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 快晴の空の下、肩を並べて歩く美男美女は、恋人が歩いているのが珍しくない通りでもよく目立つ。
 黒髪に緑の瞳のアンソニーはこの町では割とよく知られた青年だったが、本日はその隣の美女を皆の視線が追う。
 豊かな栗色の髪が細い背中で揺れ、弾むように歩く脚はブーツに覆われているが細いことは十二分に分かるし、覗く膝の白さが罪深い。だが、それら全てを忘れさせる程に紅い瞳が強く強く輝いていて、見るものに目が覚めるような印象を与える。
 見かけない美女に、町の人々は心配の目を向けた。アンソニーは女性関係が誠実でないことで有名である上に、現在、タチの悪い女に目をつけられている。
あんな綺麗で楽しそうに歩く娘が怪我なんてしないといいんだが・・・。
 町の人の心配などリナにはどこ吹く風で、彼女は楽しそうにアンソニーに話しかけた。
「で、どこ行くの?」
 恋人らしく見えるよう敬語は抜いて話しかける。
「まずは昼食を食べましょう。いい店がこの通りにあるんですよ。」
 にこにことアンソニーは言う(彼は常に敬語)と、リナの肩にするりと手を回した。
 途端に強張るリナ。
「あ、あんそにーさん・・・、あの、それはちょっと・・・・。」
 真っ赤になるリナにアンソニーはくすりと笑ってあっさり手を外し、代わりにリナの小さな手を握った。
「じゃ、こっちで。」
 にっこりとアンソニーはリナに笑いかけた。
「え、えと・・・。」
「恋人っていうのを見せ付けないといけませんからね。」
「そ、そうね。」
 しぶしぶリナは頷き、ちょっと俯いた。
 恥ずかしいぃぃぃ。皆が見てる気がするぅう。落ち着かない〜。
 やや頬を染め、俯き気味で手を引かれるリナの姿は可愛らしく、温かい笑みを誘う。
 アンソニーは本当に初心なリナの様子に微笑んだ。
 悪名高いリナ=インバースが、こんなに綺麗で可愛いなんて誰が知っているんだろう。
 そう思った瞬間に、二人から距離をとってついてきているはずの金髪の剣士の姿が脳裏に浮かんだ。
 アンソニーは忍び笑いを漏らした。
 ぐずぐずしてると、誰かにかっさらわれてしまいますよ。
「アンソニーさん?」
 ふいに笑ったアンソニーをリナが見上げてきた。
「何でもありません。あ、店、ここです。」
「美味しそう!!」
 目を輝かせるリナに、アンソニーはまた微笑んだ。
「デザートは別の店に行きましょうね。」
「じゃ、ここは抑えとくわ。」
 リナがつつましく5人前で満足してから、二人はまた歩き出した。
 通りを歩き、露店を眺めたりしながら歩く。
「来たわね。」
 アクセサリーショップを覗くフリをしながら、リナがアンソニーに囁いた。
 アンソニーが少し身を強張らせるのを、リナはくすくす笑いながら腕を引っ張り彼の耳元に唇を寄せた。傍から見ると、甘い言葉を囁いているように見える。
「まだ女は来てないみたいで、チンピラっぽいのが2人だけ。」
 恐れる風など微塵もないリナの様子に、アンソニーも緊張を解く。
「じゃあ、もう少し目立ちましょう。」
 甘い笑みを浮かべてリナを誘い、クレープ屋へと進む。
 戸外で二人が楽しそうにクレープを食べると、結構な視線が集まった。
 リナが5つほどクレープを平らげると、くすりと笑って、アンソニーが指を伸ばした。
「クリーム、ついてますよ。」
 優しい指がリナの唇の横を拭う。
 リナは羞恥に頬を染めながら、ちょっと首を傾げた。
 変ね、ガウリイに朝触られたときはもっとびっくりしたんだけど・・・。デートで違和感ないからかしら。
 変動のない自分の心臓に疑問を感じながら、リナは軽くアンソニーの手を叩いた。
「はずかしいじゃない。」
「楽しいですよ。」
 甘い笑みを浮かべて指のクリームを舐める美青年に、周囲の女性から溜息が漏れた。
 同時に向けられる羨望の眼差し。その中に、リナの感覚にひっかかるものがあった。
 さりげなく周囲を見回すと、ぎらぎらとした目でリナを睨み付ける女を見つけた。
 なかなか派手な美女だが、いかんせんその表情が怖い。
 うあー、キてるわねぇ。周りにチンピラも4、5・・・・8人てとこか。
 所詮リナの敵ではないので、リナは軽く肩を竦めると、アンソニーの腕をまた引っ張った。引っ張らないと、身長差があるので内緒話ができないのだ。
「ね、あの人じゃない?その彼女。」
 耳元で囁かれた声に、アンソニーは店のガラスで女の姿を確認し、頷いた。
「・・・そうです。」
「うーん、さっさと決着つけたいわねぇ。ずっと、睨まれてんのも肩凝るし。」
 不敵に笑うリナに、アンソニーの目がきらりと輝いた。
「じゃ、ちょっとしたお芝居を。」
 甘く笑うアンソニーの深い緑の瞳には心なしか熱いものが混じっていた。
 リナがそれに驚いている隙に彼は彼女の手を引き、人を掻き分けて人気のない裏通りへ進んだ。
 周囲にちらりと目を走らせると、アンソニーは素早くリナの身体を抱きしめた。
「な、なに・・・。」
 もがいて逃げようとするのを難なく押さえ込みながら、アンソニーはリナに囁いた。
「だから、お芝居ですよ。ちょっと我慢しててくださいね。寸止めにしますから。」
「え・・・?」
 不審そうに見上げたリナの身体をアンソニーは慣れた仕草でさっと壁に押し付けた。
 そして、リナに覆いかぶさるように顔を近づけた。
 身動きが取れないまま、リナはアンソニーの顔が近づくのを呆然と見詰めた。
 やだ・・・っ、ガウリイっ。
 思わず目を瞑ったときに浮かんだ名前にリナはさらに混乱する。そして、ふと気づいた。いつまで経っても、唇に何も触れてこない。
 そっと薄目を開けてみると、間近にアンソニーの顔があって驚いたが、ギリギリ触れない距離を保ってくれていた。
 これは仕事よ、仕事。金貨60枚!!追加料金もせしめてやる・・・っ、だから、平気っ!!!
 必死で念じながら、リナはアンソニーが離れることを願う。
 金貨が1枚、金貨が2枚、金貨が・・・。
 3枚、と数えたところで、アンソニーは離れ、そっとリナの額に口接けた。
「うきゃっ。」
 慌ててリナは額を押さえた。
 くすくすと笑うアンソニーを、リナは睨み付けた。
「いきなし、ひどいじゃない!!」
 言ってから、リナは拘束が解かれていることと、足音が近づいてきていることに気づく。
「アピール、成功みたいですね。」
 少し緊張した面持ちでアンソニーが言う。
 その顔を睨み付けてから、リナは頷いた。
「みたいね。」
 リナが不機嫌に見詰める先、ばらばらと風体の悪い男たちが近寄ってきた。
 無精ひげのとことん似合わない男がまず口を開いた。
「なあ、悪いこたぁ言わねーから、その男と縁を切りな。」
 リナは無精ひげを睨み付けた。
「いやよっ。」
 リナの声は高く女の子っぽいので、拒否の声にもチンピラどもはにやにやと笑みを浮かべる。
「へへっ、気の強い女は嫌いじゃねぇぜ。」
「ああ、嫌がるのがいいんだよな。」
 にやにやと男たちが範囲を狭めてくる。
「爆裂陣(にっこり)」
どぅおおおん!!
 リナとアンソニーを中心に渦を描いて波紋が走り、うかうかと近づいていたチンピラ3人の下から地面が勢いよく吹き上がった。
「「どぁあああ!!」」
 あっさりやられた仲間の姿に、チンピラどもは目を見張り、状況が分かっていない内2人が怒声を上げて殴りかかってきた。
「このアマぁああ!!」
 1人目を軽くかわして後頭部に蹴りを叩き込み、2人目は正面から顎を蹴り上げた。
どさどさっ
 音を立てて、2人が地に伏す。
「くそっ。」
 男たちは漸く目の前の女が只者でないことに気づき、懐から光るものを取り出した。
 リナはそれを見て鼻で笑う。
「ふんっ、女1人に刃物?とことん情けない奴らね。」
「ナマ言ってられんのも今のうちだぜっ!!」
 一声吠えて走りこんでくる男に、リナはすっと身を屈めた。
「電よ。」
しゅっ ばちばちばちぃっ
「ぐっ。」
 男が倒れこみ、ぴくぴくと震える。
 リナの手には刃の部分の長いナイフが一振り。
 ブーツに仕込んでおいたものに雷の術を纏わせ、それで軽く男を切ったのだ。
「ふふんっ、天才魔道士にして戦士のこのあたしに刃向かって、只ですむと思わないでよ。」
 にやりと笑うと、まだ立っている3人はナイフを構えたまま少し後退った。
 背後でリナの戦闘を見るアンソニーは素直に感嘆していた。
 戦う彼女は紅蓮の炎を体現しているように、力強く、美しい。
 自分は戦う人間ではないから見ているしかないが、戦える人間なら彼女と肩を並べることに無上の喜びを感じるのではないだろうか。
 きらきら輝く紅い瞳に認められるためにはどれだけの力が必要なのだろう。
 じりじりと後退するチンピラにリナがもう一息かな、と思った次の瞬間、ばたばたと多くの足音が聞こえてきた。
「あ、お嬢さんっ。」
 逃げ腰だったチンピラの表情が明るくなる。
 現れたのは派手な美女とさらにチンピラ10人。
 うーあ、面倒くさっ。
 リナは盛大に顔を顰めた。
「り、リナさん・・・。」
 さすがに怯えを見せるアンソニーにリナはにこりと笑った。
「あ、心配しなくても平気よ。それより、この場でいっちょハッタリかましとく?」
 後半小声で囁くと、アンソニーは目を見開いた。そして、不安げな顔をする。
「しかし、リナさん・・・。」
 話し合う2人の様子に、派手な女性が苛々と叫んだ。
「離れなさいよっ!!アンソニーは私のものよっ。」
 ぎらぎら睨み付ける顔がこわひ。ああ、まわりのチンピラもひいてるし・・・。
 リナはぽりぽりと頭を掻いた。
「諦めてくんないかしら?」
 リナの言葉に女の顔が歪む。
「ふざけないでっ、いきなり現れて、キスして・・・・!!許せないっ!!あんたなんかっ、あんたなんかっ。」
 激昂する女に、少し貫禄のあるチンピラがまあまあ、と話しかけた。
「お嬢さん、あの女、男の前でメチャクチャにしてやりましょう。こんだけの人数いれば造作もないことですよ。目の前で女ヤられりゃ、男もいい加減諦めますって。」
「品がないわねっ、でも、いい案だわ。」
 "お嬢さん"の了承を得た男たちが、にやにやと近づいてくる。
 リナは眉を顰め、大げさに首を振った。
「ふうぅ、嫌んなるわね。品はないし、顔は悪いし、頭も悪いし、弱いし。」
 仲間5人がすでに地面に倒れているのだが、馬鹿なチンピラたちは数の優位を信じていた。
「へっへっへっ、すぐそんな口きけないようにしてやるよ。」
「アンソニーのもんじゃなくて、俺たちのもんになってみんのも悪かねーぜ。」
 にやにやと笑う男たちの手にはナイフ。
 多少は警戒しているのだろう。
 ちょっと人数多いわね。面倒くさっ。
 リナは呪文の詠唱を始め・・・、近づく慣れた気配に驚いて振り返った。

「っざけるなぁあああ!!!」

 低い怒声と共に、走りくる金の影。
 縦横無尽に銀光が閃く。
どさどさどさぁあっ
 貫禄のちょぴっとあった男と"お嬢さん"2人を残して、一瞬で全てのチンピラが地面に倒れ付す。血が一滴も流れていないのは、全て峰討ちだからであろう。
 金の髪を靡かせたガウリイがリナを背に庇うように立つ。
「もう、ガウリイ、こんくらいどーとでもなったのに。」
 楽できた、とは思ったものの、リナは一応文句を言いながら、脇に回りこんでガウリイの顔を見上げた。そして、目を見開く。
 ガウリイが怒っていた。蒼い瞳が激しく鋭い光を放ちながら、男と"お嬢さん"を睨んでいる。
 膨れ上がった周囲を圧倒する気を放ちながらガウリイは一歩踏み出した。
「誰が、誰のものだと・・・。」
 地の底から響くような声に"お嬢さん"が後退る。
「な、何言ってやがる・・・。」
 貫禄の吹き飛んでしまった男が震えながらも虚勢を張る。
 ガウリイが冷たく男を睨んだ。
「ひっ!!」
 視線に込められた殺気に男が悲鳴を上げた。
「リナはオレのもんだっっ!!!」
 唸りを上げてガウリイの拳が男を殴りつけた。
「ぶほぅわっっ!!!」
 男は吹っ飛び、壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「ひ・・・・・・。」
 "お嬢さん"が口を押さえながら悲鳴を上げた。
 ガウリイが冷たい眼差しを彼女に向ける。
「ちょ、ガウリイっ。」
 ガウリイの雰囲気と先ほどの台詞に混乱しながらも、リナは彼に駆け寄った。さすがに、怯えて無抵抗になってる女を殴るのはマズい。たぶん、ガウリイが殴ったら女の顔は変形してしまう。
「ね、ちょっと・・・・・・・・ぎゃっ。」
 ぱたぱたと駆け寄ったリナの腰に太い腕が巻きついた。
 片腕でリナを自分に押し付けるように抱き上げたガウリイに、リナの頬が染まる。
「なななななななななななななななにすんのよぉっ!?」
 叫ぶリナに構わず、ガウリイは"お嬢さん"を睨んだ。
「こんなことは止めるんだな。相手の女襲ったって、アンソニーはあんたのものにならねぇよ。欲しけりゃ、本気で口説きに行けよ。」
 背筋も凍るような雰囲気を纏いながら、ちらりと蒼い瞳に自嘲の色が浮かんだ。
 背後でアンソニーが苦笑して、ゆっくり歩いてきた。
「僕は何度も言いましたね。こんなことをする限り、僕は貴女と付き合わない、と。」
 ここでアンソニーはにっこりと笑みを浮かべる。
「そんな怖い顔をしては、美人が台無しですよ。付き合うのはともかく、僕は美人は好きです。また、僕の店に来てくださいね。」
「あ、アンソニー・・・・・。」
 うるうると両目に涙を溜めて"お嬢さん"はアンソニーを見上げた。
「こんなことした私を許してくれるの・・・?」
 別人のようなしおらしい態度に、アンソニーは考える素振りを見せた。
「そーですね、こんなことしなければ・・・・・、僕はお客さんは大事にしますよ。」
 甘い笑みを向けられて、"お嬢さん"の顔が赤く染まった。
「あ、わ、私、また、お店に行くわ!」
 恥ずかしそうに言って、"お嬢さん"は部下に目もくれず、走り去っていった。
 ふぅ、と、アンソニーが息を吐いて笑った。
「これで、依頼は果たしたな。明日、金を受け取りに行く。」
 ガウリイがむっつりした顔で言ってリナを抱えたまま、アンソニーに背を向けた。
「んな、な、なに勝手に言ってんのよっ!!おーろーせー!!」
 顔を真っ赤にしてガウリイをぽかぽか殴るリナの姿にアンソニーは口元を綻ばせた。
 可愛らしい恋人だったな。
 遠ざかる2人の姿を見ながら、くつくつとアンソニーは笑った。
 見上げてくる紅い瞳や、抱きしめた華奢な身体はしばらく忘れられないだろうけど。
「命が惜しいですし、ね・・・。」
 ほろ苦い笑みを浮かべて、アンソニーは裏通りを後にした。
 夕日の差し込む裏通りにはしばらく、うめき声を上げながらぴくぴくと痙攣するちんぴらが哀れに転がっていた。



 リナが拉致されちゃいました。
 どーしよーもないアンソニーは書いてて楽しかったです。
(2005 3/3)