っている自覚が、ガウリイにはあった。それでも、彼女がいなくなってしまうことが嫌だった。
 リナは唇を噛み締め、俯いていたが、顔を上げた。
「ガウリイはワシントンに帰って・・・。」
 紅い瞳は真っ直ぐにガウリイを見詰めた。
「考えさせてちょうだい。お願いよ。」
 迷いを浮かべた不安げな眼差しを向けられて、ガウリイはそれ以上何も言えなかった。
「分かった・・・。」
 頷き、荷物をまとめてドアへと向かう。
 ドアノブに手をかけ、振り返った。
「しばらく会社に詰めてると思うから・・・、そっちに電話をくれ。その・・・、どっちに決めるにしても連絡が欲しい。」
 リナは頷いた。
「分かったわ。・・・その・・・、気をつけてね。」
 ちらりと微笑んでくれたリナに、ガウリイも微笑み返した。
「ああ、君も。」
 そして、ガウリイはホテルを去った。


 事件の真相の説明・・・だいぶ減らしたつもりでしたが、まだ多いですね。読み飛ばしてください。
ガウリイくん、大変です。一目惚れに近い感じですからね。
(2005 5/18)
 少しだけ加筆しました。(2005 5/29)