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 よく晴れた朝、リナは気合いを入れて宿の一階にある食堂へ降りていった。
 今日は、仕事とはいえデートの日。そして、何よりガウリイに一泡吹かせるという壮大な目標がある。・・・まぁ、あんまし壮大でもないかもしれないけれど。
 リナが食堂に入ると、ガウリイは既に座っていて片手を挙げてきた。
「おはよう、リナ。」
 暖かい笑顔は陽だまりのようだが、包み込む眼差しはリナに彼が保護者を自称していることを思い出させる。
「おはよっ、ガウリイ。」
 けれど、今日は見事なデートっぷりで彼の度肝を抜き、子ども扱いを止めさせてやる!!
 リナは上機嫌で椅子に座った。
「リナの分も注文しといたぞ。」
「ありがと(はぁと)」
 にこにことリナは礼を言う。
 ガウリイが不審そうにリナを見た。
「なんだ、やけにご機嫌だな。」
「え、そーお?いつも通りよっ。」
 にこにこ通り越してにやにやと笑うリナ。
 やがて料理が運ばれてきて、お食事争奪戦が始まる。
「ハムサンドいただきっ!」
「うわぁっ、ならウィンナーはオレのもんだ!!」
「いとしのウィンナーさんをよくも!!こうなったら・・・。」
 どんどん白熱していく戦い。
「秘技三段突き!!ていっ、ていっ、ていぃっ!!!!」
「くっそぉ!!なら、こっちは・・・と見せかせて、てやっ!!」
おおっ、パチパチパチ・・・
「フェイントとはこしゃくな・・・!!」
 目にも留まらぬ速さで閃くナイフとフォークに、拍手をもらったりもしながら、リナとガウリイは食事を終えた。
「さて、行きますか。」
 リナは満足げな顔で立ち上がり、ばさり、と、マントを翻した。
「行くわよ、ガウリイ。」
「おう。」
 リナは背後を振り返ることなく歩き出す。
 だから、ガウリイが非常に苛立った色を浮かべていたことに気づくことはなかった。


 町の中心部に程近い、なかなか洒落たブティック。ディスプレイされている服もなかなかセンスがよい。
 店内に入ると満面の笑みを湛えて、アンソニーが出迎えてくれた。
「おはようございます。用意はできてます!早速、着てみてください!!」
 やけにテンションの高い彼は女性店員へ指示を出す。
 リナは試着室へ大人しく入った。
 下着から全て取り揃えてあって、リナは少々赤面しながら着替えてみた。
「うーん、けど、これ、本当にあたしに合うのかな・・・。」
 少々自信なさげにリナは呟いた。
渡されたのは、ワインレッドのスリップドレス。
 柔らかい生地のドレスはリナの華奢な身体をさらさらと流れる。
胸元は鎖骨より下辺りから隠されて、さらにダークグレーのレースがあしらわれ、ハイウエストだがやや寂しい胸はあまり強調されない。強調されているのは、華奢な身体のラインと、脚である。裾は辛うじて膝丈だが、裾の方は胸元と同じレースがあしらわれているので、膝の上あたりから下は透けている。
 足元すーすーするなぁ。肩も丸見えだし。冬なら凍死しちゃうわね。
 頼りない服の感触にリナは困惑する。ドレスを着たリナに、女性店員がダークグレーの透ける素材のカーディガンを渡してくれた。剥き出しの肩が心許なかったリナは安堵の表情を浮かべたが、透ける素材のため、剥き出しの状態よりかえってリナの肌の白さが強調されている。
「どうかな・・・。」
 やや目を伏せて、リナは試着室を出た。
 リナに二人の男の視線が向かう。
「よくお似合いです!!」
 すかさずアンソニーは感嘆の声を上げた。
 確かに、スリップドレスはリナによく似合っていた。
 強調される細いラインと、少女めいたドレスのデザインとが相俟って、少女から大人へと羽化しようとしている危うい艶を存分に発揮していた。道を歩けば、リナの華奢な肩、白い脚は男の視線を惹きつけてやまないだろう。
「あ、これを。」
 アンソニーは無造作にリナに近づき、彼女の髪に触れた。手早く彼の手が動き、リナの髪にいくつもの赤いガラス細工の髪飾りを飾る。彼の表情は真剣で、許容範囲を超えて近づいたことを咎めることはできない。
「うん。」
 アンソニーは満足の笑みを浮かべ、一歩下がってリナを眺めた。
「あ、君、頼みます。」
 さらにアンソニーは女性店員を呼び、リナに薄く化粧させる。薄くファンデーションとチークをのせ、軽いシャドーと、グロスを刷く。それだけで、リナはますます艶を増す。
「で、靴はこのミュールを・・・。」
 アンソニーが持ってきた華奢なピンヒールのミュールにリナは顔を顰めた。
「アンソニーさん、これはあんましでしょう。こんな靴で大立ち回りはキツイです。いくらガウリイのサポートがあったって、人ごみとかだったら援護遅れるかもしれませんし。ブーツとか、無理ですか?」
 リナの言葉にアンソニーは顔を輝かせた。
「ああっ、ブーツもいいですね!!」
 そう言って走り去り、瞬く間に柔らかそうな皮で出来たダークグレーのブーツを持ってきた。
 リナはこれならなんとかなると足を通し、立ち上がってみせる。
「これなら、落ちない男はいません。」
 アンソニーの言葉は多少大げさだが、確かに、ブーツはよく似合っていた。
 スリップドレスにブーツ。一部のマニアが喜びそうな取り合わせのそれだが、リナには微塵もいやらしさがない。凛然と輝く瞳が、潔く美しい女性として彩るのだ。
 リナはアンソニーがブーツを認めたので、試着室に戻って少し細工をする。
 試着室から出てきたリナにアンソニーは目を細めた。
「ああ、それから・・・。」
「それもつけるのか?」
 ふいにガウリイの声がアンソニーを遮った。
 ドレスを纏うリナを見てから一言も発しなかった男は、なんの気配も察知させずにアンソニーの脇に立ち、彼の手からイヤリングをとった。
「あ、はい、そうです。」
「そうか。」
 ガウリイは銀細工に紅い宝石の小さなイヤリングにちらりと視線を落としてから、リナにゆっくりと近づいた。
「ガウリイ?」
 見上げる顔は化粧が施されている為かいつもより大人びていて、けれど、その瞳は無邪気にガウリイを見上げている。
「つけてやるよ。」
 ガウリイはそっと身を屈め、リナの耳の脇の髪を掻き揚げた。
 リナはぞくりと走った感覚に訳が分からないながらも身を竦ませた。
 ガウリイの太い指が意外に優しくリナの耳に触れる。
パチン
 さらさらと目の前に零れ落ちる金髪がリナをくすぐる。
 体温を感じるほど近い距離に、何故か落ち着かない。
パチン
 ガウリイが離れて、リナは心の中で安堵の溜息を吐いた。
 ガウリイなんて、しょっちゅう人の髪かき回してくんのに、なんでかな?
 リナは困惑しながら、半歩分だけ離れたガウリイを見上げた。
どくんっ
 ガウリイを見た途端、大きく心臓が跳ねた。
 蒼穹を宿す瞳は真摯にリナを見詰めている。
 深く静かで熱い眼差し。
「何か、文句でもある?それとも、見とれて声も出ないとか?ま、天才美少女魔道士たるこのあたしに、似合わないものなんてないけどねっ。」
 ことさら強気に発言して見せるのは、ガウリイが見知らぬ男のような気がして怖かったから。
 ガウリイは微笑んだ。
「気をつけろよ。」
 そうして、いつものようにぽむぽむとリナの頭を軽く叩いた。
「あたしが油断するわけないでしょっ。」
 リナは笑って見せるが、多少寂しいものを感じていた。
 なんだ、結局、ガウリイにはお子サマにしか見えないんだ。
 鏡の自分は少しだけセクシーに見えたのに。・・・・・・・いいえっ、勝負はこれからよ!!!
 新たに闘志を燃やしなおし、リナはアンソニーの前に立った。
「じゃ、始めましょうか。」
「はい。あ、装備一式、宿の方に届けさせますのでご安心を。」
 アンソニーは自分のデザインした服を纏うリナにうっとりと笑いかけた。
「じゃ、行くわね。ガウリイ、サポートよろしく。ま、あんたの出番ないかもしんないけど。」
 自信満々で鮮やかに輝く瞳には闘志が漲っていて、ガウリイは、おう、と頷いた。
 いつも魔道士ルックに隠されていたリナの女らしさの前面に出てしまった姿に、ざわめく心を押し殺してガウリイは微笑む。
 リナはいつだって、どんな格好をしていたってリナなんだ。だから・・・。
 続けて何を思いたかったのか分からないまま、ガウリイは距離を置いて、恋人を装う二人の後を追った。


 リナの服の描写に場所使いすぎたような気がします。(2005 3/1)