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 三蔵一行は、凸凹コンビを野営地に案内した。
 異世界からの来訪者と思われる2人組みは栗色の髪の少女と金髪の青年で、彼らは武装していた。2人が身に着けているのが、少々見たことのない形の甲冑であることや、服の素材が天然ものであることを三蔵と八戒は見て取る。
八戒がコーヒーを振舞って落ち着いたところで、自己紹介を始めた。
「どうも、僕は猪八戒といいます。」
 にっこりと八戒がいうと、悟浄が主に栗色の髪の少女へ笑みを向けながら口を開く。
「オレは沙悟浄。悟浄って呼んでくれな?」
「オレは悟空!孫悟空だ。よろしくなっ。」
 無邪気に笑顔で悟空が言う。
「玄奘三蔵。」
 コーヒーをすする手を止めて、無愛想に三蔵が言う。
 その名前に、少女は何の反応も示さず、青年は泰然としている。この世界の住人であれば『三蔵』の名に何かしら反応を示すものであるが、それがないところを見ると、やはり異世界からの来訪者であるのだろう。
「姓が七瀬、名があやめです。あやめと呼んでください。」
 あやめが微笑みかけると、少女もにこりと笑った。
「さっきはありがとうございます。あたしは、リナ=インバース。こっちのぼーっとしてるのが、ガウリイ=ガブリエフです。」
「どうも。」
 なにげにヒドい紹介だったが、ガウリイはただ頭を下げただけだった。
 八戒はにこにこ笑顔を崩さず、口を開いた。
「えーっと、リナさん。変なことを聞くようですが、この辺りは初めてですか?」
「ええ、まあ。」
 リナは頷いたが、多くを語らない。
 警戒しているのかもしれない。あやめのように三蔵たちのことを知っているわけでなければ、異世界に来た者としては当然の態度だろう。
 幼く見える容姿に反し深い知性を感じさせる少女に、八戒はどう切り出していくべきか悩んだ。とりあえず、信用させるところから始めるか、と思っていると、あやめが動いた。
「リナさん。」
 名を呼ばれて、リナがあやめに目を向ける。その視線は八戒に対するものより幾分柔らかい。最初に加勢したからだろうか。
 あやめは真っ直ぐにリナを見詰めた。
 あやめは『リナ=インバース』を知っていた。彼女があの『リナ』なら、迂遠な言葉を選ぶより、真実を語った方が早道だ。
「ここは、リナさんたちのいた世界とは別の次元に存在する世界です。」
 リナが軽く目を見開いた。
「それは・・・。」
 リナが何か言おうとしたのをあやめは遮った。
「リナさんがご存知の結界の外の世界でも別の魔王が存在する世界でもありません。」
「あなた―。」
 リナの紅い瞳が眇められた。
「その世界とも別の次元にある世界です。ここは、神族と呼ばれる存在が見守り、人間と異種族である妖怪が共に生きる世界。この辺りは桃源郷と呼ばれています。現在、桃源郷では人間と妖怪が敵対しています。ある日突然妖怪の多くが理性を失い、凶暴化したためです。先程貴女たちに襲い掛かったのが妖怪。ああ、でも、ここにいる悟空、八戒、悟浄も妖怪です。強い自我を持つ妖怪はこの混乱にも・・・。」
「ちょっと待って。」
 滔々と説明するあやめの言葉をリナが遮った。
「あなたの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないけど、あなたは信じていい気がしてます。でも、あやめさんはあたしたちの事情に詳しすぎる。なぜですか?」
 紅い瞳が強い光を湛えて真っ直ぐにあやめを見詰める。
 あやめはそれを受け止め、頷いた。
「私自身が、この世界では異邦人だから、リナさんたちとは違う世界からここに来た者だからです。」
 リナは眉を顰めた。
「答えになってないですよ。」
 あやめは気が進まないものの、真実を伝えることにする。
「信じる信じないは自由です。ただ、この桃源郷のある世界、そして、三蔵たちのことを私は書物で読んでいました。私にとって、この世界はお話・・・本の中の世界でした。私の世界には娯楽として様々な書物が溢れていました。」
 『お話の世界』という言葉を言うときに、三蔵たちよりもあやめ自身が苦くどこか傷ついたような色を浮かべる。
「その書物の中に、リナさんが主人公であるものがあったのです。全てを知っているわけではありませんが、そこに書いてあったことだけは知っています。」
 リナは大きく目を見開いた。
「書物・・・。」
「リナが主人公じゃ、やたらと大事件ばっか起きる色気のない話なんだろーな。」
「うっさい!!」
すっぱあああんっ
 呆然とするリナの横でいらぬことを言ったガウリイが彼女の懐から出てきたスリッパでどつかれた。
 頭を押さえしゃがみ込んだガウリイを放って、リナは真面目な顔であやめに向き直る。
 あやめは思わずこみあげてきた笑いを抑えようと必死になってしまった。
 本の通りにスリッパで突っ込まれるガウや瞬時にシリアスに戻るリナが可笑しくて仕方がなかったのだ。大柄な美丈夫が小柄な美少女にド突き倒されるのは視覚的に非常に衝撃的なものがある。しかし、肩を震わせていると、リナから怒気が送られてくるのであやめは少し青ざめた。魔法をくらいたくはない。
「受け入れがたいけど、あやめさんが嘘ついてる感じはしないですし。」
 あやめはちょっと困って小首を傾げた。
「えっと、お2人しか知らないはずのこととかある程度は知ってると思います。あ、ゼフィーリアに旅立つ前までしか知らないのだけれど。出会ったときにガウリイさんがリナさんを小声で『どんぐり目でペチャパイのチビガキ』と評して、それをしっかりリナさんが聞き取ってたこととか。魚屋がウェイトレスにリナさんが見えるとボケたこととか。あとは・・・、ああ、デイミアの屋敷の地下の結界でずぶ濡れになったとき、ガウリイさんが『肌と肌で』とか言ってリナさんの怒りを買ったこととか・・・。」
「あー、そんなこともあったわねぇ。思い出しても腹が立つわ。」
 リナが遠い目をしながらこめかみをぴくぴくさせた。
「オレとしては忘れてほしいんだが・・・。」
 ガウリイがぽりと頬をかく。
「最近・・・といっていいかどうか。えと、リナさんのご実家ゼフィーリアに行く理由をガウリイさんが『葡萄』だと言ったことも一応知ってますけど。」
 あやめはにっこりと笑顔を浮かべた。
 リナが真っ赤になって何かを振り払う様に頭をぶんぶんと振り、ガウリイはきょとんとする。
「わわわ分かったわよ。あやめさんの言うこと信じます。だから、もう過去を列挙するのは勘弁してくださいっ!!」
 リナの様子にあやめは微笑んだ。
「信じてもらえたみたいでよかったです。」
 


(2006 10/22)