19
 エレベーターをおりて、アトリウムに足を踏み出したクロフトは、目的の男をすぐに見出した。彼は別の弁護士と連れ立って歩いていたが、どちらもブリーフケースを持っていないところを見ると、昼食に出かけるところだろう。
 クロフトは〈ブリム、スターンズ&キドロウ法律事務所〉が3階から11階まで占領しているビルを出て、ゆっくりと2人を尾行した。
 2人が入ったのは5ブロック先のサラリーマンむけのバーに入り、軽食を取り始めた。
 クロフトはガウリイに電話し、ビルの前で待ち合わせることにした。
 ガルシアとその相棒は行きよりもゆったりとした足取りで職場に向かっていた。自給200ドルの重圧から束の間の急速を楽しんでいるのだろう。
「よぉ。」
 背後から唐突に低い声を掛けられて、クロフトは一瞬硬直した。ゆっくりと振り返ると、いい加減裏稼業が染み付いたクロフトに気配を感じさせないという芸当をやってのける男が立っていた。
「早かったな、ガウリイ。」
 ペンシルヴァニア・アヴェニューに溶け込むようなスーツ姿のガウリイはにこりと頷いた。
「そうか?で・・・、ガルシアは?」
 分厚い伊達眼鏡をかけながらガウリイが問うと、クロフトは顎で先を歩く男たちを示した。
「そうか・・・。」
 ガウリイとクロフトは頷きあい、ゆっくりと2人の男を追った。
 ビルに入ると、ガウリイは2人を追い越して、エレベーターのボタンを押した。目当ての男も彼の後にエレベーターに乗り、ガウリイと同じタイミングで6階のボタンを押した。
 ガウリイは新聞を読むフリをしながら、弁護士2人の会話を聞いていた。
 声はどことなく似ている気もするが、電話だけでは断定できない。髪の色は同じようだ。例の写真と顔も似ているような気はする。そして、ここはマティースと取引のある〈ブリム、スターンズ&キドロウ法律事務所〉だ。賭けてみる価値はある。
 6階で降りると、2人の弁護士はシャンデリアと絨毯で固められたロビーの受付で伝言メモを受け取っていた。
 受付嬢がガウリイに探るような視線を向けてきた。
「何か御用でしょうか?」
 用があるわけがない、と決め付けているような口調だった。
 ガウリイは立ち止まらずに一瞬だけ眼鏡を外し、受付嬢に笑みを向けた。
「ロジャー=マーティンと面談中なんだ。」
 ロジャー=マーティンは電話帳で見つけた名前だった。電話をいくつか掛けた結果、この6階に存在していることは分かっている。
 受付嬢はロジャー=マーティンの名前よりも、ガウリイの笑みのほうに心動かされたらしく追求してこなかった。
 ガウリイは角を曲がって廊下に出ると、ガルシアは4つ先のドアに入るところだった。ドアのわきには、デヴィット=A=アンダーウッドという名前が出ていた。
 ガウリイがドアを前触れなしに開くと、アンダーウッドは上着をラックに掛けているところだった。
「やあ、ガルシア。」
 ガウリイがにこやかに挨拶すると、アンダーウッドは訝しげに眉を顰めた。戸惑っている表情だった。
「何を言ってる?ぼくはデヴィット=アンダーウッドだ。」
 言いながら、アンダーウッドはデスクの金文字のネームプレートを指差した。
 ガウリイはにこにこと頷きながら、首を傾げて見せた。
「娘さんは元気かい?」
「娘だと?何の話だ?」
 その反応にガウリイの方が首を傾げた。ガルシアの口ぶりではまだ赤ん坊の娘がいるようだったのだ。
「まだ小さい娘さんのことだよ。それに、奥さんのほうは?」
 アンダーウッドはガウリイを睨んだ。
「ぼくに妻はいない。離婚したんでね。」
 アンダーウッドが握り締めた左手の薬指には結婚指輪が嵌っていなかった。
 ガルシアは電話で妻を愛しているといったのだから、指輪をしていないはずはない。
 なら、この男はガルシアではないのだろう。
「悪かった。ガルシアを探しているんだが、人違いのようだ。」
 ガウリイは素早く身を翻し、部屋を出た。
「二度と来るな!警備員を呼ぶぞ!!」
 アンダーウッドが閉まるドアの向こうから叫んだ。
 ガウリイは急ぎ足で廊下を抜け、微笑みかけてくる受付嬢に片手を上げてからエレヴェーターに乗り込んだ。
 クロフトはロビーの公衆電話の近くで待っていた。
 2人は肩を並べてビルから出た。
「失敗だった。」
 ガウリイは一言言った。
「話はしたのか?」
「ああ、人違いだったよ。」
「馬鹿な!あの男だよ。写真の若造だろ?」
「似てたけどな。別人だ。また一から探しなおさなきゃなぁ。」
「冗談。オレはもう飽きちまったぞ。こんな退屈な仕事はよぉ。」
 クロフトがうんざりしたように首を振るのを見て、ガウリイは苦笑した。
「金は払ってるだろ?楽な仕事じゃないか。あと、1週間だけ頼む。」
「1週間だけだからな!」
 クロフトは嫌そうに顔を顰め、ガウリイから離れていった。
 ガウリイは思い立って電話ボックスに入った。
 留守番電話サービスに何か伝言がないかと思ったのだ。
 無機質なアナウンスの後、いくつかの伝言を聞くと、最後に上司からの伝言が入っていた。
 ガウリイはすぐさま上司のデスクに直通の番号に電話を掛けた。
 1時間後、ガウリイはミルガズィアの車に乗っていた。
「連絡ぐらいよこすものだぞ。クビにすべきか悩んだ。」
「それは待ってくださいよ。ていうか、素直にオレを心配したって言えませんかね?」
「何を愚かな。」
 にやにやと言ったガウリイのセリフは無表情なミルガズィアにばっさりと切って捨てられた。
「この街にいたのだな。なぜ自分の部屋に戻らんのだ?」
「いろいろあって。今はホテル暮らしです。」
 ガウリイの言葉に、ミルガズィアはちらりと彼に視線を走らせた。
「あの娘か。ずいぶん仲がよくなったのだな。」
 さらりと無表情に放たれた言葉に、ガウリイは苦笑を浮かべた。
「残念ながら、別々のホテルなんです。」
「お前の考えで?」
「いえ、リナの案ですよ。彼女は陸軍元帥も唸るだろう頭を持ってるみたいでね。オレは彼女の命令に従ってるかんじです。リナが移動と言えば今のホテルも変わるかもしれませんが、今はマーベリー・ホテルの833号室にいますから連絡が必要なときはそこで。ああ、こいつは他言無用に願います。」
 ミルガズィアは小さく息を吐いた。
「ずいぶんと饒舌だな。何やら楽しそうだが・・・経費はポスト持ちにする気か?」
「いえ、今は金にまで頭が回りません。リナは恋人を殺した連中がここまで追ってくると考えています。だから細心の注意を払う必要があるんです。」
 同じホテルを望んだガウリイに、リナは、一緒のホテルで一網打尽にされても困るだろう、と諭した。多少危険でも、ガウリイは傍でリナを守りたかったのだが。
 ミルガズィアは口の端を少しだけ緩めた。
「相手が尾行追跡の玄人で、お前たちがまだ生き延びているということは、リナ=インバースはするべきことを知っているということだな。」
 賞賛の言葉に、ガウリイは苦笑した。
「ええ。彼女はよく分かって行動しています。オレは叱られないように必死ですよ。さっさとガルシアを見つけ出さないと。」
「ガルシアを過大評価していたらどうする?彼が黙秘したり、何も知らなかったりしたら?」
「そういう悪夢も見ましたがね。けど、あの男の握る情報は大きなものだと見ています。証拠となりそうなものもあるようでした。会うはずだった日も、それを持ってくるつもりだったようです。」
「それを見せようとしなければ?」
「どんな手でも使いますよ。」
 2人を乗せた車はポトマック川を渡り、アーリントン国立墓地の傍を走っていった。
 ミルガズィアは窓を薄く開け、ちらりと墓地を眺めながら頷いた。穏やかな笑みを浮かべる隣の男が、リナ=インバースを守るためなら言葉通り手段を選ばないだろうと納得できる。
「ガルシアが見つからなければ?」
「プランBでいきます。リナに国外に逃げてもらってから、彼女の名は出すことなくペリカン文書を使って・・・リナの逃亡の妨げになるので名前は絶対に公表できません。」
 ガウリイは端整な顔を微かに歪めた。
 リナに遠くへ行ってほしくない。逃亡するとなれば、アメリカ本国の人間と連絡をとるわけにもいかないだろう。せっかくできた彼女との縁を切りたくない。
「具体的にはどうするのだ?」
「弁護士連中をつつくんです。マティースくらい狡猾だと召喚状か逮捕状がなければどうにもできませんが、彼の代理をつとめる弁護士の名前は掴んでいるんです。ワシントンにも大手法律事務所が2つありますしね。奴らが分析してローゼンバーグとジェンセンの名前をあげたのだろうと考えています。マティースだけなら殺す対象が誰か見当をつけられないはずですから。」
「共同謀議と見た場合だな。しかし、連中が口を割らなければ?」
「計画Cを発動させますよ。」
「その中身は?」
「まだ知らないんです。リナがそこまで考えてないものですから。」
 美貌の辣腕記者はのほほんと笑って見せた。

 リナからはなるべく戸外を避け、食事も部屋でとるように言われていたのでミルガズィアの車の中で昼を食べてから、ホテルに戻った。
 8階の廊下を歩いていると、ホテルのメイドが用具カートを押して部屋の傍を通っていった。
 ガウリイはドアの前で立ち止まり、ポケットの中からルームキーを取り出した。
「何かお忘れものですか?」
 ふいに掛けられた声に驚いてガウリイが振り向くと、メイドが不思議そうに彼を見ていた。
「いや。なぜだ?」
 メイドはガウリイに一歩近づいた。
「だってお客さん、さっき部屋から出て行ったばかりでしょう?なのに、すぐに戻ってらしたから。」
「オレがここを出たのは4時間前だぞ。」
 ガウリイの言葉にメイドは彼をまじまじと見上げた。
「でも、10分前にここを長い金髪の男の人が出て行ったもの。でも・・・。」
 メイドは口篭り、さらに真剣な眼差しでガウリイを見上げた。
「ちゃんと拝見してませんでしたけど、こんな男前じゃなかったし、背ももう少し低かった気が・・・。」
 ガウリイはドアの番号に目をやった。〈833〉。間違いない。
 ガウリイは真剣な表情でメイドを見据えた。
「本当に、オレ以外の人間がこの部屋から出て行ったんだな?」
「え、ええ。そうです。ついさっきのことですもの。隣の部屋を片付けた後のことですから。」
「・・・。」
 ガウリイはもう一度ドアを見た。
 さっきまで誰かがいたらしい部屋。
 彼はばっと踵を返し、足早に階段に向かう。
 後ろでメイドが何か言っていたが頭に入ってこない。
 階段を8階分駆け下りる。
 部屋に何か置いてあっただろうか。
 いや、服だけだ。
 リナの泊まっているホテルの住所や部屋の電話番号を記したメモはポケットにある。
 パニックに陥りかけた頭を必死で宥める。
 ガウリイは呼吸を整えてから、ロビーに出た。
 リナに連絡を取らなければ!


 バーはマティースと連絡を取れというフィブリゾの命令を受けて、ニューオリンズに飛んだ。そして、ある弁護士に会い、フロリダに行くよう指示され、指定されたホテルにチェックインした。
フロントにはメッセージが残されており、午前0時に電話が来るらしい。
 まだ時間があるので、バーはフィブリゾの自宅に電話を掛け、これまでの経緯を報告した。しかし、フィブリゾは他のことで頭が一杯だった。
「ガブリエフが手が付けられなくなっているんだ。そして、タイムズ紙のリフキンという男も話を聞きつけたらしくて、片っ端から電話をかけてる。あの2人は危険だ。」
 自分で噂を流したくせに焦りの見えるフィブリゾに、バーは顔を顰めた。
「その2人は文書の実物を見ているのか?」
「見たかどうかは分からないが、話は聞いているようだ。昨日、リフキンが僕の補佐官の一人に電話を掛けてきて、〈ペリカン文書〉について聞いてきたらしい。だが、彼は何も知らなかったし、リフキンも詳しくは知らなかったようだ。彼が実物を見ているとは思えない。だけど、確証もないんだ。」
 要するに、ガブリエフ以外にも活発に動く記者が出てきて困っているようだ。相手が相手だけに、危険を犯して食いついてくるはガブリエフくらいかと思っていたのだが。
「いくらオレたちでも、ごまんといる記者連中の動きを逐一追うなんぞできん。あの連中は1分あたり100本の電話をかけるんだ。」
「たった2人だけだよ。ガブリエフとリフキンだ。ガブリエフは盗聴体勢を整えたんだよね。だったら、リフキンにも同じことをやるんだ。」
 簡単に言ってくれる、とバーは眉を顰めた。
 電話の向こうまで表情は見えないから、いくらでも顰めていられる。
「ガブリエフは盗聴してるさ。だが、あの男は自宅の電話も自動車電話も使わないんだ。ニューヨークの空港から仲間に電話して確認したんだが、やつはもう丸一日自宅に帰ってない。何故か車は置きっぱなしだそうだ。電話をかけてみたし、ドアをノックしてもみたが、いないんだ。やつはくたばったか、夜陰に乗じて抜け出したんだろうよ。」
「たぶん死んでいるのさ。」
「まさか。オレたちが尾行してたし、FBIも尾行してた。たぶん、それに気づいたんだ。」
「とにかく、ガブリエフを見つけ出せ。」
 フィブリゾの言葉にいつもの余裕がない。
 頭の足りない大統領の補佐を独りでやっているのだから、無理はないかもしれない。
「いずれ顔を出すさ。ポスト本社からそう離れたところに行きやしないだろう。」
「そうだな。・・・リフキンの電話も盗聴してくれ。お前の部下に今夜にでも仕事にかからせろ。」
「ああ、分かった。」
くすり、と電話の向こうの男が笑った気配がした。
「ねぇ、ガブリエフが話を嗅ぎつけて、ポスト紙の一面で発表しようとしているって知ったら、マティースはどんな反応をするかな。」
 楽しそうに聞かれて、バーは目を瞑った。
 フィブリゾにはやはり逆らうべきではない。
「あの男なら、人を殺すのに躊躇いはしないだろう。」
 バーの答えに、フィブリゾが満足そうに笑う。
「ふふ、明日、マティースに会える見込みはどのくらい?」
「さぁな。しかし、ここはバハマに近い。明日こっちが動くか、向こうが動くかするんだろう。はっきりとしたことは何も聞かされてないんだ。」
「ふぅん・・・、まぁ、ガブリエフのことはそこで強調しておいてよ。」
「考えておく。」
「朝、電話を。」
「ああ。」


 リナはジョージタウン大学の図書館の閲覧室にいた。
 『マーティンデイル‐ハッベル法曹界名鑑』の第五巻に、ワシントンDCの法律事務所の項目を見つけ、そこの〈ホワイト&ブレイズヴィッチ法律事務所〉を探し出す。そこには、452人の弁護士について、名前、生年月日、出身地、学歴、専門分野、特筆すべき業績、賞暦、受託活動の有無、出版暦などが掲載されていた。
 リナはそこのパートナーとアソシエイトをアルファベット順に分類し、用紙に書きとめていった。
 日が暮れる頃には、〈ホワイト&ブレイズヴィッチ法律事務所〉について事務所外には例のないほど通じていた。
 学食で学生に混じって夕飯をとってから、タクシーでホテルに戻った。

 ドア部屋を開けて、一歩入ると、床に落ちていたメモを踏みつけてしまった。
 メモには《リナへ オレはパティオにいる。緊急事態だ。 ガウリイ》とあった。
 リナはきゅっと唇を噛み締めた。それから、深呼吸して、メモをポケットに突っ込んだ。
 談話室を通り抜け、バーの横を通り過ぎ、パティオに出る。
 レンガの壁に半分隠れたテーブルに、ガウリイは驚くほどひっそりと座っていた。
「なんでここに?」
 ガウリイの隣に座りながら、リナは押し殺した声で尋ね、彼の様子をうかがった。
 端整な顔には疲労と憂慮の色が濃い。
 彼の腕が伸びて、リナの二の腕を掴んだ。
 そのまま、蒼い瞳が彼女の瞳を覗きこんできた。
「どこに、行ってたんだ?」
 リナは眉を顰めて、腕を離そうとしたが、ガウリイの太い指は外れなかった。振り払いたかったが、人目につきたくないのでやめておく。
「あなたがここにいる理由の方が今は大事でしょ。あたしが来いと言わない限り、来ちゃいけなかったのに。」
 咎める視線を受けて、ガウリイはミルガズィアに会ったことからホテルのメイドに至るまでの出来事を、手早くリナに聞かせた。
「それで、タクシーを乗り継いで駆けずり回ってた。尾行はされてないはずだ。暗くなってからここに来た。」
 リナはガウリイの話を黙って聞いていたが、パティオ内に目を走らせ、入り口を見張っていた。
「部屋に侵入したのが誰かは分からないが、いったいどうやってオレの居場所を突き止めたのか・・・。」
「誰かにルームナンバーを教えた?」
 よくやくリナは口を開き、問いかけた。
 ガウリイは少しだけ考え込み、頷いた。
「上司のミルガズィアさんにだけ。けど、あの人は他人に話すような人じゃない。」
「ナンバーを話したのは、どこで?」
 リナはガウリイの方を見ずに尋ねた。
「ミルガズィアさんの車の中だ。」
ふぅ
 リナは息を吐いて首を振った。次いでガウリイに注がれたのは厳しい眼差しだった。
「言ったでしょう?誰にも教えちゃ駄目だって。」
 紅く突き刺さる視線に返す言葉も見つからず、ガウリイは項垂れた。
「あなたにとってこれは楽しいお遊びってわけね、海岸で騒ぐのと一緒なんだわ。脅迫されたことはあっても何も恐れてないのね。2,3日あたしと探偵ごっこをやれば、ピュリッツァー賞をもらえて有名になって万々歳?」
「違う、リナ・・・。」
「どれだけおめでたいの?どれだけ危険か言ったはずよ?あたしの目の前でおきたことも言ったわよね。あたしは見つかったらどうなるか分かってる。でも、あなたにはお遊びだったのね。警泥?隠れんぼ?」
「リナ。すまない、リナ・・・。」
 ガウリイは搾り出すように呟き、リナの腕を掴んだ手を離し、彼女の小さな手をとった。
「すまない。オレは、オレが馬鹿だったせいで、お前さんまで危険に晒すとこだったんだな。けど、リナ。頼む、信じてくれ。オレは遊びのつもりなんかじゃない。」
 目を瞑り、ガウリイはリナの手を両手で包み込み、その細い指を祈るように自分の額に押し当てた。
 指先から伝わってくる温かさに、リナは眉を顰めた。
 ガウリイの浅はかな行動をリナは怒っていた。けれど、この男の真摯な声と態度は自分のどこかを震わせる。
「もうヘマしないでよ?」
「ああ。」
「次はあの世行きよ?」
「ああ。」
 悄然としたまま懸命に返事をする様子は、なんだか犬のようだ。少しだけ可愛いかもしれない。
 リナは息を吐き出した。
「今夜はこのホテルに部屋をとって。明日の夜、まだ生きてたら、あなたに別の宿を探すから。」
「分かった。」
 どうやら許されたらしい気配を感じ取り、安堵しながらガウリイは目を開いた。
 ガウリイが手の力を抜くと、リナの手は引っ込められてしまった。
 名残惜しく思いながら、ガウリイは首を傾げてリナに問いかけた。
「やつらはどうやって、オレを見つけ出したんだ?」
「ミスター=ミルガズィアの車に盗聴器が仕掛けられてたんでしょうね。ということは、おそらく、あなたのアパートやあなたの車にもそれがあると考えた方がいいでしょうね。」


 ようやくアップできました。
 今回もリナが登場するまで、遅々として筆が進みませんでした。
 (2005 11/19)