誰が為に花は咲く
 1.

 穏やかな快晴の下、町の大通りを人目を引く二人組みが歩いていた。
 まず目がいくのは長身の傭兵風の青年だろう。黒い胸甲冑に腰には長剣。輝ける金髪は腰よりもりも長く揺れるたびにさらさらと音を立てそうだ。腰の剣を軽々と扱うのであろう筋肉の張り巡らされた身体は彫像のように均整が取れている。驚くべきはその美貌だ。女と見紛うばかりに整った顔、そこに穏やかな蒼い瞳がある。道行く女が見とれるのも致し方ない。
 青年の隣にいるのは彼とは対照的に小柄な魔道士だ。長く艶やかな栗色の髪は豊かに背へと踊っている。華奢な身体を黒マントにショルダー・ガード、腰には小剣を差し、宝石の護符も要所要所に埋め込んだ典型的な黒魔道士ルック。色白の小さな顔に大きな紅い瞳が強い輝きを放っている。道行く男の視線が纏わりついているのだが、そういうものに疎いのか、彼女は気づく素振りも見せない。
 旅慣れているのだろう二人はのんびりと町を歩き、宿を決めると安くて量が多いと評判の食堂へ入っていった。

「おばちゃーん、AランチBランチ3つずつと、クリームコロッケ定食2つ、あと、生ハムサラダ2つお願い!!」
 しばらくメニューを見ていたリナが注文すると、周囲から、ぶほっ、だの、ぶぴゅうだのといった音が聞こえてきた。
「あ、オレも同じヤツー、ついでに、このおすすめ焼肉定食っつーのも。」
 さらにガウリイの注文に、がちゃん、などという音も聞こえてきた。
「あっ、ずっるーい!!あんたがそーくるなら、あたしもそれと、から揚げ2人前プラスで!!」
 さらに続く少女の声に、静まり返る店内。
「どっちがずるいんだよー。じゃあ、オレもから揚げ3人前追加で!!」
 青年の声に、静まり返った店内のウエイトレスが慌てて厨房へと走る。
「んっふっふ、あんた、脳みそくらげの分際でそんなに注文していいと思ってんの?」
 リナは笑みを浮かべながら、ガウリイを睨んだ。
「だって、リナばっか、食ってたらズルいじゃん。」
 にこにこと陽だまりのような笑顔で青年が答える。
「あのねー、誰がこのところの生活費稼いでると思ってんの?ヒモの分際で生意気言わないでよ!!」
 少女の大胆な『ヒモ』発言に、周囲の客が小さくどよめいた。金髪美形の剣士は見掛け倒しで、少女に養われているのだろうか、と、アヤシイ憶測が彼らの脳裏を過ぎる。
「ヒモって・・・。つーか、お前さんの稼ぎって、趣味のあれだろ?お前さんが夜中暴れまわるから、オレもついてってちゃんと役割果たしたじゃねーか。」
 青年の発言は聞きようによっては非常に際どいものがある。分かっているのか分かっていないのか、青年はのほほんとした笑顔で少女を見る。
 リナはむうーと、唸った。
「仕方ないから、デザート3人前までは許してあげるわ。」
「そりゃどーも。」
 ガウリイは楽しそうに笑う。
 そこへ注文された料理がテーブルに溢れんばかりに並び、周囲の人間がさらに驚くような食事争奪戦がスタートされた。

 食堂内の人間がげっそりしている中、満腹して幸せそうなリナとガウリイは食後のお茶を啜っていた。
 ふとリナが遠い目をした。
「けど、そろそろ懐が寂しくなってきたのよねー。」
「あれ、この間、盗賊団ひとつ潰したとき、実入りがよかったとか言ってなかったか?」
「ををっ、ガウリイが3日も前に言ったこと覚えてる!!さては明日は嵐!いえ、大地震がきたりして!!」
 大げさに驚くリナをガウリイがジト目で睨んだ。
「お前さんなー・・・。」
 あはは、とリナが笑った。
 悪びれない少女に、ガウリイはふと思い出す。
「そーいや、リナ、この前寄った町でなんか色々買ってたような・・・。」
ぎぎくぅっ。
 ガウリイの発言にリナの米神に冷たい汗が流れた。
 そうなのだ。魔道士たる彼女は、ついつい魔道具を買いすぎてしまったのである。
「乙女には色々必要なものがあるのよっ。」
「乙女、ねぇ・・・。」
 慌てて言うリナのやや寂しい胸元にガウリイはちらりと視線を送った。
 途端にリナは真っ赤になって、顔をひきつらせる。
「あによ、なんか文句あるわけ?どっからどー見たって、可憐な乙女にしか見えないでしょっ!!!」
 米神をぴくぴくさせて言い放った言葉に様々な異論を挟めたかもしれないが、意外や同意が第3者から放たれた。
「そーですね。とっても可憐で美しいです!」
 力強く頷いたのは、見知らぬ青年だった。
ゆるいウェーブの黒髪に、深い緑の瞳、甘い顔立ちの美青年といって差し支えない外見。
 にこりと爽やかな笑みを浮かべた青年の身に纏っている洒落た深緑のスーツがかなりの上物であることをリナは見抜いた。
「旅の魔道士さん、ですよね?」
「そーですけど、あなたは?」
 見た目がもろそれなので否定するわけもなく、リナは頷き小首を傾げた。
 青年は軽く会釈してみせた。
「はじめまして、僕はアンソニーという者です。この町でブティックを経営しているんですが、折り入ってご相談したいことがありまして・・・。お話を聞いていただけませんか?」
 爽やかな笑みを浮かべてじっと見詰める深い緑の瞳に、うっとりする女性は数え切れないほどいるだろう。この調子で服を進めれば、さぞ気持ちよく買ってくれるのではないだろうか。
「どーしよっかな。急いで仕事探してるわけでもないですしー。」
 本当は路銀を稼ぐ必要はあるのだが、そこはそれ、交渉というのは大事なのである。
 気の進まない風を装ったリナに青年は困った顔で笑った。
「もちろん、報酬ははずみますよ。」
 『報酬ははずむ』にリナが反応しないわけはなく、一転彼女の顔には愛想のよい笑みが浮かび上がった。
「お話を聞かせてください。」
 笑みを向けられると笑みを返すのが商売柄癖なのか、青年はにこりと笑ったが、ちょっと周囲を見回した。
「ええと、ここではちょっと・・・。」
「あ、じゃあ、宿の部屋で。」
「いいんですか。すみませんね。」
 リナは立ち上がり、ここでようやくガウリイに目をやった。
 交渉の間は暇な彼はよく眠っていることがあるので、そうならスリッパで叩き起こしてやろうと思ったのである。
 しかし、ガウリイは珍しく眠っていなかった。それどころか、何やら眉間に皴を寄せている。
「ガウリイ?」
 リナに声を掛けられて、ガウリイは慌てて立ち上がった。
「お、おう。行くんだな。」
 頷く彼に眉間の皴はすでにない。
 リナは首を傾げたものの追求せず、宿へと向かった。


「アホかぁああああ!!!」
 宿の一室に大音声が響いた。
 リナが自己紹介をしてアンソニーが些か青ざめるということはあったものの、切羽詰っているのか依頼内容を話した。その内容に対して、リナが思いっきり叫んだのである。
 アンソニーはやや青ざめて不安げにリナを見、ガウリイは何も考えていないのか穏やかな顔で佇んでいる。
 リナはぴくぴく頬を引きつらせながら額に手をやった。
「つまり、服買いに来る客に愛想振りまいてナンパしまくってる内に、やばい筋の娘にも手を出したら相手が本気になって、その娘があんたのデート相手、人を使って襲う、と。」
「まあ、そういう言い方もできるかと・・・・。」
 アンソニーはごにょごにょと言うが、リナの鋭い目に口を閉ざす。
「つーか、身から出た錆じゃない!!いったい、それをどーしろってーのよ!!」
 リナの言葉にアンソニーは怯えながらも口を開いた。
「リナさんに僕の恋人役をしてほしいのです。僕が心を決めた人にどんな攻撃も効かないとなれば、諦めてくれるんじゃないかと思って・・・・。」
「はあっ?あんた、自分ではっきり断ったらいいじゃないの!!」
 他人頼みな様子が気に食わないらしくリナが思いっきり顔を顰めた。
 アンソニーは悲しげに首を振った。
「何度も、お付き合いする気はないと言ったんです。でも、本命がいないなら自分にもチャンスはあるとかなんとか・・・。」
「いないんか、本命。」
 アンソニーは微笑んだ。
「世の中、素敵な女性が多すぎて。」
 微笑む彼ははっきりきっぱり美青年で、彼が態度を改めない限りそれにひっかかる女性も多いわけで。
「救いようがないわね・・・。」
 リナが心底呆れた顔をする。そんな彼女にアンソニーは縋る様な眼差しを向けた。
「お願いします。高名な貴女なら、町のヤクザ如き相手にならないでしょう?」
「そりゃそーだけど・・・。」
「金貨50枚。」
ぴくっ
 提示された金額に、リナの耳が動いた。
「でも、あんたがしゃっきりすれば話は終わるわけで・・・。」
「リナさんみたいな可愛くて綺麗な女性が本命だと思ったら、諦めてくれると思うんですよね。」
ぴくぅっ
 滅多に聞けない自分へ向けられた褒め言葉に、リナの肩が動く。
「僕、デートする女性には必ず服を贈るんですが、もちろんリナさんにも着ていただきたいです。魔道士姿も凛々しくて素敵ですが、うちの服を着たらますます綺麗で色っぽくなると思うんですよね。」
ぴくぴくぅっ
『色っぽくなる』との言葉にリナの関心がさらに引き寄せられる。
「金貨60枚。」
うっしゃああ
 リナは心の中でガッツポーズを決め、にっこりと笑った。
「分かりました。その依頼、受けましょう。」
「ありがとうございます!!」
 アンソニーが嬉しそうにリナの手を両手で握り締め、交渉が成立した。
 その後ろでガウリイは一人浮かない顔をしていた。
 リナが気づいて首を傾げる。
「どったの、ガウリイ?」
「んー、いや、なあ。」
 ぽりぽりと米神を掻いて、ガウリイはアンソニーの方を向いた。
「アンソニーさんよ、言っちゃなんだが、リナと歩くのはそれだけで危険だぞ。」
「ま、確かに道を歩いてて悪党に会うなんてこともよく・・・。」
「リナの見境なしの攻撃呪文にさらされて、ちょっと突っ込んだだけで吹き飛ばされることもしばしばあるし。」
「ちょっ、ガウリイ!!人をそんな破壊魔みたいに・・・。」
「そーは言うけど、お前さんが暴れない日なんて・・・。」
「うっさい!!」
 言い合う二人にアンソニーはにっこり笑った。
「はは、頼もしい限りです。強い女性って素敵ですよね。」
 またもや褒められてリナから勢いが削がれる。それに一瞬ガウリイが顔を顰めたのには誰も気づかなかった。
「けどさ、いくら服変えたとこで、リナよ、お前さん、その胸で色っぽくなる・・・・。」
「なれますよ。」
 リナの弱点を突こうとしたガウリイの言葉を遮り、事も無げにアンソニーが断言した。
 確かに露出を高くしたところで色気が出るかは自分でも疑問だったリナは断言されて目を輝かせた。
「ホントに?」
 期待に目をきらきらさせたリナをアンソニーは眩しそうに見詰めた。
「勿論です。リナさんの華奢な美しさを生かして色っぽく且つ綺麗な女性にしてみせます。」
「へぇ、言い切ったわね。」
 リナが頼もしそうにアンソニーを見た。
「はい。服やアクセサリーの用意をしたいので、明日僕の店に来てください。」
「服代、依頼料から差っぴくんじゃないでしょーね。」
 確認するリナにアンソニーは苦笑を浮かべた。
「はは、まさか。純粋なプレゼントですよ。で、寸法ですが・・・。」
「あ、測らなきゃダメ?」
「いえ・・・。」
 小首を傾げるリナに微笑んで首を振り、アンソニーは腕をゆっくりのばした。
ぐいっ
「わきゃっ。」
 一瞬でアンソニーはリナを引き寄せ、優しく抱きしめた。
「ななななななななななななな。」
 真っ赤になって言葉も出ないリナの細い腰にアンソニーの腕が回される。
べりっ
 ガウリイが硬直しているリナをアンソニーから引き剥がした。
「いっ、いきなし何すんのよー!!!」
 我に返ったリナが叫び、やおら構えて混沌の言葉を唱えだした。しかし、アンソニーは慌てず騒がず微笑む。
「今ので寸法分かりましたから、服脱いでメジャーで測る必要なくなりましたよ。」
 にこにこ言われた言葉に、リナの顔はますます真っ赤になり、「確かに服脱ぐよりマシかも・・・?」とぶつぶつと呟いて呪文の詠唱を止める。
 リナの背後でガウリイは一瞬鋭くアンソニーを睨み付けたが、リナに話しかけた。
「お前さん、そのくらいで真っ赤になって、恋人のフリなんてできるのか?」
「いや、それはその・・・。」
 刺激が強かったせいかリナの口が鈍る。そんな彼女に諭すようにガウリイは言葉を重ねた。
「お前さん、今までまともに男と付き合ったことないんだろ?そんなんで・・・。」
「うっさい!!!」
 いきなりリナはガウリイの言葉を遮り、怒りの灯る紅い瞳で彼を睨み付けた。
「恋人のフリくらいできるわよっ!!」
 噛み付くように叫んだリナに、ガウリイの瞳に一瞬影が走る。しかし、怒り狂ったリナはそれに気づかない。
 アンソニーが優しくリナの肩に手を置いた。
「初心なところも可愛いですよ。大丈夫、リナさんなら素敵なデートができると思います。」
 臆面もなく言われた台詞にリナは頬を染め、アンソニーから目を逸らした。
 ガウリイの蒼い瞳に物騒な光が宿り、アンソニーはやや顔を引きつらせてリナから手を離した。
「じゃあ、明日お待ちしております。」
 帰り際、甘く笑って去る辺り、なかなかのタラシぶりである。
 アンソニーが去った後、なんとなく、室内に沈黙が下りた。
「あたし、魔道書読むから。」
 リナがくるりとガウリイに背を向けた。
「おう、じゃ、夕食までオレも部屋にいる。」
 ガウリイも何を言うでもなくあっさり部屋から去ってしまう。
 一人になった室内で、リナはベッドにぱたりと倒れこんだ。
「何よ、ガウリイの馬鹿・・・。」
 いつまでも子ども扱いしてくる自称保護者に最近ひどく苛々する。旅を始めた頃は年の差もあるし、自分も大人とは言えない年齢(残念ながら外見も)だったため、そう違和感はなかった。しかし、リナももう18歳。背もちょっとは伸びたし、胸もちょびっとは大きくなったし、結婚したっておかしくない年齢になったのだ。
 だいたい恋人ができないのだって、ガウリイが四六時中一緒にいるからいけないのだ。口さえ開かなけりゃ金髪美形の彼と張り合おうなんて勇気のあるヤツはそういない。たまにナンパされても、お父さんよろしくガウリイが追い払ってしまうし。いや、あんまし頭悪そうなのはリナがふっとばしているのだが。
 何よ、メフィよりも破壊魔だとか、胸がピクシーよりも小さいとか、ゴブリンよりも劣る色気で恋人のフリなんてできるわけないとか!!
 誰もそこまで言っていないのだが、勝手に脚色して、リナは怒りを燃え上がらせる。
「こーなったら、恋人のフリ成功させて、参りましたと頭下げさせてやるんだから!」
 少々依頼内容と異なった誓いを立て、リナは闘志を滾らせるのであった。



 前後編くらいですます予定が、あれよあれよと言う間に長編に・・・・。
 お付き合い下さると有り難いです。
(2005 3/1)