雪中花   side-G


 真っ暗な部屋でオレは目を開いた。
 部屋の中なのに、空気がやけに冷たい。
 隣の馴染み深い気配が動いた気がした。
「また、か・・・。」
 オレは眉を顰めた。
 最近、リナは夜中目を覚ますことが多い。
 時には静かに、時には悲鳴を上げて。
 友人の命をその手で奪うしかなかったあの日からだ。
 普段どんなに目茶でも、彼女は切なくなるほど優しい。
 自分の罪を黙って背負い、自分の心の傷も悲しみも抱え込んで、誰にも心配を掛けさせない。
 オレが罪も悲しみも半分背負うと言っても、めったに彼女は自分の弱みを見せないし、頼ってこない。
 何ものにも頼らず走り続ける強さが彼女の魅力と分かっていても、ひどく切ない。
 悲鳴を上げた夜なら、リナ自ら頼ってくれなくてもオレから手を差し伸べることはできる。けれど、今夜のように静かに目を覚ました夜は、オレは彼女に近づけない。近づいても、十中八九彼女は辛さを隠してしまう。
 なんでもないフリをして微笑む顔がどんなにオレを突き刺すかなんて、リナは知らないんだろう。
 誰より傍にいるつもりなのに、誰よりも彼女との距離を痛感させられる。
「ん・・・?」
 隣の気配が動いた。
 軽い足音の後に、窓を開ける音。
 離れるリナの気配。
「!?」
 オレは慌てて窓を開けた。
 外は一面の銀世界。
 真白の世界にリナの姿が消えていく。
「リナッ!」
 呼びかけても声は雪に吸い込まれてしまった。
 オレは慌てて着替えて剣を帯び、上着を羽織ると部屋を飛び出した。本当は着替えなんぞしている余裕はないのだが、パジャマのままで追ったらリナに怒られそうだ。そして、剣がないと何かあったときに彼女を守れない。
 外に飛び出し、リナの気配を辿る。
 しんしんと降る雪は一切の音を吸い込み、確かに感じ取れるリナの気配まで覆い隠してしまいそうだった。
 ちゃんと追わなければ彼女を見失ってしまうのではないか。そんな恐怖にオレは歩を速めた。
 闇の中、淡く輝く真白の世界は美しいが、リナを飲み込むのならこんなものはいらない。
 焦る心を宥め、リナを探す。
 リナは雪が綺麗だから、部屋を出ただけに違いない。
 必死でオレは自分を宥める。
 ただの散歩だとリナに笑って欲しい。


 どれだけ歩いたのか、やっと彼女の姿を捉えた。
 ショルダーガードなしのマントを羽織った背中に栗色の髪が流れている。
 彼女はオレが近づいているのに気づいてるだろうに微動だにしない。
「何やってんだ、リナ。」
 彼女を見つけて安堵した心は、振り返りもしない彼女に苛立つ。
 オレはリナの肩を後ろから掴み、そして、思わず強張った。
 リナの肩は氷のように冷たかったのだ。
「おいっ!?」
 慌ててリナを引っ張り、両肩を掴んで正面からリナを覗き込む。
 見上げてくる小さな顔は白く血の気を失い、小さな唇は紫色になっている。
 色を失った面で唯一、大きな瞳だけが紅く煌いている。
 真っ白な世界でリナの瞳だけが色を持つ。
 リナの瞳に一瞬見入ったオレは、ふと彼女がパジャマにマントを羽織っただけなのに気づいた。
「冷え切ってるじゃないか!こんなカッコで・・・、いつからいたんだよ?」
 風邪引いて肺炎にでもなったら、どうするんだ。
 冷え切って、自分が震えていることにも気づいていない様子の彼女に、オレは胸が痛くなってきた。
 見上げてくる紅い瞳が、何故か痛みを堪えるように歪んだ。
 紫の唇が微かに開き、何か言おうとするが、寒さで強張っているようで声にならない。
 けれど、なんとなく分かった。
 たぶん、自分は大丈夫だ、と言いたいのだ。
 こんなに冷たい肩をして、声も出せないくせに強がる。
 手の中の震える細い肩。
 いつもは近づくものを焼き尽くす紅蓮の炎のように輝いているくせに、今はやけに頼りない。

 守りたい。

 オレは、リナを抱き寄せた。
「が、がう、り・・・。」
 リナは驚いて声を上げたが、その唇は震えていた。カチカチと歯まで鳴らしているので、弱々しい印象を与える。
 抱き寄せた小さな身体はオレの腕にすっぽりと収まる。
「唇紫になってるぞ。本当、何やってんだよ。震えてるじゃないか・・・。寒さに弱いくせに。」
 震える身体は氷のように冷たくなっていた。オレが追いかけてこなければ、このまま雪に同化してしまったのではないだろうか。
 様々な命を屠り、友人まで手に掛けたリナが苦しんでいるのは知っていたが、無意識に自分をここまで追い詰めるなんて。
 小さく儚い彼女を大事に抱える。
 寒さからも悲しみからもリナを守りたい。
 こうして抱いていれば、オレの体温で温まるだろう。
 冷え切ったままだと危ないとさすがに気づいたのか彼女は大人しくしている。
 ひらひらと雪が舞い落ちる中、リナがコトリとオレの胸に頬を預けた。
 おそらく、何の意図もなく、楽な姿勢をとっただけだろう。
 それでも、胸が熱くなる。
 リナ・・・、リナ・・・。
 声に出さずに彼女に呼びかける。
 たぶん、リナは気づいてくれないだろう。
 それでも、呼ぶのをやめることはできない。
 冷え切った彼女の身体が徐々に温もりを取り戻してきた。
 だが、このままこうしているわけにもいかない。
「少しは温もったか?このままじゃ風邪引いちまうな。」
 オレはリナの身体を横抱きにして持ち上げた。
 リナの血の気を失っていた頬が少しだけ赤くなる。
「な・・・っ、ちょっ、が、ガウリ、っ!?」
 リナはものすごく慌てて声を上げたが、震えているため唇を噛み切ってしまった。
 小さな唇にぷくりと紅い色。
 白い世界で、唯一の色。
 オレはそれに目を奪われた。
 紅いリナの瞳。
 紅いリナの血。
 紅いリナの唇。
 僅かな血を舐め採る舌を絡め取ってしまいたい衝動を必死で押さえ込む。
 そんな間にもリナは暴れたかったようだが、寒さに強張った身体では動けず悔しそうな表情をする。
 オレは何とか呆れた表情を作った。
「なにやってんだよ、まともに動けないくせに。いいから、大人しくしてろって。」
 リナを横抱きにしたまま歩き出したオレに、ひらひらと雪が舞い落ちてくる。
 真っ白な世界にオレたちまで取り込んでしまおうとしているのか。
 雪になんか、リナは渡さない。
 腕の中のリナに視線を落とすと、彼女はほんの少し柔らかい表情をしていた。その表情のまま、リナはそっとオレの肩に頭を預けた。
 愛しさに眩暈がしそうだ。
 恋でも愛でもなくても、お前はオレが傍にいるのを許してくれている。
「宿、もう少しだから。我慢してくれよ?」
 オレはリナにそっと囁きかけた。
 リナは小さく頷いてくれた。
 オレの体温がリナに移り、徐々に彼女の身体が温もっていく。
 オレの温もりが彼女に移るように、オレの想いも少しでも伝わればいいのに。
 ひらひらと雪はまだ舞っている。
 真白な世界からリナを守り、抱いている。
 リナは真白に身を投じようとしていたみたいだけれど。
 どこにも行かないでくれ。
 傍にいたいんだ。
 傍にいてくれ。
 リナ。


       


  ホワイトなガウリイと思う。
  賢くなってるのは仕方なし。
  side-L 共々少しでも楽しんで頂ければ幸いです。(2005 2/13)