「ガウリイ!!ガウリイってば!!降ろしてったらぁ!!」
 真っ赤になって殴ってくるリナに構わず、ガウリイはずんずん歩いていった。
 ある程度歩いた後、ぴたりと歩を止め、リナを降ろした。
 リナは優しく地面に降ろされて、安心する。
 くっそー、スリッパ仕込むの忘れてたわ!!さすがにナイフはヤバいし・・・。
 歯噛みしながら、リナは睨むようにしてガウリイを見上げた。そして、硬直する。
「が、ガウリイ・・・?」
 リナを見下ろすガウリイの目は未だ怒りに輝いていた。
 沈黙が2人の間に流れる。
折りしも、ここは裏通り。無遠慮に空気を壊してくれる通行人AやBは望めない。
 冷たく鋭く見下ろす蒼い瞳に、何故だかリナの心臓が早鐘を打ちだした。
「・・・楽しかったか?」
 低く問いかけてきた声に、沈黙を破られてほっとしたリナは腹立たしくなって、ぷいっと横を向いた。
「えーえ、楽しかったわよ。アンソニーはあたしをちゃんと女扱いしてくれたし。」
「・・・そうか。」
 何よ、一言だけっ!!
 無意味にむかむかしてきたリナは、自分を囲い込むように伸びてきた腕に驚く。後退った背中が壁にぶつかる。
 さらに伸びてきたガウリイの腕が壁と彼との間にリナを挟みこむ。
 さらさらと零れ落ちる髪が視界を金色に染めて、その背後は夕日で赤い。
「何、すんのよ・・・。そこ、どきなさいよ。」
 無理矢理搾り出した声は我ながら掠れていて、自分が微かに震えていることにリナは気づいた。
 この、距離。
 昼間、アンソニーに芝居でこんな風に近づかれた。
 あの時はただ動揺して、羞恥心でいっぱいになったけれど。
 この大きな身体の与えてくる威圧感。
 剣士として鍛え抜かれた身体にアンソニーのような隙はない。
 どくどくと心臓が壊れそうな程鳴り響く。
 頬が熱い。
 顔の横にあるガウリイの腕が、触れそうな彼の身体の体温が、熱い。
 何も言わないガウリイが怖い。
「〜〜な、んでっ。」
 目頭が熱くなってきて、リナは挑むようにガウリイを見上げた。そして、後悔する。
 見下ろす蒼い瞳は深く、熱く、鋭く。
 逸らせない。
 ゆっくり近づいてくる蒼をリナはどうすることもできない。
「んっ・・・。」
 掠めるように触れる唇。
 一旦離れ、今度は深く重なった。
「・・・・やっ、んぅ・・・。」
 逃れて空気を求め、開いた唇にぬるりと入り込む熱いもの。
 それはリナの口内を蹂躙した。
 戸惑い、もがく腕は徐々に力を失う。
 湧き上がってくる知らない感覚に、背筋が震える。
 倒れそうな身体を男の服を掴むことで支える。
 完全にリナの力が抜けたころ、やっと唇は開放された。
「・・・・なに、すんのよぉ・・・。」
 唇が離れても身体は離れない。
 好きにされ、抵抗できなかった悔しさと、未だ残る初めての感覚に、リナは瞳を潤ませた。
「アンソニーには、抵抗しなかった、だろーが・・・。」
 どこか辛そうな、しかし、怒りを宿す低い声に、リナは瞳を燃え上がらせた。
「馬鹿っ!!あれはお芝居よ!!おでこには、き、キスされた、けど・・・。口にはなかったんだからぁっ!!!!!」
 叫ぶリナの言葉にガウリイは目を見開いた。
「え、芝居・・・。」
 口を押さえ、ガウリイがリナから少し離れた。
 離れた熱が少し寂しくて、それが一層悔しくて。
 リナは震える拳を握り締め、ガウリイの胸を叩いた。
「なによぉっ、ワケわかんないっ!普段子ども扱いしてるくせに!勝手に勘違いして!いきなし怒って、あ、あんな、人を自分のもの、とか言って、抱っこして、こんなとこまで連れてきてぇっ!!」
 ぽかぽかとガウリイの胸を殴る。
「あ、アンソニーに、キスされそうになったとき、助けてくんなかったくせに〜!!」
 ガウリイじゃないと嫌だったの。
 ガウリイしかいらなかったの。
 自分の想いを自覚したリナの両眼から熱い雫が零れ落ちた。
「あ、あたし、あの時、あんたに助けにきてほしかったのに・・・・・。」
 ガウリイの目が大きく見開かれた。
 ぽろぽろ涙を零しながら睨み付けるリナに、おずおずと腕を伸ばす。
 そっと、華奢な身体を包み込むように抱きしめた。
 抵抗はない。
 熱い雫がガウリイの胸を濡らす。
「ごめんな、リナ・・・。助けなくて、ごめん・・・。」
 ガウリイは何度も何度もリナの髪を梳き下ろす。
「・・・あ、謝ったって、こんな、ムリヤリ・・・。」
 リナが涙を流しながら、首を振る。
 ガウリイの髪を梳く手が止まった。
「・・・リナ。」
 真剣な声に、リナは顔を上げた。
 見下ろしてくるのは蒼穹の瞳。
 優しく熱い蒼にリナだけを映す。
「キスしたことは謝らない。謝れない。」
 告げられた言葉にリナの目が見開かれた。
 何をガウリイは言っているのだろう。
 なんで謝らないなんて言うの。
 リナの瞳が不安そうに揺れる。
「リナ、オレはリナが好きだ。ずっとリナに触れたかった。だから、こんな無理矢理な形になったけど、お前さんが嫌がろうと・・・オレは。」
 切なそうに言葉を重ねるガウリイに、徐々に意味が飲み込めてきたリナの頬がさらに紅潮する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌なんて、言ってないわよ。」
 ぼそりとリナが呟いた。
「え?・・・・リナ?」
 蒼い瞳が信じられないと言いたげに見開かれた。
「嫌なんて言ってないわ。あたしが嫌だったのは、助けてくれなかったから・・・・・って、何言わすんじゃ〜!!前言撤回っ、あたし別に平気だったもんっ!!!」
 途中でぢたばたと暴れだしたリナをガウリイは難なく押さえ込み、真っ赤になって目を逸らすリナを見詰めた。
 信じられないと見開かれていた目が、徐々に明るく輝きだし、やがて、優しい笑みへと変わる。
「リナ、好きだ・・・。愛してる。」
 優しく囁いて抱きしめてくる腕に、解放の意思は欠片とてなく。
 リナは観念して、その広い胸に頬を預けた。
「ずっと、子ども扱いしてたくせに・・・・。」
 苦笑する気配。
「そーでないと、理性抑える自信なかったしな。」
 結構な爆弾発言にリナが硬直する。
「好きだよ、リナ。」
 微笑んで降りてくる唇にリナは目を閉じた。
 優しく優しく啄ばむように触れてくる唇にリナは甘い吐息を漏らした。
 リナの髪をまた梳きながら、ガウリイは彼女の顔を覗き込んだ。
「な、リナ。デートしようぜ。」
「え、何・・・?てか、あんた馬鹿?もう暗くなってるわよ。」
 辺りを見れば、既に日は落ちて薄暗い。
 ガウリイは微笑んで、リナの手を握って歩き出した。
「いいだろ?夕食食べて、宿に帰るだけだが、月夜のデート。」
 繋がれた指先にリナは視線を落とし、頬を染めた。
「馬鹿・・・。」
 ごつごつした剣を握る手が、リナの手を優しく、でも、断固とした強さで包んでいる。
 アンソニーのときと違って、どきどきと音を立てる心臓にリナは笑った。
「そうだ、リナ。」
 ガウリイはふと歩みを止めて、リナを見詰めた。
「な、何?」
「そのカッコ。よく似合ってる。本当に綺麗で可愛いし、色っぽいぞ。」
かぁあああああああああ!!!
 リナがこれ以上ないくらい赤く染まった。
 うやぁあ、はっ、そーいえば、当初のガウリイに見直させるって目標達成・・・?
 にっこりとガウリイはリナを見詰めた。
「赤くなったリナも色っぽいな。・・・・・特に、この首筋とか。」
 するりとガウリイの指がリナの細い首筋を撫でた。
「きゃぁああ!!」
 真っ赤になって身を捩るリナをガウリイは可笑しそうに見つめた。
「何すんのよぉっ!!」
「口説いてる。」
 ガウリイは真剣な口調で即答した。
「へ?」
 リナが目を点にする。
「まだ、リナに答えもらってないから。本気で口説かねぇとな。」
 にこにこと顔は笑っているが、熱い瞳は冗談などではない。
 ガウリイは握っているリナの手をそっと持ち上げ、優しく唇で触れた。
「うやっ・・・。」
 リナは悲鳴を上げ、ガウリイの熱い眼差しを呆然と見返した。
 保護者の片鱗も見せず、本気で口説いてくるこの男。
 全力で追い詰めてくれてる。
「リナ、返事くれるか?」
 にこりとして、唇でリナの指を弄る。
 さして力を入れているようにも見えないのに、手を取り返すことができない。
 詐欺よっ、詐欺だわっ。誰よ、この男〜〜!!
 胸中でどんなに叫ぼうと、目の前の男はガウリイでしかなく。そうである以上、リナの答えは決まっていて。
「・・・・・・・・嫌いだったら、んなコト許してる訳ないでしょっ。」
 目を逸らすリナの頬を大きな手が包み込んで上向かせた。
「つまり?」
 覗きこんでくる蒼い瞳は容赦なく熱をリナに注ぎ込む。
「〜〜〜〜〜〜だからっ、
好き、よ。」
 言った瞬間、唇を塞がれた。
苦しい程のキスの後、ガウリイはぎゅっとリナを抱きしめた。
 やっと手に入れた。
「リナ、リナ、好きだよ、好きだ。愛してる。」
 何度も囁かれて、リナは真っ赤になった。けれど、抱きしめる腕の強さが嬉しくて、そっとその広い背に腕を回してみた。
 ガウリイの腕にさらに力が込められ、苦しかったけれど、それが嬉しくてリナは目を閉じた。
 結局、2人が宿に戻ったのは相当遅い時間になってしまったのは言うまでもない。



 リナがかわいすぎるような気も。
 これはこれでよし、としてしまいました。
(2005 3/5)